第8話 女性ばっかりな世界に

「おおアンソニオ、我が永遠の恋人よ」

舞台の終盤の山場である。さすがにこの舞台ではいつもみたいなだみ声で歓声を発する観客は居ない。この劇は極めて品格が高いのである。


ニオルリージャは男役でエヴラールという騎士の立場である。エルフ特有の背の高さで彼女はこの舞台で男役として抜擢されたのだ。


観客はいつもと違って女性ばかりである。というかこの劇団は俳優も女性のみで構成された特殊な劇団であり、ニオルリージャは特別出演として彼女たちが最も憧れる男役として出演させてもらっていた。


「おおアンソニオ、永遠に共にまいろうぞ」

ニオルリージャの本職はアイドルではあるが、芸歴が長いので演技は上手い。発声も演技も堂に入ったものである。


観衆の女性たちはいつものような歓声は上げなかったが、それでも似たような一種独特の熱意は伝わってくる。そして演技を見る目は非常に厳しかったりもする。


──でも結局あんまり変わらないよね──


内心でニオルリージャはそう思っていた。礼儀正しく、姿勢正しく観劇しているが、それでも非常に熱い視線や熱意は感じる。ていうか暑いよ。


しかしそれでもニオルリージャはこの演目に熱中してるし、実はもし可能なら本格的にこの劇団に入団したいとも考えていた。アイドルも何十年もやってれば飽きる。気色悪いヒューマンの男の子の相手もちょっとなあ。


しかしそれはそれでまた難しい事もよく判っていた。この劇団はその規律の厳しさでも有名であり、本質的にズボラなニオルリージャが入団すれば100歳以上年下の先生から問題児扱いされるという事も確実であり、それも些かバツが悪い。


ニオルリージャは確かにプロであった。そんなどうでもいい事を考えながらも見事な美しい演技とビジュアルで目の肥えた観衆を魅了しているのだから。


そしてこの舞台の観客には些か似つかわしくない、背の高くて眼鏡で髪の毛の長い痩せた男が心からの応援を送っているのだが、彼女がそれに気がつく事はなかった。


さて高齢アイドルと高学歴追っかけの行方は如何に。

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