第2話 お爺さんと大木
ハルトは1時間近くお爺さんの庭の木を観察していた。この木をどのように処理するか考えていたのである。もともと木に詳しくないハルトはスマホで木について調べながらどうするか考えていた。
「この木は杉の木か、高さはそうだな…30mぐらいかな。切り方はワイヤーで木を固定しながらチェーンソーで切り倒すのか。」
ハルトの独り言を聞きながらミオは心配になってきた。
「やめとこうよ。危ないよ。ほんとに怪我するよ?こういうのは業者に頼むような案件だよ」
するとハルトは
「俺たちが業者なんだから大丈夫!」と
言うことを聞かない。
「とにかくはやく木を切り倒そう!まずはそれが今回の依頼だからね!」
ハルトは張り切りながらチェーンソーやワイヤーなどの道具を集め出した。
「じゃあそろそろ始めるか!ミオはワイヤーで木を固定して!」
「え!?私も参加するの!?」
「当たり前だろ。こんな大きい木一人で切り倒せるわけないじゃん。」
えぇーと驚くミオにハルトはヘルメットと軍手を渡し、木にくくりつけたワイヤーをミオに預けた。
「じゃあ東の方向に木を倒すからミオはその方向に木が倒れるようにワイヤーで誘導して」
「えぇ〜こんな重たいの無理だよ〜」
ミオがブツブツ言っている間にハルトはもう木の伐採に取り掛かっていた。チェーンソーが木の幹に入り込み鈍い音があたりに鳴り響く。
「確かまずは、切り倒す方向の反対側から三分の一を切って受け口を作るんだったな」
チェーンソーが木の幹に食い込む鈍い音とともにミオが持つワイヤーが激しく揺れ始める。
「いやー!!怖い!!」
ミオは必死にワイヤーを握り木を東の方向に引っ張る。
「もうちょっとだ!頑張れミオ!」
チェーンソーが幹の三分の一に到達した。
「ミオ!強く引っ張ってくれ!」
「えぇ〜!?」
動揺するミオがワイヤーを強く引っ張ると木はミシミシと音を立てながら、ゆっくりとミオの方向に傾いてくる。
「ハルト怖いよ〜」
次の瞬間、バキっと木の幹が割れる音と共にミオの方向に向かって木が倒れてきた。
「うぎゃー!!」
ミオは勢いよくワイヤーから手を離して走ってハルトの方に駆け寄った。
ドシン。
轟音と共に庭に粉塵が舞う。お爺さんが家から出てきた。
「おぉ切り倒せたのか。」お爺さんは清々しい顔と共にどこか寂しげな表情をしていた。
「しばらく粉塵が舞うから家の中においで」とお爺さんはハルトたちを呼んだ。
「お邪魔しま〜す」
お爺さんの家に入ると、玄関には庭の大木の前で撮影した家族写真が貼ってあった。
「これはお子さんの写真ですか?」
ミオが尋ねると、
「そうそう。若い頃のワシと妻と子ども。実は妻と子どもは昔、交通事故で亡くなりましてな。今は一人でこの家に暮らしとるんじゃよ」
そう言いながらお爺さんは古いアルバムを持ってきてハルトたちに見せてくれた。
「ワシは昔、飛行機の操縦士をしていましてな。いつも忙しくしていたからあまり家族と出かける時間が取れなかったんじゃよ。だからいつも家族と触れ合える時間はワシがたまに休み日だけで、この庭でしか子どもと遊んでやることができなかった。」
確かにお爺さんと子どもが一緒に写っているのは、あの庭の大木の写真ばかりだった。
「そうだったんですか…そんな大切な木を私たちが切り倒して大丈夫だったんですか!?」
ハルトとミオは顔を見合わせて心配になりながら聞いた。
「むしろ君たちだからお願いしたんじゃよ。そら、ただ木を切り倒すだけだったら業者に頼んだ方がはやいし、安全にやってくれるだろう。だけど、それでは単なる作業になってしまって思い出深いこの木が呆気なく終わってしまう。だからせっかくなら新しい思い出と共に木を切りたかったんじゃ」
ハルトはさっきのお爺さんの言葉を思い出しながら粉塵が収まった庭で木の根本を抜いていた。
(他に何かできることはないか)
そればかりがハルトの頭の中を駆け巡っていた。
