第二十六夜「チームプレイ-2」

 二回目のフォーメーションも一回目と同じ事にする事が決定し、レーダース達は各自の位置に付いた。

「ミールです。皆さん準備は宜しいでしょうか?」

 耳に装着したインカムからミールの声が聞こえ、皆も準備が出来た事を彼女に知らせる。

「先程のミーティングでも有った通り、この作戦が地球人類の最大かつ最後の希望です。皆さんの全力の協力を望みます。」

 ミールからの通信が全員に行渡るとイーグルはミールが神経を集中して行くのを感じた。残りの者は彼女の思念を増幅する役割となる。イーグルは、彼女の思念を受けてそれをそれにシンクロして増幅するべく精神を集中した。機械では増幅できないエネルギー、その正体は分かっていない。

 ふっと、視界が開けた様な気がした。見える、何かが見える。まだぼんやりとして、それが何で有るのかは全く想像が付かない。そして、それは、ゆっくりと焦点が有って行くう。

「何だろう……」

 イーグルの正直な感想だった。焦点が合ったのだが、それは見た事が無かった物だった。

「あなたは、誰ですか…」

 イーグルは思い切って話し掛けて見た。しかし、それは何も答えなかった。どうやら、理屈でどうこうの説明が付く物では無い様だ。感覚で捉えなければいけない物、直感でかんじるもの。

 ふと、懐かしい感じがした。以前、こんな感覚を味わった事が有る気がしたが、良く思い出せない。強いて挙げれば肉体を捨てた精神生命体に似ている気がしたが、彼等の様な冷たさは無かった。温かい、とても温かい。揺り籠に揺られているように感じて、このまま眠ってしまいたい衝動に駆られた。

「以前あなたに合った事が有りますか?」

 その問いにもそれは答えなかった。ただ、微笑んでそこに立って我々を見詰めている、そんな感覚。

「私達は地球の生物、人間です。あなたに聞きたい事が有ります」

 ミールが口を開いた。そしてそれに、正体不明の者は答えた。

「何を聞きたいのですか?貴方は、充分成長ている様に思えますが」

「いえ、充分に成長していません。それが証拠に宇宙を渡っていく力が有りません。だから、貴方に聞きたいのです。我々は生き延びたいのです」

「成熟した文明は、個人の意思が尊重されてそれが全体の意思に成る場合が有ります。しいかし個人の意思が突出して全体の意思がばらばらに成る場合も多く有ります。あなた方が生き延びたいと言うのは全体の意思ですか?」

「これは紛れもない全体の意思です。我々は完全に行き詰っています。だから、この状態を何とかしなければなりません。ですから、貴方方の様な高次の生命体の助言が必要なのです」

 イーグルは、はっと思った。今コンタクトしている生命体に対してミールは高次元の生命体だと言った、だが、そのことをイーグルは理解出来なかった。彼女は何を持って高次元の生命体と彼等を思ったのだろう。いや、それ以前に今、コンタクトしているのは生命体なのだろうか?だとすれば、何処の惑星に住んでいる生命体なのだろうか。その時だった、その意思がイーグルにも流れ込んだのだ。そして朧気だが、その生命体を理解することが出来た。ミールは特定の惑星の住人とコンタクトしていたのでは無い、宇宙そのものとコンタクトしていたのだ。

 ギリシャ神話では宇宙を生み出した神を『カオス』と呼んだ。混沌と言う意味もあるが、神話の中では神と解釈されている。現なる存在全てを超越し、無限を象徴する神である。それが生んだのが『ガイア』、地球を意味する神である。

 カオスは答えた。

「今の地球人は、心を閉ざしています。その心を開かない限り限り未来は無いでしょう。一見行き詰っている様に感じるでしょうけど、外を見つめる真剣さに少し欠けている様に思います。」

