ゴーストボイスバンド

あさひ

第1話 孤独な音楽

暗がりに陽が差し込む暇な部屋

カーテンはほぼ閉め切った状態で光る画面を見つめ

音楽を聴きながらメモを取る。

朝日が差し込むとラジオの音楽番組が始まるためか

器用にも目線に当たるように工夫していた。

「そろそろ……」

パソコンの別窓でラジオのアプリを起動させる

ポチポチと視聴登録から軽快な音楽へと

そう時間は掛からなかった。

【はーいっ! この時間のパーソナリティっ!】

元気な紹介の後にパーソナリティの名前を

可愛らしい声で言い放ち、流れるように

音楽にフェードアウトする。

ルーティンになった朝の始まりで

少年はまたメモを書き始めた。

「この歌手は癖が強い…… けど音程やリズムが

汎用的で独創性とベーシックがちょうどいいな……」

メモに知るされたのは暗号と見間違うほどの

専門記号ばかりで落書きに見られてもおかしくはない。

朝と言えばお腹が空くのが当たり前であり

体の都合上じゃなくても腹の中をノックされる。

そんなことはお見通しなのか

ドアが不意に開いた。

「おはよっ! 我がグソクムシっ!」

そこにはパーカーとジーンズの女性が

皿を手に笑顔で叫ぶ情景が広がっていた。

嫌味のつもりではないらしいが

顔が毎回のように歪むのは

癖ではなく刹那の感情だろう。

「どのあたりがグソクムシ?」

冷えたように呆れた顔で

いつもの質問をぶつけた。

「まっすぐに進む癖にマイペースなところかな?」

的を得ているからか少し照れてしまう

褒めているのがわかる愛情を含めた口調だから

尚更に嬉しいである。

「で? 母さんはなんの用?」

表情に見せずつっけんどんに返すと

膨れながらも手に持っている皿をそっと置いた。

「私の体液が付いた【おにぎり】と味見の時に付いたかもしれ……」

顔を真っ赤にしながら言葉を遮った

方法は簡単に手を握る。

「汗だよね? 気持ち悪い表現はやめてよ……」

「私のことを覚えてくれているのね?

朝しか触れ合えない怠惰なわたしを……」

どうやら帰ってきた直後に深夜帯で

よくやっている海外ドラマをみたらしい。

「なにをいってるんだ、いとしのミカゲ」

棒読みで欲しがっている答えをぶつけると

顔を赤くしながらキスを迫ってくる。

「しないよ?」

「ええ~っ! それだけを楽しみにわざわざ帰ってきたのにっ?」

「デコで良いでしょ? ほらっ」

めんどくさそうに髪をかき上げると

妹のようなテンションでチュッとした。

「本当に似てきたから道くんのことたべちゃいたい!」

「美味しくないからやめてね?」

悪戯を企む少女のような顔で

パーカーのチャックから谷間を覗かせていく。

「ティーシャツを忘れちゃったんだけどぉ……」

「今日はピンクで可愛いね」

サラッと流すように褒めて

パソコンに向き直る。

「昼間ね……」

ボソッと不穏なことを呟く母に

ぞっとしながら

わざとそういう本を落とす。

「ん? これは? 清楚系……」

「どうしたの?」

細くて白い手で拾い、宝物のように胸に抱きしめて

その雑誌を徐々に背中へと移動しながら

後ろ足でドアの前に立ち、そっと振り返り隠すように

雑誌を読み込む。

「いつも健気なお嬢様が不意に見せる色気……」

母は様々な論理を頭でフル回転させ

得意の化学式に当てはめていく。

計画通りなのだが

まったく同じ手段に何回も引っかかる母は

本当に科学者なのかと疑問しかない。

「道くん…… 白と黒のワンピースならどっちが好き?」

「胸元が隠れていて控えめだったら色はどうでもいいけど」

手持ちの細いマジックで腕にメモをした直後に

あったはずの用事をすっ飛ばして

隣のリビングに置いてあるカタログに夢中に齧りつく。

「ちょろいな……」

美人で器量があり、若々しくグラマラスな母は

一応だが引く手なんて数多あった。

しかし全てを無視するどころか記憶にも留めずに

仕事が終わると家に最短で帰る。

死んだ父にとても似ているらしく

酔うと下ネタが凄まじい母に

初めは顔を真っ赤にしながら逃げていた。

しかしある時に泣きじゃくりながら

昼ドラのワンシーンを学校でやらかされ

もはや周囲からの目が痛々しく

学校に行っていない。

「そういえば引っ越しってどうなったんだろう?」

聞くわけにいかないために

目の前の【趣味】に没頭する。


仄かに明かりが見えている地下の一室

揺れる青白い炎が唯一の光源だが

ここに【生きている存在】はいない。

響き渡るのは

うめき声だと想像したが

一昔前のアニソンだった。

「……」

歌声以外は無言で

パラパラとノートを捲りながら

次の歌うのを決めていた。

ノートの脇に

ギターを持つ白衣の男性と

歯を出して笑う少年の写真立てが置かれている。

【いつか見たいなっ! あなたの笑顔っ!】

あまりに美声過ぎて近所からは

【放置したラジカセが幽霊の何かで勝手に動いている】

と評判そのものだった。




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ゴーストボイスバンド あさひ @osakabehime

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