#23 そして次世代へ──

 僕とみるくは道なき森を走った。


 きっと変身して飛んで行けばあっという間だっただろう。


 だが、変身はたった一度だけ使える絶対防御。

 会敵する前にそのカードを切ってしまうのは勿体無い、というのがみるくの判断だ。


 そして何より、棺連莉は僕を狙っている。

 つまり、奴が居た楽天学園から、島内全ての人間が集結していた大型商業施設最寄り駅を一直線に目指してくると予想ができた。


 だから僕達も駅から学園まで一直線に駆ける。


 その上でみるくによる魔力探知を行うことで、ヴィラン達と一緒に居るであろう棺連莉までの距離を把握しておく。


「あとどれくらい?」

「まだ十キロは離れてるわ。このままいけば、あと三分でぶつかるんじゃないかしら」


 やはり戦いは情報が全て。

 情報を持つ者が勝利を掴む。


「進む? 待ち伏せる?」

「待ち伏せましょう」


 みるくは草むらの中へ、僕は木の陰に身を潜める。


 いつの間にか、日が沈んでいた。

 やがて僕達を夜の闇が隠す。きっと、まじかる☆シトラスという光を喪った十年前の我が国は、こんな風景だったのだろう。


 逢魔が時の森風は背筋を冷やした。揺れる木葉は来るヴィランの軍勢に怯えているかのよう。


 身を隠した三分は短くも長い。

 奴が来る、奴らが来る。


 僕の命を狙う者共の気配は、近い。




















「ああ、バカだな、僕は」






















 だから。


 当たり前だとさえ思った。


 僕は瞬時に理解できてしまった。


 光を喪った世界に轟く発砲音。

 それに奪われたのは、僕の未来なのだと。


 そこに、棺連莉ヴィランは潜んでいた。

 生い茂る森と夜の闇が彼女を隠していた。


 ヴィランの大群は囮だったのだ。


 みるくが魔力探知できることを彼女は知っており、ヴィランと共に居るだろうという僕達の予想を逆手に取ったのだ。


 ならばどうして、奴は僕達の居場所を特定できたんだ?


「柚希!?」


 隠れていたはずのみるくが姿を現す。


 よりにもよって、拳銃を手にする棺連莉の前に、生身で。


「だと思ったよ、完璧に予想通りさ、柚希。そりゃそうだ、ヴィランと共に来ると思うよなぁ? 浅いんだよ、浅いんだよ浅いだろガキが!」

「柚希! 柚希! 間に合うから! 変身すればこれくらい治るから!」


 地に伏せて動けない僕にみるくが駆け寄る。


「ああ、そうだね、治っちゃうな。だからこうする」


 右腕、左腕。亜音速の鉛玉が僕の腕を貫き、自由を奪う。


「生身で向かってくるだろうさ、何故なら変身はたった一度の絶対防御。プロの世界でも定石の手段だ。それに生身ならほとんど魔力を放出しないしな。流石高校生、賢いけど一歩及ばない。これ、何だと思う?」


 棺連莉が厭らしく見せつけるのは、まじかるパクトによく似た何か。


 女性がメイクに使うパウダーパクトのような見た目だ。


 まじかるパクトと決定的に違うのは、その禍々しい装飾とどす黒いブラックで塗装された外観だ。


「ヴィランズパクト、新型まじかるパクトの機能を強制的に終了させられる。ルミナスから聞いたか、生きてるんだろナンバーワン様は? それだけじゃない。これは新型まじかるパクト全ての座標を把握することもできる。まあ、最も大事な機能は他にあるがね。とにかく、ヴィランの魔法と人間の科学技術を結集させた、私達の最高傑作さ! おっと苺坂何してる?」


 棺連莉の銃弾がみるくの指先を掠める。


「んぐっ……!」


 僕の手を動かして変身させようとするみるくも、これでは下手に動けない。


「いい加減止してくれよ、これ以上そのガキに柚子の真似事をさせるのはさぁ?」

「真似事じゃない! 柚希は柚希でしょうが!」

「違う! 柚子を侮辱するな! その髪色も! その目も! その口も! パクトもコスチュームもまじかる☆シトラスという名も! 全て全て全て全て全て! 柚子のだッ!」

「柚希をバカにするなぁぁぁ!!!」


 みるくは涙を流しながら激昂する。


 しかし、咄嗟に取ろうとした変身の予備動作さえも──


「だから浅いんだよ、ガキが」


 ──まるで一蹴、秒速二百四十七メートルが風を切り、希望を刈り取る。


「棺、連莉」

「喋るな偽物がァ!」


 右脚。


「シトラスの、時代はな」

「柚希ィィィ!」


 左膝、左肩。


「シトラスの時代は、もう、終わった」

「終わらない柚子は永遠だ私の柚子が全てだ貴様さえ居なければ柚子は──」

「ここからは──」


 棺連莉が拳銃を構える。

 その銃口は確かに僕の頭部へ向けられており、奴の指がたった数センチ動くだけで、僕は簡単に絶える。


 知ったことか。


 自分の命を捨てたって良いと思えるような、その人ならきっと成し遂げてくれると信じられる、そんな存在に僕は出会えたから。


 やっと分かったよ。


 そうだよね?






















