第36話【怖いよ】
ドキュン。
「っ……!」
「はぁっ、はぁっ……」
身体を穿つ音がした。俺は一瞬空中で静止する。腹部に燃えるような痛みが広がり、四肢の力が抜けていく。
え。
当然の出来事に理解が追いつかない。
……撃たれた? あの一瞬で?
ふと、アルティーユと一瞬目が合った。が、アルティーユはその金髪をふわりとなびかせすぐに視界から消えてしまった。
「うっ……っあ……!?」
焦燥が声となって溢れ出す。
痛い。力が入らない。
重力が俺とアルティーユを引っ張っていくが、抵抗しようにも痛みで身体が動かなかった。
落ちる。ぶつかる。着地しろ……!
何か行動を起こさなければと考えるが、全くと言っていいほど身体は動かなかった。否、動かすのが辛かった。
ヒュルヒュルと頬に風を受け落下していく。落下しているが故の浮遊感が俺に危機感を与えるが、俺は何も出来ずに重力に従っていた。
動け、動け……このままだと……。こんな痛みで全てを無駄にするな……! まだあと二人残ってるんだ……! 相討ちで終わらせるな……抵抗しろ!
そう思うが身体に力が入らない。ズキズキとした痛みが腹部を襲い、俺の感覚を支配していく。
「
あまりの痛みに声が漏れる。地面までは残り数リーテル。すぐそこまで地面が迫っていた。はっ、はっ、と短く息を吐き、俺は迫り来る地面を見つめた。
痛いだけ……痛いだけだ……。
負けるな……!
何度も自分にそう言い聞かせ、俺はすぐに覚悟を決めた。
歯を食いしばり、痛みを堪え、バッと右手を地面へと向ける。
「『空虚な紋様よ』っ!」
下へ向けた右手から無効魔法陣が現れる。三重に重ねた金色の魔法陣が、俺を受けとめる緩衝材を形成していく。
ガッ
俺は創った無効魔法陣をクッションに、代償世界の地面へ降り立った。
「うっ……」
ぐらりと一瞬目眩を覚え、平衡感覚が危うくなる。恐らくこれは出血多量だ。が、俺にはそれを意識する間もなかった。
ドサッ
「っ……かはっ……ぁ……」
アルティーユが頭上から降ってきたからだ。
俺は目の前に倒れ込んだ生誕神へ視線を向けた。輪廻の神、生誕神アルティーユは、代償世界の地面にガクリと倒れ込んでいた。
アルティーユはピクリとも動かない。が、意識はまだあるようだ。
その蒼き双眸には、まだ強く優しい光が灯っていた。
アルティーユが、途切れ途切れに言葉を発した。
「っ……リアム……ルーカス……」
上手く呼吸ができないのか、酷く辛そうな表情だ。ジジ、とアルティーユの姿が揺らぎ、少しその姿が薄くなった気がした。
アルティーユは俺に問いを投げかける。
「貴方は……怖く……ないのですか」
息絶え絶えに、しかしハッキリと。
「……怖い?」
俺は彼女の意図がわからず聞き返す。
「神に祖国を襲撃されて、仲間の死を……目の当たりにして……」
アルティーユは今まで見せなかった人間らしい表情でこちらを見て、言葉を続けた。わからない、というふうに少し目を伏せた。
「『次は自分かもしれない』とは、考えないのですか……? 貴方は、自分が生き残るために……恐怖に飲まれないのですか?」
再び、ジジ、とアルティーユの姿が揺らいだ。
神はこの世の理。
いつか読んだ、神に関するとある書物の一ページ。そのページには、神という概念と、その存在について書かれていた。
理である神に魂の死という概念は無い。が、神が自らを顕現する力を失ったとき、その神は実体を失い肉体の死を経験する。
実体が潰えた神は、時間の経過で力を取り戻すまで、顕現することは出来ない。
つまり。
ちらりとアルティーユの姿を見た。
息絶え絶えで胸元から血を流し、実体が薄れ始めている。ジジ、という音がする度に、彼女の存在が希薄になっていく。
……アルティーユは、潰えるのを待つだけの神だった。
だからだろうか。
たった今、一人の人間のような表情で、実に人間らしい問いを俺にしているアルティーユが、小さく孤独な少女に見えた。
「貴方は『怖い』と……そう感じないのですか……?」
かつて自分がそうであったように。答えに飢えたような寂しげな目で、アルティーユが俺の答えを求めていた。
敵である生誕神ではなく、小さく孤独な少女が問いかける。誰も教えてくれなかったこと、その答えを俺に求めるように。
視線を上げ、二人の神の様子を窺う。二人は、何もしていなかった。ただ、生誕神の行く末を見守るように、神妙な面持ちでこちらを見ていた。
まだあと二人残っている。一刻も早く倒してしまいたい。
そう思っていたはずなのに、俺は自分でも気がつかぬうちに、ぽつりと言葉を零していた。
「怖いよ」
アルティーユが目を見開いた。信じられないというようにこちらを見る。
「本当は、すごく怖いよ。だって……俺は弱い人間だから」
ポタリと滴り落ちた血が、地面をゆっくりと濡らしていく。俺は何も持っていない空っぽな両手を見つめ、そして再び言葉を続けた。
「誰一人……守れない。恐怖を打ち消すことも出来ない」
ぐっと両手を握りしめた。
「俺の手には最後、何も残らない。俺は何も掴み取れない」
少年のように震えた声で、俺は問いに答えていく。
無詠唱で
「……でも」
俺はだんだんと薄れていく生誕神の前にしゃがみ込んだ。
「俺は失わないために戦う。他の誰でもない……仲間を失わないために」
そして俺は一つの魔法陣を描いた。
『『『リアムさんっ!』』』
仲間の声が脳裏に響く。彼らの笑い声が脳に焼き付いて離れない。
『リアムさん……!』
リリーさんの声が脳裏に響く。いつも優しい彼女の笑顔は、本当に儚くて悲しげだった。
『リアムさん』
愛するステラの声が響く。少し気が強くて、でも優しくて、明るい。記憶の中には大好きな彼女が溢れていた。
俺はそんな人々の顔を思い出し、言葉を紡いだ。
「今度は絶対に守り抜く。俺はもう何も失いたくない」
二人となった五大神が、少しだけ悲しげに彼女を見つめた。俺はゆっくりと立ち上がる。
「これが、俺の答えだ。……また平和な日々が戻るように、ここで全て終わらせる」
そう言い、俺は創った魔法陣を起動させた。
「そう……ですか」
生誕神はそう言った。俺は消えゆく彼女に問いかける。
「残す言葉は?」
「え……」
彼女は少しだけ驚いたようにそう言い、そしてとても幸せそうに笑った。
「貴方なら、この世界を変えられるかもしれませんね。……ありがとう……」
フッと生誕神は虚空に溶けていった。残ったのは、生誕神の最後の声のみ。
「……じゃあな、アルティーユ……」
キラキラとした生誕神の魔力が、俺の周りを二、三度舞った。
《開戦から三時間》
死者:??名以上
重傷者:??名以上
目標:あと二人
最弱聖女の存在意義〜僕らは彼女を救いたい〜 宮瀬優希 @Promise13
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