思い出巡り

海凪ととかる@沈没ライフ

思い出巡り

 若い夫婦が営む小さなカフェが彼女のお気に入りで、何度ここに二人で足を運んだかもう覚えていない。

 そこは目立たない路地の奥にあるので、常連客ばかりが集まる静謐とした時間の流れるカフェだ。自家焙煎の自慢のコーヒーと趣味の良い音楽、手作りの美味しいスイーツ。

 いつもの窓際のお気に入りの席に向かい合って座り、猫舌の彼女が湯気の立ち昇るマグを両手で包み込むようにして持って、ちょっとずつ啜る。

 目を細めて、本当に幸せそうに。

 店を出る時に持ってきた魔法瓶にお湯を入れてもらった。



 好奇心旺盛な彼女は、穴場的な店を見つけるのが得意で、変わった店をたくさん知っている。

 古い住宅地の中にひっそりと佇むこの手作り雑貨屋も彼女のお気に入りスポットの一つだ。

 元はミシン屋だったのが、それだけではやっていけないので手作りの雑貨を作って売り出すようになったものらしい。昔のアンティークな足踏みミシンの台の上の空きスペースに並べられた、ハンドメイドの一品物の小物たち。

 彼女が僕にねだったのは、ビーチグラスの欠片で作ったピアスだった。



 彼女は某J-POPグループの大ファンで、彼女と出かける時に車の中で流すBGMはそのグループの曲と決まっている。

 特に好きな曲になると、彼女はゆらゆらとリズムを取りながら歌詞を口ずさむ。そんな時、気づかない振りをしてただ黙って車を走らせるのが僕らの暗黙のルール。最終目的地、海の見える展望台の駐車場に車を停め、BGMを徐々にフェードアウトさせていく。

 タンポポが咲き誇るこの場所は彼女が一番好きな場所だった。

 この場所で、持ってきたカップ麺に魔法瓶からお湯を注ぎ、タンポポと海が見えるベンチにならんで座って一緒に食べるのが、彼女にとってはとても贅沢なかけがえのない時間だったのだ。

 ちなみに僕が赤いきつね派で彼女は緑のたぬき派で、こればかりはお互いに絶対に譲らなかった。



 閉じていたまぶたを開き、そっと隣をうかがっても、ベンチに彼女の姿も緑のたぬきも無い。あるのは小さなガラス瓶。

 僕はそれだけを手にベンチから立ち上がった。そのまま、展望台の欄干の所まで歩いていく。



 そして、彼女の遺言どおり、瓶の中に入っていた彼女の灰をこの場所の風に撒いた。



                    Fin.

 


    

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