第9話 災難は見逃してくれません。

「た、助けてくれ!

 俺の仲間が、ブレイズ・ホークの群れに襲われて!」


 男性は、肺の息をすべて吐き出す勢いで、話し続ける。

 まるで私に縋りつくように。


「ブレイズ・ホーク……なぜそんな上級魔物がここに……?」


 ランは顎に手を当て、考え込んだ。


 ブレイズ・ホーク。

 その名前は知っている。

 以前、勇者様が倒したとログ画面が出ていたっけ?

 確か300経験値くらいもらえた気がする。


 ランが上級魔物だと言っていることから、そいつが強敵であることが分かった。


 なるほど、一刻を争う事態なら、こうはしていられない!


「わかりまし――!」


 私がそう言い聞かせたその瞬間、ランに腕を引っ張られ、私は男性から引き剥がされてしまった。


「いいんですか、ヒナ様?」


 そしてランは、私の耳に顔を近づけ、耳打ちしてきた。


「なに?」

「ヒナ様は不本意ながら高レベルになってしまいました。

 しかし、レベル60なんてことが、世間に知れたら、どうなるとお思いですか?」


 どうなる……?

 そりゃ、強いんだから、世間から崇められるんじゃ……?


「そりゃ強いんだから、みんなから尊敬されるでしょ?」


 ランは眉を吊り上げながら、小さく声を震わせる。


「あの勇者ですら、周囲は敵だらけです。

 強さを妬むもの、疎むもの、利用する者……。

 強いという理由だけで、三つの国から追われる身でもあるんですよ!

 ヒナ様の実力は、勇者に比べて劣るとはいえ、トップクラスです。

 後はわかりますね」


 まるで子供をしかりつけるかのような雰囲気。

 ランは、本気で私を心配してくれているようだった。


 力は、持ってるだけで疎まれる……か……。

 確かに前世でも、仕事ができるという理由だけで、上司に嫉妬され、パワハラに遭った後輩もいたっけ?


「大丈夫ですか!」


 騒ぎを聞きつけた受付嬢が、私と男性の間に割って入る。

 男性は受付嬢相手に、まるで壊れたスピーカーのように、私に言ったことと同じことを話す。


「……承知いたしました。

 緊急依頼として受理させていただきます」


 受付嬢は、報酬金、依頼の詳細などの仔細を、男性から聞き出していく。


 切羽詰まったという空気、この感覚……嫌いだ。


「やっぱり、放ってはおけないよ」


 ランの頭の上に手を置き、私は男性に歩み寄る。


「ヒナ様!」


 ランはそう言って呼び止めてくるが……ごめん、見捨てることはできない。

 ランの言うことはごもっともだ。

 だけど、ここでこの人のことを見捨てたら、私はスローライフの中で、いつまでも後悔をするだろう。


 私は男性の前で跪き、彼の方に手を置いた。


「私、レベル30の人の家を知っています。

 詳しく話してくれませんか?」


 受付嬢は「ヒナさん?」と、何か言いたげだったが、私はそれを、目くばせで制す。

 彼女もわかってくれたようで、それ以上は何も言わなかった。


「お、俺が案内する!

 だから!」

「いえ、彼は人と会いたがりません。

 私が仲介します、場所を教えてください」


 男性はひどく迷った様子だったが、藁にもすがるような表情で、詳細を話してくれた。


 場所は、この街の南東。

 ブレイズ・ホークは炎を使うようなので、すぐわかるだろう。


 行こう、この人の仲間を救うんだ。

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