「──ベリーミルクの時代だ」





















 僕は最後に


 無慈悲な単音が暗闇に轟き、ヴィランの軍勢がいよいよ追い付く。


 絶望が包む暗闇の中に、たった一人みるくは残された。




 苦節十年、棺連莉の願いは成就した。

 たった一点の要件を除いて。





       ☆☆☆



 翌、かはたれ時、寮の中庭には皮肉にも心地の好い風が吹いていた。


 決まって朝露が葉を濡らすように、ボクの瞳を濡らす水にも意味なんて無い。


 そう思えたら少しでも救われるだろうか。


 ボクは彼と約束した。


『朝、寮の中庭で待ってる』


 確かにそう言った。

 だからボクはここへ来た。


 でも、彼は居ない。

 中庭にも、学生寮の入口から数えて三番目の部屋にも、あるいは世界中のどこにも。


 彼はもう、居ない。


 薄暗い中庭の真ん中で、空を眺める少女が居た。


 髪は茶髪のショートヘアで、背はボクよりちょっとだけ低くて。


 ボクの大好きな人の顔と身体なのに、その立ち姿だけで別人だって分かっちゃう。


「柚子さん、ですよね」


 彼女はボクの声に反応して振り向く。


「君は確か、大海原まるちゃん? はじめまして」


 大好きな人の声でそんな質問をされると、ちょっとクるなぁ。


「いつも、彼にはお世話になってました」

「何言ってんの、お世話になってたのはあの子の方でしょ」


 全部、彼の中から見てたんだって。


「ごめんねぇ、あの子おっぱいばっかり見てたでしょ?」

「ええ、まあ」


 良いのに、それでも。


「ここで会おうって、約束、したんです」


 わざわざ言わなくたって、中から見てたんだから知ってるか。


「……ごめんね、あの子を守ってあげられなくて」


 それはボクの言葉だ。


 いや、ボクなんかが彼を守るだなんて傲慢過ぎるよね。


 せめて、止められなくてごめんなさい、かな。


「知ってる? あの子実はまるちゃんのこと、あっ、言わない方が良いのかな……」

「好きです」

「あら、やっぱり? そんな気がしてたのよねぇ~。あの子も案外隅に置けないわね!」

「好き、です」

「うん」

「好きなんです」


 ほろり、ほろりと溢れて止まらない。


「大好きなんです」


 言葉も、涙も。


「うん」

「優しいところ」

「そう、すっごく優しいの」

「一緒に居ると楽しくて」

「ちょっと、羨ましいな」

「えっちだけど、ばかだけど」

「……うん」

「家族思いなとこ」

「そうよね」

「ボクのこと守ってくれるし」

「……おいで、まるちゃん」


 柚子さんは、涙でぐちゃぐちゃなボクを抱きしめてくれる。


 その胸からは彼の匂いがして、なんだか、なんでだろ、おかしいよこんなの。


「本当に、好きだったんです!」


 想いを吐露するだけ、涙もこぼれる。


 柚子さんが着ている彼の服がボクの涙で濡れる。


 その染みさえも愛おしくて、虚しくて。


 やっぱりボクは彼が好き、大好き。


 ごめんよ、弱くて。


 強くなるから、もっと強くなるから。


 もう誰も喪わない為に、彼が守るはずだった誰かを守れるように。


 彼に胸を張って「好き」って言えるように。


 だから今は、今だけは、さ。


「ありがとうね、まるちゃん」


 君の胸で泣かせてよ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 柚希くん! 柚希くん! 柚希くん!」


 柚子さんは黙ってボクを抱きしめてくれた。


 五分、十分、それ以上。


 やがて朝日が昇るから、それまでは。




 甘酸っぱくて、すごく苦い。

 柚子みたいな、ボクの初恋。




       ☆☆☆



 私が彼を殺した。


 彼が殺されてしまったのは、私が弱かったから。


 彼が殺された後、私は無我夢中で目の前のヴィランを殺した。


 お母様から貰ったパクトで変身した私は確かに強かった。


 どんなヴィランにも負けない気がした。


 ヴィランの軍勢を殺し尽くした後、棺連莉は彼を連れ去ろうとしたが、たかだか生身の人間だ。


 魔法を使う必要さえ無く、右手で頸の骨を折ってやった。


 悪い?


 だって奴はヴィランで、魔法少女はヴィランを殺す為に存在する。


 彼は言った。


「これからはベリーミルクの時代だ」と。


 だから私は必ず叶えてみせる。


 史上最強の魔法少女になる。


 まじかる☆シトラスもベリーレッドもルミナスも超える。


 そうすれば彼は戻ってくる、そんな気がするから。


 だからお願いよ。


 その時こそ、私を選んで。


 アンタとの約束を守った私を、誰よりも強くなった私を。


 喪って分かったことがあるの。


 確信したわ。


 友愛じゃない、恋慕なんて生易しいもんじゃない。


 きっと私のアンタへの気持ちは──


「愛してるわ、柚希」


 呟いた言葉は、やがてメロウイエローの風に攫われる。


 私は柚子色の宝石にキスをした。

 きっとここに、彼が眠っているはずだから。



       ☆☆☆




















 これが、までの物語。


 そして、正反対の二人の少女が新たな時代を作るまでの物語。

 その序章である。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それいけ!魔法少女☆ユズキくん 雅ルミ @miyabeee-rumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