白鳥

『保護者』はロシアで暮らす。

彼の娘の友人として私は扱われる。

娘は体内にお怒りのピカチュウを飼っているようにビシバシ神経質な感情を私に向ける。

これでは私のような人形じゃないと扱えない。

人は身も心も傷つけるが、私の場合、身がどうしようもないほど傷つけられない限り、メンテナンスを行えば生きていける。

娘に友人はいない。

深窓の娘として扱われる。

『保護者』は裏社会の人間で、必要悪を行い生きている。

チャカやヤクは当たり前。清算やケジメは当たり前。

殺し続けて、生き残る修羅な男。

私は常に娘に雑に扱われる。

ろくでもない。

施設にいるときに私に想像力がなくて、助かっている。

何の楽しみもない。

殴られて、汚されて、ほったらかしにされて、泣きつきれる。

餓鬼のお守りだよ。

ここにきてから何年経つのか。

小さな娘も少しは背が伸び、顔にできモノを増やす。

性格は出会ったころ以上に気難しくなり、私への残虐具合は増していく。

お嫁に行けるのかね、この子は。

片親の彼女。父親は自分の娘の残虐さに蓋をして、たった一人の愛娘に愛情たっぷりの眼差しを向ける。親子の関係が狂っている。だから、人を殺す稼業を留まることなく続けられるのだろう。

わたしはここにきてから、何百回もメンテナンスを味わう。

目の前の事象以外に関心がない私もときには感傷的になる。他のものも私と同じような境遇を過ごしているか。

何かに産まれ変わることが好転を意味するとしたら、以前人間の私はどれほどろくでもない人生を送っているのか。

人形は自分を振り返ろうとするが、何も浮かばない。過去は肉体において、魂だけがある。感傷で涙も出ない。

うむ。

よく出来ている。

ある日私たちは日本へ行くことになる。

『保護者』の妻はすでに死んでいるが、彼女は日本人で墓参りをする。

妻は巫女である。

娘は初めての旅行に興奮と不安を隠せない。

『保護者』は対面では誠実な父親として娘と関わるが、彼女の精神的錯乱を理性は許容しておらず、公の場には全く干渉させていない。

娘は私を連れていくことに大きく首を縦に振る。

私たち三人と多くの用心棒が旅立つ。

旅は一筋縄で行かない。

大陸から日本までを豪華客船に乗り込んだ御一行は錯乱した客に惑わされる。

錯乱した客は食堂のナイフで見知らぬ乗客の腹を割く。幸い一家に暴力がやってくることはなく、錯乱は押さえ込まれる。

一家は到着地で事件の事情を伺おうとする日本警察の尋問を受けるため、到着地の横浜のホテルで足止めを食らう。錯乱した客はごく普通のお客様ではなくその道では有名なテロリストの一人だ。客全員に尋問が行われるため、足止めは長い。

ハプニングはそれだけで止まらない。

一家がホテルの一室で留まって一週間。

その日は快晴。

一家は一室で団欒する。

電気が消える。不自然に。

ボタンを何度押しても電気はつかない。

「どうやら停電のようだ」

『保護者』がいう。

察して用心棒は外に出る。

一時間経つ。

「おかしいな」

『保護者』が首を傾げる。

用心棒が戻ってこない。

『保護者』は立ち上がり、玄関をゆっくり開ける。

そして。

『保護者』は捻り潰される。

娘は目を見開く。

私は娘の目を隠す。

何かが起こっている。

私たちも殺される。

危機が迫っている。

どうしようか。

娘は私の尻を蹴飛ばす。

「貴方、みてきて」

半狂乱の娘に従う。

私に自由意志はない。

外に出る。

怪物が廊下の端に立つ。

タコとラフレシアが合体したような姿。

長い舌が伸びて私を狙っている。

『保護者』の死体は木っ端微塵に潰されて原型はない。

怪物の足元に用心棒の死体が落ちている。

私もその一員に加わる。

実に呆気ない。

何か夢や希望はないか。

死の間際、願うものに真実がある。

私の胸に問いかける。

何もない。

下は狙いを定める。

飛んでくる。

あっ。

これは夢で見たことがある。

舌の接近ではない。

身体がブルリと震える。

感覚が混乱する。

身体の中に繭があるとしたら、一度に弾ける。

私は白鳥となる。

白く柔らかい、美しい羽が私を覆う。

これは意志ではない。本能。

白鳥は羽を噴出し、渦となり怪物へ撃つ。

怪物は、羽に潰される。

断末魔をあげない。

圧倒的破壊力だ。

私は制圧に成功する。

部屋の中を見る。

娘は失禁している。

あっ。

という間もなく私は娘を羽で押しつぶす。

本能。

私は部屋に入り、走り、窓を割る。

空を駆ける。

地面へ。

落ちる。

着地。

快感。

ずきゅん。

何かが私にうたれる。

地面に倒れる私。

意識は混濁する。

深い眠りにつく。

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そら 容原静 @katachi0

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