第10話 今度の敵は燃える鳥です

 私達は走る。

 事態は一刻を争う。

 それなのに私は、自分の素性を隠すために、男性の案内を断った。

 だから、少しでも早く、目的地に着かなければ。


 男性の言う通り、街の南東に向かった。


 流石はレベル60の体。

 ランすらも置いてけぼりにしそうだ。

 本気を出せば、時速40キロは出そうだ。

 それに、どれだけ走っても、スタミナが切れない。

 これだけのスピードなら……!


 街を出てすぐに、遠くに鳥の群れが見えた。

 おそらく、あれがブレイズ・ホークの群れに違いない。

 奴らの体長は、約1メートル。

 鳥というには、かなりの巨体だ。

 燃える翼をたくわえ、それが群れを成して襲ってくる……脅威でしかない。


「ヒナ様!

 あれを!」

「うん、見えてる!」


 現場は、まるで現世に一滴垂らした地獄だった。

 赤い炎が、ごうごうと燃えているからだ。

 だが、それはそれ以上延焼しようとしない。

 まるで、操られているかのように。


 炎の円に囲まれて、3人の男性が身を寄せていた。

 馬車は燃え、それを引いていたであろう馬は、もはや灰になっている。

 間に合った……んだろうか?


「ラン!

 みんなを避難させて!」

「ヒナ様は!?」

「みんながいなくなれば戦えるから!」


 ランを先に進ませ、私は立ち止まる。

 あの状況から男性たちを助けるには、まずは私が目を引かなければ。

 私は立ち止まり、右手に力を溜める。

 魔法なんて、使ったことないけど……!


「くらえーーーー!」


 私は右手を鉄砲の形にし、飛び交う鳥に向けた。

 その瞬間――!


 ずばあああああああん!

 と音がして、激流が私の人差し指から噴き出した!?


「え!?」


 触れたら指が吹き飛ぶんじゃないかという威力。

 それほどの勢いなら、多少離れていても、水が届く!


 激流は空中を進み、豪雨のように、炎の円に降り注いだ。

 

 ギロリ。

 飛び交う鳥たちの視線が、私に向けられる。

 こ、怖い……!


 でも私もレベル60!

 引き下がるわけにはいかない!


 ランは男性たちに駆け寄り、大蛇に姿を変え「乗ってください!」と叫ぶ。

 男性たちは戸惑っているようだが、すぐにランの背中に乗った。


 そしてランは、猛スピードで炎の円を突っ切る。

 よかった、間に合ったようだ。


 ブレイズ・ホークたちは、一斉に私に向かって飛び掛かってきた。

 だが、男性たちがいなくなった今、私を止めるものは何もいない!


「マジックドレイン!」


 私は右手を前に出し、肺の空気をすべて叫びに変える。

 刹那、ブレイズ・ホークの翼の炎が、私のMPとなる。

 草原を燃やす炎もだ。

 すべて私のMPとなり、まるで最初からなかったかのように、姿を消した。

 魔力からなるものすべてをMPに変える。

 それがマジックドレイン!


 弱点は、HPを消費するということと、対象を選べないということ。

 ランの説明の通り、使った瞬間、私の体がみしりと音を立てる。

 確実に、体がダメージを受けている……。


 だが、これだけの魔力があれば……!


 私は体の中の魔力を凍てつかせるイメージで、手を前に突き出した!


「みんな凍れ!」


 次の瞬間、私の目の前のすべてが、凍てついた。

 絶対零度。

 それは、すべての分子運動が停止する温度。


 今、私を襲おうとした鳥たちは、確かに死んだんだ。



―――


「容体は安定しています。

 一命は体の70%を火傷していますが、すぐにヒールをすれば、痕も残らないでしょう」


 医師からの伝言を伝えてくれた受付嬢に、私はお礼を言った。

 

 私達は、心を落ち着けて、ギルドのロビーでお茶をしていた。

 私に依頼をしてきた男性が、ひどく取り乱していたからだ。


 だけど、その男性はほっと胸をなでおろしたようだ。


「ありがとうございます……!

 報酬は……少ないかもしれませんが、俺の有り金をすべて――!」


 男性は懐をあさり、金貨を数十枚取り出す。

 おそらく、命からがら持ち出してきたものだろう。

 だが――。


「いりませんって!

 さっき聞いたでしょ、すぐにヒールをかけてもらわなきゃいけないって。

 お金はお仲間に使ってあげてください」

「――しかし……!」


 男性は納得いかないようだ。


「それに、私はレベル30の方にお願いしただけです。

 報酬を受け取るのは、私ではありません」

「え、でも、レベル30なのはあなた――!」


 おっと、ここには人もいる。

 私のレベルを知られるわけにはいかない。


「それ以上言ったら、その有り金すべてもらいますけど?」


 引きつった笑顔でその言葉を遮る。

 男性は、すごすごと引き下がると、それでもと言い残し、金貨を1枚置いていった。


 病院に向かうといった男性を見送り、私は紅茶を一口楽しむ。


「いいのですか?

 お金を受け取らなくて」


 ランは私の向かいに座っていた。


「まあ、欲しいというのが本音だけど、値段交渉もせずに飛び出したのは私だしね」

「ですが……!」


 私はランの口に人差し指を当て、言葉を遮る。


「欲を描くのは厳禁。

 目指してるのはスローライフなんだから」


 ランは納得しきっていない様子で「はい」と漏らした。

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