 ミールは考え込んだ。何故ならカオスは地球人の意思を真剣な物で無いと否定してしまったのだ。

 カオスは更に続けた。

「貴方たちは個人の利益だけを追求し過ぎていませんか?もし、貴方たちの星全体が本気で文明を維持したいと思うなら、貴方の様な能力を持つ者が、もっと増えて良い筈です。しかし、貴方の能力は、貴方方の星の人たちから見れば特殊なものでしょう?」

「でも、私達と同じ能力を持つ者は増えつつ有ります。」

 ミールが珍しく感情的に答えた。

「ならば、その能力を全員が身に付けた時、宇宙は貴方を迎え入れるでしょう」

「そうですか……」

 それがミールの最後の言葉だった。コンタクトは終了した。


★★★


 全員がステーションのブリーフィングルームに集合した。イーグル達の上官から、今回の作戦のあらましが再度説明された。

「ミール、質問が有るのだが」

 上官はミールを指名し、質問した。

「今回君は一方的にコンタクトを終了してしまったが、その意図は何なのかね?コンタクトに値しないと考えたのかね。」

 ミールはゆっくりと立ち上がると無表情に答えた。

「その通りです。彼等とのコンタクトは、地球人には値しません。」

 上官は驚いた顔をして更に質問を続けた。

「コンタクトの記録を見たが、これはコンタクトに値しないとは言え無い意志の集合体では無かったのかね?いや、地球にとって重要なコンタクトでは無かったのかね。」

 ミールはゆっくりと立ち上がった。

「私がコンタクトしたのは宇宙です。自然の源です。しかし、その意思は地球人の未熟さを指摘しました。我々はもう少し成長する必要が有ります。」

「成長する必要?十分成熟しているでは無いか、政治的にも文化的にも社会的にも。だから、この様な、大規模な宇宙ステーションですら打ち上げる事が出来る。」

「それは、地球人類が本気で思った事でしょうか?宇宙の意思は言いました。個人の利害が絡んでいる部分が有ると。」

 主任は眉を上げ大袈裟に両肩をすぼめて斜めに構え、あたかもミールを非難するがごとくに言った。

「地球が民主主義の惑星である限り、個人が自由や権利を追求することは自然なことではないのかね?逆に言えば、それがなされなくなると地球の根幹が崩れてしまうのでは無いかね?」