ミオの手伝いもあったおかげで切り倒した大木は均等の長さで切られ、粗大ゴミで処分できる大きさまでになった。
「ありがとう。君たちのおかげで良い思い出と共にこの木とお別れすることができたよ」
お爺さんはどこか吹っ切れた笑顔でそう言った。
「あの…この大木の残りなんですが、少しいただいても良いですか?」
ハルトが聞くとお爺さんはしばらくは庭先に置いておくので好きにしても良いと言ってくれた。
「ありがとうございます。」
ハルトたちはそう言ってこの日は帰ることにした。
「ハルト、あの大木の残りどうするの?」
「お爺さんの思い出がいっぱい詰まった木だからせっかくだし何かしようと思って」
その晩、ハルトは1人で作業をしていた。ミオは久しぶりの重労働で疲れたのか、家に着くとすぐ風呂に入って寝てしまった。この夜、お爺さんの家から借りてきた小さなノコギリの音が止むことはなかった。
翌日、ハルトたちは朝からお爺さんの家に訪れた。ハルトは何やら袋を持ってきていた。
「結局ハルトは昨日何をしていたの?」
「まあ後からわかるって!」
「おや、今日も来てくれたのかい。ありがとう」
「今日は借りていた道具をお返ししようと思いまして、それと…仏壇にお参りさせていただいてもよろしいですか。」
「お参りしてくれるのかい。ありがとう。妻も子どもも喜ぶよ。」
ハルトたちはお爺さんの庭の後片付けを終えてから借りていた道具を返し、仏壇のある部屋へと向かった。
ハルトとミオが順番に仏壇に手を合わせる。
ミオが仏壇から離れたとき、ハルトが袋を取り出しながら言った。
「あの大木にはたくさんの思い出があって…僕なりに色々とできることはないか考えていたんです。やっぱりあの大木はお爺さんたち家族とこれからも共にあった方が良いと思いまして、2つ作らせていただきました。」
ハルトはそう言いながら袋から2つ取り出した。
「一つは写真立てです。もし良かったらこの写真たてにご家族の写真を入れてください。きっとご家族もこの大木が周りにあると安心すると思うんです。それと…もう一つは線香を作りました。杉の木は線香にすると香りが良く、遠くまで杉の香りを運ぶことができます。もしかしたら…奥さんと子どもさんの元まで届くかもしれません。良かったら使ってください。」
この2つをお爺さんに手渡すと、お爺さんは
「ありがとう…ありがとう。あの大木を君たちに頼んで良かったよ」
と目に涙を浮かべながら喜んだ。
すると、お爺さんはさっきハルトたちから返してもらった大木用の道具を再び持ってきた。
「お礼と言ってはあれじゃが…この道具、君たちが使ってくれないか。その仕事をするのだったら木を切る道具は必要じゃろ?全部持っていってくれ。」
「良いのですか。ありがとうございます。大切に使わせていただきます。」
「今回は樹木屋のご利用ありがとうございました。」
ハルトたちは頭を深々と下げ、お爺さんに別れを告げた。
「頑張ってくださいな。樹木屋さん。」
「はい!ありがとうございます。」
「樹木屋さんか〜なかなか良い仕事じゃん!これからたくさん依頼が増えると良いね!私も手伝うよ!」
「ミオが張り切ってるなんて珍しいな。これからちゃんと手伝ってくれよ?」
「わかってるよ。」
「さっ!家に帰ったら、またビラ配りを準備をするか!」
「そうだね!」
春の暖かい日差しが降り注ぐ中、お爺さんは久しぶりに墓参りにやってきていた。
「この前、面白い青年たちがやってきてな。こんなお土産を持ってきてくれたんだ。きっと懐かしい匂いを思い出すと思うよ。」
お爺さんは1人、墓に言葉をかけながら線香を焚いた。その煙はほのかに杉の香りを出しながら青空の彼方へとのびていった。
彼が樹木屋になりまして、 海老名河継 @EBINAKAWATSUGU11
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