第15話 クリスマス・キャロル
「いいか、羽はこうして広げるんだぞ。そして、ゆっくりと上下に振るんだ。足はそんなに踏ん張らなくてもいいぞ。羽ばたきさえ上手になったら、体はちゃんと浮くからな。いいか、見てろよ。羽はこうして優しく広げて持ち上げ、力をゆっくり抜く。あわてなくてもいいぞ。まあ、深呼吸みたいなもんだ」と寿三郎は白梅の前で羽ばたきの仕方を何度も見せて言った。白梅の本番を前に、この二週間ずっと同じやり方で練習をして来て、よもぎはすでに飛べるようになっていたが、末っ子の白梅だけは足の障害からだいぶ出遅れていた。
「お父さん、見てて。今日は絶対に飛ぶから」と白梅は力強く言った。「よし、いいぞ」と寿三郎も促した。白梅は小さな羽で何度もバタバタと羽ばたきを繰り返してみせた。体は浮かなかったが、一旦巣から飛び出せば、何とか飛べそうに思えた。「じゃあ、一緒に飛んでみようか」と寿三郎が誘うと、白梅は少し怯んだが、「お父さんとなら心配は要らないから、大丈夫よ。あなたもナナに似て、とっても優雅な飛び方をするわ」とハルも励ましながら、にこやかに白梅を抱き寄せた。狗留孫山の寿三郎の巣は森の中の樹木にあったが、地上からの高さは二十メートルくらいある。
「白梅よ、お前の羽はとても美しいから、みんなに見せてやれ」と寿三郎は言って、白梅と共についにこの日、空を一気に舞った。と、白梅は羽ばたきしながらも急降下してしまった。寿三郎は素早く白梅の真下に滑り込んで、自分の羽でキャッチした。地面からニメートルくらいの高さだった。寿三郎は白梅を背負って、強健な両足で地面に踏ん張り、見事に着地した。白梅は一瞬気を失っていたが、無事だった。よもぎの最初の飛行の時と同じだった。その時も寿三郎はよもぎを背負って着地したのだった。「よく飛んだな。偉いぞ、白梅。足は痛くないか?」と寿三郎が訊くと、「うん。大丈夫。お父さん、うまく飛べなかったわ。ごめんなさい」と白梅は哭きながら寿三郎の羽にしがみついた。
「お前はちゃんとまっすぐに羽を広げていたぞ。うまく飛ぶより、空中に飛び出したお前の勇気が何より大事なのさ。勇気さえありゃ、森で生きてゆけるからな。いつか人間たちの住宅街にも連れて行ってやるよ。森は食い物が少なくなったからなあ。アキラとナナは、もう人間たちが食べ残した物を見つけては食べてるがな。人間は美味しい物しか食べないみたいだ」
「そんなに美味しいの?」と白梅が訊くと、寿三郎は急にゲラゲラと笑い始めた。
そこへハルも飛んで来て近付くと、「何がそんなにおかしいのかしら」とハルは寿三郎の顔を覗き込んで言った。「人間が食べる物の味を知ったら、やめられなくなるって話しを白梅にしてたところだ」と寿三郎が言うと、「まあ。そんな恐ろしいことをこの子に言ってはダメですよ、お父さん」とハルは白梅の体を心配しながら言った。すると白梅が「きのう食べた木の実は美味しかったわ、お母さん」と言いながら寿三郎の顔も覗き込んだ。やがて、遠くに見える町並にイルミネーションのツリーが次第に輝いて見えるようになった。
(「ブルーベリーの王子さま」は15話で完結とします)
ブルーベリーの王子さま 古川卓也 @furukawa-ele
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます