スマホを拾っただけなのに…

クロウペリ

スマホを拾っただけなのに…

 さっきまでの雨は上がり、陽が射し始めた昼どき。

「おーっ、ライオンだ」

 久留米の片田舎で育った僕は、おのぼりさん気分で銀座三越の前で立ち止まった。しがない漫画家、苦節二十年ちょっとした賞を貰えることとなり、授賞式のためにのこのこと東京までやってきた。式は昨日終わり明日まで東京見物だ。

 地元のお祭りなみに行きかう人の中、電話の呼び出し音がする、黒電話の着信音。自分のかと思ってポケットのスマホを手に取るが違う。音の鳴る方を探すと、近くにある雨傘のビニール袋を捨てるゴミ箱の当たりからみたいだ。中を見るとスマホが光っている。

 周りの人々は無関心と通り過ぎる。ゴミ箱に手を突っ込み取ると非通知の表示、恐る恐るスライドしてみる。

「……もしもし」

「あなた誰?」甲高い女性の声が響いた。

「あのー、三越のライオンの所に……」

「わーやっぱり、そこだったのね」

「と言うかゴミ箱の中に……」

「えっ……。すぐに取りに行くから待っててくださいね」

「はぁ」


 彼女は本当にすぐやってきた。ライオン像の前のスワロフスキーでキラキラしているスマホを持っている僕を見つけて近づいてきた。紺のソフトスーツにベリーショートの髪型で中学生みたいな女の子だった。

「やっぱりさっき三越に来た時だ、傘のビニールを捨ててー」

 その時にスマホも一緒に捨てた、どうして?と僕は思ったが、キラキラのスマホをさし出した。

「ありがとうございます」彼女は深々と頭を下げた。

「いえいえ…、じゃあこれで」立ち去ろうとした僕。

「ちょっと待ってください、何かお礼をしなくちゃ」

「いや、いいですよ」

 その時、和光の正午の時報が鳴った。

「あ、お昼をご馳走します。お昼まだですよね? ね、それでいいでしょ、ね?」

 なんだかグイグイ来るなーと思いつつ承諾した。

「何がいいですか?」

「えーマックとかで……」

「マック! いいですねー、わたしはこの前まであったごはんバーガーが好きだったんですよねー、もう終わっちゃったけど。あのおこげのごはん、中華おこげみたいで……。あ、そうだ中華はどうですか?」

 マシンガンのように矢継ぎ早に発される言葉に圧倒される。

「はあ……それで」

「よしっすぐそこだから、じゃあ行きましょ」と僕の手をとり、グイッと引っ張った。

「まあ、すごい指」と言いい僕の手を顔に近づける。

「あっこれ、ペンだこです」と手を引っ込める。

「へー物書きさんなんだ」

「いえ、そんな立派なもんじゃなくて…」

「そうなんだー。さあ行きましょ」彼女は前をスタスタと歩き出した。


 そこからすぐ近くの立派な建物の9階に料理店はあった。僕はジーンズとトレーナーにバックパック。東京で言うなら秋葉原ルックだ。

「こんな格好でいいんですか?」と入口の前で立ち止まった。

「大丈夫大丈夫」とまたもや僕の手をグイッと引っ張る。

 何だか個室に通され、人の目がなく安心したが、見回すと高価な調度品ばかりで逆に緊張した。

「さっきの手、何をやってる方なんですか?」

「漫画家です」と東京に来た経緯を説明した。

「へー読んでみたいなー」

「来週の週刊少年ホップに載るんです、一応金賞です」

 彼女はさっきのスマホを取り出し「少年ホップ金賞っと」と言いながら打ち込んでいた。

 お茶だけ出てなかなか注文をとりにこないなと思っていたら、いきなり大きな具の入ったコンソメスープの濃いようなものが運ばれてきた。

「ここのフカヒレスープ、美味しんですよ。おすすめです」

 これが噂のフカヒレか、黄金色のスープ(さっきは濃いコンソメとか言ってスマン)をひとさじすくって飲んだ。正直これが旨いかどうか分からない、貧乏な舌を恨んだ。

「ね、美味しいでしょ」

「はい……」


 それから頼みもしないのに色々な料理が運ばれてきた。

「わたしは日本で父の仕事のサポートをやってます。父はドイツの医療機器のCEOで、わたしはその機器のカタログなどの日本語版を翻訳して作ってます。そうそう母は日本人で、ハーフなんですよ」

 そうじゃないかと思っていた、すごい美人なのだ。その美貌を隠すために、髪をベリーショートにしてるんじゃないかと疑うくらいに。

「あと翻訳ついでに、海外映像の翻訳も少し。わたし映画好きなんで、映画の翻訳がしたいなーと思ってたら。最近ですね、そんなに有名じゃないイギリスのドラマなんですけど、字幕を付けることができました」

「僕も映画好きなんですよ。漫画のネタのために、新旧こだわらず暇さえあれば映画見ています」

「へぇーじゃあ、あれ見ました?」

 そのあと映画の話で、お互い初対面なのにたいそう盛り上がった。


「ごちそうさまでした。申し訳ありません。スマホたまたま見つけただけで、お御馳走していただいて」

 僕は建物の出口で礼を言った。多分かなり高かったはずだ、彼女はいつ代金を払ったのだろう? 何か最後に持って来た紙にサラサラと何か書いてただけだったけど。

「いえ、いんですよー。ちょうどお昼時でしたし、ひとりで食べるよりふたりで食べるほうが楽しいじゃないですか。これからどちらか行かれますか?」

「ええ、これからスカイツリーにでも行こうかと思ってます」

「送って行きましょうか? 車すぐそこに停めてるんで」

「いいですよー、東京の電車に乗ってみたいしですね」

「あはは、そうですかぁ」

 僕たちは名前も連絡先も告げずに別れた。


 ――――――――――――


「三越のライオンって2頭並んでなかったっけ?」

 原稿にライオンの絵をかきながら僕は聴いた。

「それは日本橋の三越よ」6つ並べたモニターを眺めながら彼女がそう答えた。

 僕は受賞したものの、未だに低空飛行の漫画家だった。でもなぜかタワーマンションのペントハウスで漫画を描いている。医療機器支社長兼翻訳家及び株トレーダーの彼女のおかげだ。あのあと彼女は僕の漫画を読んで気に入り、出版社に頼み込んで連絡先を聞き出し電話を掛けてきたのだ。

 そして今や彼女は僕の嫁だ。

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