兄妹のテスト勉強とお父さん

松原 透

みんな大好き!


「コラ!」

「うをっ!?」


 突然後ろから声をかけられたことで、体が飛び跳ねていた。


「お前かよ、びっくりさせんな」


 後ろを振りかえると、声をかけてきたのは一つ下の妹。

 どうやら俺が間抜けな声を出したことで、驚かせるのが成功したのか、ご満悦な顔をしている。可愛い顔をして……生意気な奴め。


「えへへー、驚いてやんの」

「へいへい、お兄ちゃん様は小心者ですよ」


 土曜日の深夜という時間に、突然後ろから声をかけられれば、そりゃ誰だって驚きもする。

 妹は嬉しそうに鼻歌を歌いながら、戸棚をあさっていた。

 その中がどうなっているのはすでに知っているから、何食わぬ顔をしてカップ麺の包装をゴミ箱に捨てた。


「お兄ちゃん? 一つもないんだけど」

「そうみたいだな」


 そういつつ、俺の手元に顔を覗かせ、食い入るように見ている。

 確実に俺が手に持っている『赤いきつね』がお目当てのようだ。

 つまり、妹は無言の圧力でよこせと言っているのだ。

 俺だって、これからのテスト勉強を頑張るためにも、これは必要不可欠なんだよ。


「何しているの?」

「見ればわかるだろ。夜食だよ夜食」

「一人で?」

「一人で」


 高校生にもなって「ぶー」はないだろうと思いつつも、それが俺にとって最大の武器になっていることを気づかれているようだ。

 これで何度色々と取り上げられたことか……いや、上げる俺も悪いのだろうけど。

 そもそも、嫌われていない妹に勝てる兄って居るのか?


「私の分は?」

「戸棚にあるだろ?」

「うん。戸棚にあったのがここにあるよ」


 そりゃそうだよな。

 親父が買ってあった物を、俺が勝手に横取りした物だ。

 それを妹に強奪されようとしている。しかし、だ……俺だって腹は空いている。


「半分こ、な?」

「ありがとう、お兄ちゃん。揚げちゃんなら私が貰ってあげるからね」


 もしかしてこいつは知らないのか?


「何言ってるんだ? そんなの一人一枚に決まっているだろ?」


 赤いきつねの蓋を開くと、揚げが二つ入っている。

 これはコンビニ限定の商品だ。

 親父のやつしかも大きい方を買っているな。ありがたいことだ。


「なにこれ。ヤバっ!」

「少しは静かにしろ。母さんが起きてきたらうるさいからな」

「へーい」


 深夜一時過ぎ。

 お椀に半分よそって、妹に差し出す。

 妹には、麺多め、俺には汁多め。


 妹思いというわけでもなく、ほぐすためにと持ち上げたのだか……。ニンマリと笑顔になる妹を見て、何となくそうなってしまった。

 決してその顔に負けたというわけでもない。


「この時間って不思議と美味いよな」

「そうなん? 私にはいつもと変わらない」


 なんとも雰囲気というものを台無しにするやつだ。

 そんなことを思いつつ、遅い時間ということもあって黙々と食べる。

 ズズズッと、麺をすすり、残っていた汁を飲んでいく。


「ぷはっ、満腹だよ」

「そりゃ良かったな」


 お椀にあったうどんはきれいに無くなり、汁も残ってはいない。

 だけど、妹はそう言って机に右腕を枕にして突っ伏している。

 よほど満足したのか空いている目が少しずつ下がっている。


「少し、したら、起こして、おにぃ……」


 その言い残して、寝息へと変わっていく。

 せめて最後まで言え……くすぐったいだろうが。

 こんなことで喜ぶ俺も結局こいつに弱いということか?


 俺も汁を飲み干すとも体が温まったからか、満腹になったからか……。

 それとも妹につられたのか……少しだけならと、目を閉じてしまう。


 午前6時過ぎ。


「あら? 何やっているのこの子達は……テスト勉強すると言っていたのに」

「おい、どうした?」


 テーブルの上にはお椀とカップ麺の器が残されたまま。

 二人を何をしていたのかを物語っている。

 父親は、それが最後の一つだということを知っていた。


「全く、夜中にこんな物を食いやがって」

「何を言っているんですか……それにしても、二人とも同じ格好で、よく似ていますね」

「母さん。何を言っているだ?」


 母親はクスクス笑い、父親は眉をひそめている。


「覚えてませんか? 仕事のお付き合いで、夜遅くに帰ってきては、寝る前だというのにコンビニで毎回毎回、赤いきつねを買ってきては、私に作らせていたのを」


 いくら酔っていてもおぼろげな記憶が思い返される。

 バツの悪さを感じた父親は、振り返りここから退散しようとしていた。


「し、しらん……俺がそんなこと……」

「シメだと言っては汁まで飲み干して……この子達と全く変わらない格好でぐーすかと」


 父親は「ぐっ」と声を漏らしている。

 言い返すこともできず、自分の財布を握りしめた。


「あなた何処に行くんですか?」

「その、ちょっとそこまでだ」


(親父)

(お父さん)


「ほら、あなた達まだ寝るのなら、布団に行きなさい」

「はぁーい」

「ういおー」


 目をこすりながら、自分の部屋に戻る後ろ姿を見て、フラフラとしていないものの、同じ動きが少しおかしく思えていた。


「そういえばあの人も、ラベルを半分に折っていたわね」


 帰ってきた父親の両手には、大きな袋に入った赤いラベルが見えていた。

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兄妹のテスト勉強とお父さん 松原 透 @erensiawind

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