第2話_E2089・ダイニング

 よく分からない薄茶色のペースト状の食べ物。美味しいとは言えないかもしれないが、不味くもない。

「地上で食べてた飯と比べると味気無いよなぁ」

 ダイニングの片隅。俺とサジは向かい合って座っていた。

 広い部屋には規則正しくテーブルとイスが並べられており、ここに住む全員が座れる分…ざっと100席はあるだろうか。それほどに広い空間であった。


「…にしても、ここに来てから2週間か。

 毎日似たようなの食べさせられてるけど、慣れる気がしないな」

 サジはこつこつとスプーンで皿を叩いている。食べるのを躊躇っているようだった。

「地上で食べてた飯と、そこまで大差無いと思うけど」

 俺からすれば、お腹に溜まれば何でも良かった。

 そんな様子の俺を、サジは呆れたような顔で見る。

「ゼロはどんだけマズい飯食ってたんだよ。家族とかは作ってくれなかったのか?」

 学生の頃は大してお金があるわけでも無かったから、パンを毎日のように食べていた。パンは一般的に美味しいものなのか、不味いものなのか…。

 …というより、そもそも美味しいとか不味いとかをあまり意識したことが無かったんだと、今悟った。

 それにしても、家族と言われて顔が思い浮かぶ人間は一人もいない。俺は本当に誰かから産まれてきたのだろうか?

「そういえば家族って、見たことないんだ。

 普通の子供じゃなかったから見捨てられたんじゃないのかな」

「……」

 適当に放った言葉をサジは真面目に受け取ったらしく、苦い顔をしていた。

「にしたって、お前は俺らと比べると普通なのにな。地上でも難なく生活出来たんじゃないか」

 その言葉にサジはテーブルに置いてあったフォークを握り締めて、

「俺も普通じゃあないんだ」

 何の躊躇いもなく指に突き刺した。

「痛みは少ししか感じないし、傷だってもう少しすれば塞がる」

 軽い動作でフォークを引っこ抜く。

 フォークと指から血が垂れて、ぽたぽたと音を立てた。

「ああ。お前、自傷しちゃうタイプの…?」

 流石の俺も、ちょっと驚いていたかもしれない。

「ああいや、そうじゃない。疑われるのが嫌いだから実演して見せただけ。

 …自傷って、Ⅱ型の不具合だとかって言われてるヤツだろ。自殺するとか噂、流行ったよな」

 Ⅱ型というのは、俺たちみたいな人間の総称である。普通に年を取って朽ちていく、いわゆる旧人類とは全く違う生き物だ。

「Ⅱ」というだけあって、当然「Ⅰ」も存在していたようだが、詳細は不明である。これにも長ったらしい正式名称があったはずだが、ちっとも覚えていない。

 そのⅡ型には、何かがきっかけとなって自傷を始める奴らが一定数いる。時と場所を選ばないその衝動的な自傷は、恐怖の対象として世間に強く焼き付いていた。

「確かそういう奴ら専用の箱があるんだったよな。治療でもしてくれんのかな」

「治療、か…」

 あれは外部の力でどうにかなるものじゃない。そんな確信と恐怖が何処からか湧いてきていた。


 そんな時、二人の間に手がひらひらと割り込んできた。

「おはようございます、ゼロくんとサジくん?…だったかな。面白い話をしていますね」

 俺はサジと顔を見合わせた。

「誰だっけ」

「俺も覚えてない」

「あら?酷いですね。同じ箱で生活している仲間なのに。

 レジアです、初日に自己紹介は済んだと思ってましたけど」

 長い髪は腰近くまであり、動きに合わせてふわふわと揺れ動いていた。

「1人?同室の奴は?」

「アデレイはせっかちさんなので私はいつも置いてきぼりなんです。

 …ああ、それよりⅡ型の自傷の話なんです」

 レジアはそう言いながらサジの隣の椅子に座った。

「何かあったのか?」

 俺は発言するのが面倒になっていたようで、無意識に話すことをサジに委ねていた。

「君たちって変わってますよね、特にサジくん。

 意思が希薄な人が多いですけど…こう、自我がある感じがします」

 軽快にぺらぺら話すので、少し面食らってしまう。

「レジアも結構俺ら寄りな気はするけどな」

「ま、私は特別ですからね。

 …それはさておき、その方たちを救おうというとある計画があるんですよね。さっきサジくんが言っていた治療ってやつに近いですかね?」

「へぇ、本当にそんなのあるんだな。具体的には何をするんだ?」

「感情を補完するんです」

「…なんだそれ」

 思わず口に出していた。

「感情は争いの元です。全員が冷静に、合理的に判断出来れば、全てとは言わずとも無用な争いは減るとは思いませんか?

 私達の感情は旧人類と比べて希薄です、これはより優れた人類であるという特徴なんです。…が、」

 そこからレジアは左手を顎に当て、わざとらしく首を傾けた。

「おっと、詳しくは協力を得られてからですね。アデレイに怒られちゃいます」

「にしても、何でそんなことを俺達に?」

「気になりませんか?私達もいつ壊れるか分かりませんからね」

 声色は冗談というより本気のようだった。…俺達もいつかあんなふうになってしまうと言うのだろうか。

 あまり食いつかない様子を見てか、レジアはとどめの一言を付け加えた。

「外に出たいんでしょう?」

 どこかで聞いていたのだろうか。

「性格悪いねー」

 そう言いながらも、サジの表情には少し焦りが見えた。

「22時、私達の部屋に来てください。興味があれば、ですけど」

 薄い笑みを浮かべたレジアは、小さく手を振ってから去っていった。


「どう思う?」

 話を切り出したのはサジだった。

「俺は何でもいいよ」

「話しがいのない奴だな」

 少し考えるふりをしてから、サジが言うであろうことを続けた。

「手がかりも特に無い現状、行ってみたほうが良い気はするけど」

 どうせ行く気満々な気配がする。わざわざ引き止めることも無いだろう。

 色々と怪しい話ではあるが、まさか殺されたりとかはしないだろうし。多分。

「まあ、そうだよな」

 サジはそう返すと、めんどくせーと言いながら布で血を拭き取り始める。

 …それにしても先程の奇行はサジらしくなかった。

 彼は一般的な感情を持ち合わせているようだけど、だからといって旧人類と分かり合えるわけでもない…のかもしれない。

 俺とは違った、何か複雑な事情があるだろう。


 そんな話をしていると、いつの間にか講義の数分前になっていた。詳しい話は後にして、俺達は急いで講義室へ移動した。

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