第35話【走れ遠くへ、穿て生誕神】

 私は、ずっと守られてくる存在だった。


 視界を赤い血が過ぎる。多重属性結界アトリビューツシールドが私たちを覆う。


 「歴代最弱聖女」「非力な救世主」


 そんな言葉に似合わない人間になろうと思った。守りたい人を守れる人になりたかった。守るための力をずっと欲していた。でも、いつも気がつけば私は誰かに守られていた。


 出会った人は絶対に、例外なく私にこう言うんだ。


「っ……大、丈夫……?」


 大丈夫? と。


 ボタボタと血の色が視界を埋めていく。


「え」

「あ……」


 私たちは無傷。


 後ろに倒れ込んだ姿勢の私とステラさんは、その血の主に守られていた。


 言葉が出なかった。


 展開されていた多重属性結界アトリビューツシールドが、フッと力尽きたように解除される。同時に、リアムさんが口元を手で覆った。


「……っ、げほっ、ごほっごほっ」


 数回空気を吐き出すようにして、リアムさんはその手を血で濡らした。


「っ……」


 そしてぐっと腹部を抑えた。


 恐ろしいほどの異様な静寂が、私たちの周囲を取り巻いていた。


 今まで、数々の攻撃を防いできた多重属性結界アトリビューツシールド。それは、咄嗟の判断で無詠唱だっただけに、五大神の攻撃を防ぎきることは出来なかったのだ。

 

 あれが全力であるかもわからない。神の力は圧倒的だった。


「……怪我は、無い?」


 リアムさんが手の甲で血を拭い、ゆっくりとこちらを振り返った。何でもないような表情で私たちを見て、そして少しだけ辛そうに目を細めた。心配させないようにと気遣っているのだろうが、大丈夫だと感じさせるにはかなり無理があった。


 呼吸が浅く、額に汗が浮かんでいる。視線を少し下げると、腹部が紅く染まっているのが見える。出血の量もかなり多い。


 言うまでもなく、重症だ。


 ……回復しないと。


 私は機械的にそう判断し、魔法陣を描いた。


「『神聖ホーリー』……」

「……『雷電空間サンダーフィールド』」


 しかし、詠唱をかき消すように。


 私がリアムさんを回復させるより速く、天候神が権能を使った。ゴロゴロと唸るような雷鳴と共に、あちらこちらに雷が迸った。遅れて、リアムさんの回復が始まる。


ふわりと軽やかな神聖治癒ホーリーヒールとは対照的に、辺り一体はほんの一瞬で天候神の領域と化してしまった。撃たれたら危険――


 ズガッ


 代償世界の空に視線を向けていると、自分の真横に雷が落ちた。その衝撃で、私の髪がふわりと揺れる。


「っ……!」


 あまりの速さと鋭さに、私は落雷に気づけなかった。


 今までの何倍も速く鋭い。本当に危なかったと思い、ちらりとステラさんの方を見る。ステラさんは電気の通り道を見極め、リアムさんの分まで電気を打ち消していた。今のところ撃たれていないようだが、私たちが危険なのは変わりない。


 ここで戦いを終わらせないと、本当に危ないかもしれない。


 私はハッキリとそう思った。今までの何倍も死に近い三対三という状況。そして、リアムさんは重症。


 そう、私たちは……

 

 リアムさんが声をあげた。


「っ……、走って」

「「え」」


「二人とも、向こうへ走って!」


 私たちは、リアムさん無しでは守れ戦えない。


 神聖治癒ホーリーヒールでリアムさんの傷は癒えたように見える。でも、それは厳密には違う。神聖治癒ホーリーヒールは内部の傷も完全に癒したわけではなく、半分程度傷を癒しただけ。完全な治癒は出来ていない。


 もしもまた強い衝撃が加われば、傷が開くのは目に見えている。


 しかし、あの傷を治せるような強い魔法は……聖域治癒サンクチュアリヒールは、今の私には使えなかった。


 代償が与えた力は、とうに使い果たしていた。


「走るって……なんで……」


 ステラさんが、戸惑ったように言った。


 本当に、ここが最後のチャンス。私たちは一瞬のミスすら許されない。


 一瞬、リアムさんが五大神を意識するように背後を見た。大きな魔法陣が描かれ始めている。


 私たちは指示に従うべきか躊躇していた。リアムさんを一人にさせるという選択肢は無かった。


 リアムさんが視線を戻す。

 

「俺が時間を作るから――」

「『滅べ』」


 リアムさんが何かを言い終わるより速く、破壊神の技が私たちに向かって放たれた。


 触れれば滅ぶ、破壊の権能。


 それに気づいたリアムさんが、こちらに駆け寄りながら言葉を紡いだ。


「その間に――」


 そして、私たちの方にまっすぐ手を伸ばした。

 

 「――――!」


 ドッ。


 私たちは、リアムさんの言葉の続きを聞くことは無く走り出した。


 最後に聞こえたのはゴオオオオオオ、という、全てを破壊する力の音だった。


【リアムside】

 

