第8話 スローライフを始めたいです

「ラン……私の寝首を搔こうとかは考えてないよね?」

「圧倒的強者のヒナ様に、忠誠を誓った身です。

 魔族は悪魔ほどではありませんが、約束にはうるさい方ですから」

「ならいいけど」


 ランとの出会いは、波乱だったから、そこが少し引っかかっていたのだ。


 今私達は、ギルドのロビーでお茶をしていた。

 宿にいると、ベッドの誘惑に耐えられないからだ。


「ヒナ様はスローライフを所望しておりましたよね?」

「まあ、そうだけど……」


 そうだ。

 大金をもらって、すっかり目的を忘れていた。

 私は、好きな時に寝て、好きな時に食べる、スローライフを目指していたのだ。


「それでしたら、まずは職業を見直してみては?」

「働きたくないからスローライフなんだよ!?」


 ランは意味の分からないことを言い出した。

 働かないためのスローライフなのに、働けというのだ。

 それではスローライフにならないでしょ!


「そうではなくて……ほら、ステータスを開くと、職業が書いてありませんか?」


 ま、まさか、職業までステータスに書き込まれるのか!?

 そうまでして人を社畜にしたいのか!


「そのステータスは、ギルドにおける役割を示しています。

 今のヒナ様は冒険者、初期職業です」

「……え?

 働けって言ってるわけじゃないの……?」

「だからそう言っているではありませんか。

 ヒナ様、流石に物事を知らなさすぎでは?」


 ……ランにストレートに言われてしまった。

 その通りだ。

 私は転生者、ここでの常識を全く知らない。


「職業によって、できることが変わります。

 そうですね……スローライフを送るほどの地盤が欲しいなら、魔法使いとかはどうですか?」

「あ、なるほど……職業が変わると魔法とかが使えるようになるのか……」


 そんなこと、想像もしなかった。

 だが、冒険者のままではなぜダメなのだろう?


「魔法使いになれば、薬を作って売ることが出来たり、作物を育てやすいですから」

「それいいね!」


 じゃあ、目標は魔法使いだ!


 私は早速立ち上がり、ギルドのカウンターに駆け寄った。


「私を魔法使いにしてください!」

「は、はあ……。ヒナ様のレベルならなれると思いますが……」


 受付嬢は、困惑しながらも、一つの水晶を取り出す。

 すると、受付嬢はその水晶をカウンターに置いた。


「では、水晶に触れてください」

「はい!」


 そうして私は、職業を変更、魔法使いになった。

 この上位職に魔女があるらしいが、魔法使いになってからレベルを上げないといけないため、今はまだ慣れないらしい。


「ステータスオープン!」


 ステータス魔法で、ステータス画面を開く。


名前:ヒナ・サカイ

レベル:62

職業:冒険者

筋力:252

防御力:243

素早さ:221

魔法攻撃力:230

魔法防御力:254

スキル:魔物使役Ⅳ・デーモンスレイヤーⅢ・薬草の心得Ⅰ・調合の心得Ⅲ・マジックドレインⅢ


「あれ?

 筋力と魔力が逆転してる?」


 横から顔を覗かせたランが、私の疑問に答えてくれた。


「魔女に変わりましたから、ステータスが若干変動し――」


 そこまで言って、ランは口をパクパクさせた。

 ん?

 なんか変なところあったかな……?


「ま、マジックドレイン……しかもⅢ……?」

「なにそれ、すごいの……?」


 ランは血相を変え、私の肩を掴み、ぐわんぐわんと揺さぶってきた。


「す、すごいどころじゃありません!

 こんなスキルを持っているの、魔王様くらいしか……!」


 そ、そんなすごいのか……?

 確かに魔王の経験値ももらってるから、魔王のスキルももらえたのか?


「こんなに強いとなると、スローライフでも何でも、欲しいものは手に入れられるでしょう……」

「え、ほんと!

 嬉しいなぁ!」

「ただ、世間が見逃してくれるかどうか――!」


 その時、ギルドの扉がバタンと開け放たれた。


「こ、この街にいる、レベル30の方の居場所を知りませんか!

 お、俺の仲間を助けてください!」


 ドアの向こうにいたのは、質素な服を着た若い男性。

 その様子から察するに、のっぴきならない事態が起きているようだ。


 世間が見逃してくれるかって、そういう……?

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