 ミールは相変わらず無表情で答えた。

「人類が行き詰っているのは極端な個人主義と利潤追求が先行してしまっているからではないですか?」

「地球の為に利潤を捨てろ、個人の意思は埋没させろと君は言いたいのかね?」

「いいえ、私たちはもっと人間を尊重しなくてはいけないんです、そうしないと宇宙は私達を受け入れないと思います。宇宙が言いたいのはおそらくそこだと思います」

「つまり、地球人は未だ未熟だから宇宙は受け入れないと言う事か?」

 上司はミールの話を聞いて深く考え込んだ様だ。顎を撫でながら、机の間の通路を無言で歩いた。そして一番後ろに着いた時、おもむろに口を開いた。

「よし、分かった。この作戦はここまでにしよう。」

 それを聞いて室内がざわめいた。作戦完了迄はあと、何回かの探査活動が有る筈だったからだ。

「主任、作戦を終了するとは、どういう事ですか?」

「そうです。この探査を言い出したのは地球連合の意思なのでしょう?ならば、結果がどうあれ最後まで作戦を遂行するべきではありませんか?」

 室内は騒然とした雰囲気に包まれた。皆、主任の決定に納得出来ない様だった。

「諸君、聞いて欲しい。」

 作戦主任が再度口を開いた。

「今、ミールから報告が有った通り、宇宙は地球人を、未だ受け入れる気は無いらしい。いや、もっと言ってしまえば文明が滅びても体制に影響は無いと考えている節が有る。」

 室内が又ざわめいた。しかし作戦司令は構わずに続けた。

「我々が行わなければならない事は、根本的に間違っているのでは無いか?」

 室内の全員が顔を見合わせた。根本的に間違っていると言う事は、自分達の存在が否定された事に成るのでは無いか、宇宙は地球人を重んじないということではないか。

「我々の間違いは、外ばかり気にして内側を充実させる事を怠ってしまった事に有るのでは無いか?この時代にレーダースと呼ばれる人種が現れた、それは何故だ?」

 室内のざわめきが収まり全員の耳が作戦司令の言葉に向いた。

「レーダースの能力は、深宇宙探査よりも地球に生きる生物全ての為に使う為に出現したのでは無いかと思う。レーダースは宇宙と交信する事も出来るが、人の心を読む事が出来る。それは、人々の壁を取り払って一つに纏め、宇宙に漕ぎ出す勇気を与える物では無いのか?」

 その話を聞いてレーダースの一人が発言した。

「それは理想論で有って、現実には我々に残された時間は有りません。それが出来れば御の字ですが、今はそんな事を言っている場合では無いと思います。」

 作戦司令は質問したレーダースに逆に質問した。

「では、君に聞きたい。問題とはどういう意味か分かるかね?」

 彼はその質問に絶句して更に考え込んだ。

 作戦主任は答えた。

「問題という言葉の意味は、理想と現実のギャップの事を言うのでは無いのかね?逆に言ってしまうと理想を持たない人間は問題に気が付かないのでは無いのかな?逆に、問題が何か把握出来ない人間に理想は探せないのでは無いのかな」

 質問者は困惑した表情で答える

「それは…そうですが、それこそ理想論では無いのかと?」

「理想と問題のギャップを埋めようと思わないのかね君は?」

 室内は静まり返った。問題と言う単語の重さに改めて全員が認識した瞬間だった。

「主任。問題と言う単語の意味を深く理解できたと思います。しかし、その溝を埋めるには余りにも時間と人員が足りないのでは無いでしょうか。問題というのが理想との差という事は理解出来ます。しかし、何と言いますか、溝が深すぎると言いますか何と言いますか…」

 作戦主任は穏やかな表情で答えた。

「知っているよ。溝の深さなど。しかし、その溝に底が無い訳では無い。必ず埋める事が出来る。それを行う為に現れたのがレーダースと言われている君達が現れた理由では無いのかね?」

 作戦司令はゆっくりと部屋の前の方に歩を進め、演題の置いてある場所迄歩を進めた。

「諸君、私は連合政府の作戦本部に進言するつもりだ。レーダースによる宇宙探査を中止する様に。」

 室内が一気に沸き立った。レーダース達は自分達が行ってきた探査が意味の無い物だと言う認識をされたと勘違いした。

「諸君にやってもらいたい事が有る。それは、地球人全員がレーダースの能力を持つための先導者になって欲しいと言う言う事だ。私は、地球の教育形態に関しても意見を述べたいと思っている。人類全てが意思を疎通そつうして全員で生き延びる。脱落者は君達がフォローする。それが宇宙が地球人類を受け入れる条件ではないかね」

 作戦中止の避難で沸き立った室内が一瞬で静まり返った。作戦司令が話した事は宇宙探査を行う事よりもはるかに困難な事だ。その任務をレーダース達に託そうとしている。

 イーグルは挙手する事無く立ち上がった。

「皆、作戦司令に従わないか。おそらくだけど僕はミールが言う事をクリア出来ない限り未来は無いのではないのかと思う」

 室内の全員がイーグルを見詰めた。そして感情を表す事の少ないミールが表情を緩めた。

「昔、地球の国々は軍事力を競い、それが当たり前のことと考えられた。でもそれは、資源と人の命を消費するだけの浅はかなことだったことは、ここに居る皆が知っていることだ。それと同じだよ、もう一度、人の輪とは何かを考えよう」

 イーグルの言葉に拍手が沸く。レーダースは新しい使命を背負った。彼らはそれを必ず達成するだろう。その時、宇宙は地球人類を受け入れ、第二の進化の時代に入るのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黄昏の宇宙(そら) 神夏美樹 @kannamiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