 ドッ。


 二人の背中を強く押し、俺は背後を振り返った。すぐそこまで迫る死の気配。破壊神の滅びの力が、俺の眼前まで迫っていた。


「っ……」


 ゴロゴロと転がるようにそれを避け、素早く体制を立て直す。


 痛みはない。二人の姿も見えない。


 瞬時に状況を把握し矢を放った。ヒュンッと五大神の寸前まで迫った矢が、カッ、と眩い光を放つ。


 発光弓矢ライトアロー。閃光弾の代替品だ。


「ち……」


 俺は攻撃系の矢だと思っていた五大神の反応が数瞬遅れた隙に、予め創っておいた矢を打ち込んだ。


「『多重起動・貫通矢ライズアロー』」


 全てを貫通する矢が五大神に迫る。


「『打ち消しなさい』」

「『天よ荒れ狂え』」


 が、数瞬の反応の遅れなど関係ないというように、生誕神や天候神が技を打ち消した。


 生誕神が理を制し、天候神がこの場を制し、破壊神が戦いを制す。


 誰が見てもそう感じる、そんな圧倒的に慣れた連携を五大神は行ってきた。


 慣れた連携。俺はそれよりも恐ろしいものを知らなかった。


 バリ、と俺を目がけて雷が降る。俺は反射でそれを避け、跳躍。触れられる無効魔法陣を創った。それを足場に、上空にいる生誕神の元へ跳ぶ。


 生誕神の姿が眼前まで迫る。この間僅か数秒。


「っ、『ライト……』」


 生誕神が焦ったように魔法陣を創った。が、生誕神を捉えた俺は矢をつがえる動作だけをし、


「『蜃気楼ミラージュ』」


打たずに寸前で姿を消した。


「「「!?」」」


 今までと違うやり方に、五大神が驚きを露わにする。足場となる無効魔法陣をランダムに潰していくが、俺はもうそこには居ない。


 前までの自分なら確実に追撃していた。五大神も追撃してくると思っているのだろう。でも、俺は追撃をしない。


 その魔法陣はもう使わない。


 蜃気楼ミラージュによって隠れた俺は、重力に従い落下していた。俺は十秒間視認されない。そして、先程の俊敏な動きと視認できる無効魔法陣。その二つにより、俺がどこにいるかという予測は非常に困難なものになっているはずだった。


 俺はスっと足音を立てずに着地し、迷いなく真っ直ぐにの元へ駆けた。俺との距離は約五十リーテル。ぐんぐんととの距離が近づいていく。


 五、四、三、二、一……


 は弓では壊せない。ぐっと強く拳を握った。


 がすぐそこまで迫っていた。拳を強く叩きつける。


 バリイィィィン


 金属かガラスかが割れるような音が響いた。フッと蜃気楼ミラージュの中から俺が現れる。キラキラとガラスの破片が散っていく。


 俺の目標は、先程の「『集え』」という言葉で一枚になった物。一つの技をいくつにも複製してしまうという、シンプルで脅威的な特性を持っている。


「なっ!」

「っ……『燃えろ』!」

「『痺れろ』」


 俺が追撃せずに壊したのは、生誕神が創った鏡だ。


 五大神は一瞬驚愕を露にしたが、すぐに俺を攻撃しにかかった。

 切り替えの速さも尋常じゃない。


 次々と技が飛んでくる。


 が、俺も無策で戦っているんじゃない。


「『打ち消せ』! 『薔薇弓矢ローズアロー』、『貫通矢ライズアロー』!」


 キラキラと鏡の破片が舞う中で、次々と対抗する技を打ち込んでいく。タン、タンッと無効魔法陣を創り紫電を避け、反撃。それと並行して次の作戦を考える。


「『光電砲ラインディア』」

「『万物燃焼オールカタストロフィア』」


「『鼓動雷電サンダーパルス』、『燃焼結界フレアシールド』……!」


 鏡は壊した。見る限り再構築の気配は無い。主戦力の二人をどう倒すか、これが勝利への最大の鍵だ。確実に倒すためにはやはり、生誕神を倒さなければいけない。


 敵は上空、約十リーテル。


 無効魔法陣を展開していく。


 ――射手の強みはその機動力。ですが、その機動力……速さを上回ることが出来てしまえば、攻略するのはどうってことありません。


 生誕神の言葉を思い出す。


 射手の強みはこの機動力。俺たちを強くするのはいつだって、誰にも負けない機動力だった。攻防一体。それが、射手としての心得。だから……


 タンッ、と一番上の無効魔法陣に足をつき、直線上に生誕神を捉える。再度の跳躍。


「『散弾・発光弓矢ライトアロー』!」


 矢を放つと同時に、辺りが眩い光に包まれた。世界が白く染まっていく。


 俺の姿は神々からは見えず、俺だけが敵を視認していた。光の中心から見る影は、いつもの何倍もハッキリと見えた。


 自分の生み出したこの光は、自分の姿を隠す役割と目くらましの役割を担っていた。


 真横に跳躍した俺は、頬に風を受け、矢をつがえた。


「ち……『闇の支配よ』!」

「『極夜よ』!」


 後は撃ち込むだけだった。


 しかし、それを妨害するように下方から闇が溢れだしてきた。天候神と破壊神が、光をどんどん侵食していく。一瞬で光が半減した。


 スピードが、足りない。


 焦燥が募った。


 技を撃ち込むまでの一瞬、俺は確実に負けていた。


「そこか!」

「『雷電サンダー』……」


「っ……」


 もう、すぐそこまで生誕神の姿は見えていた。アルティーユは光の強さに目を覆っている。


 間に合え……!


 詠唱を開始した。


「『神聖ホーリー』……」


 パッと生誕神が顔をあげた。俺と視線を交錯させる。


「っ……!」


 息を詰まらせたのも一瞬。生誕神はすぐに魔力を煌めかせた。


「『弓矢アロー』!!」

「『光槍ライトスピア』っ!!」


 ドキュン。


 代償で作られた世界の地面に、一人がガクリと倒れ込んだ。







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