第34話【何も無い世界】
暗く、淀んだ闇の中。ゴウゴウという音だけが響いていた。見える色は、深い群青。宇宙のような空間に、チラチラと星が瞬いている。幾つもの小さな星屑が、ぼんやりとした闇に光を添える。
上下感覚すら危うくなるような未知の世界に、私たちはひたすら落ちていく。
嫌な空気が頬を撫でた。それは、嘲笑うような湿った空気だ。ひんやりとした冷気の中に、どこかで感じたことがあるような、そんな感覚を見出してしまう。
ついさっきまで想像もしなかった世界。私はその存在を近くに感じる度に、大きな不安に襲われた。その心の揺らぎを表すように、下からゴウ、と風が昇ってくる。
数秒、数分、数時間? 一体、どれくらい落ち続けているのだろう。私は無意識に二人の手を強く握っていた。温かい感触が、両手を伝う。
ステラさんの方をちらりと見ると、
「大丈夫……大丈夫だよ」
ステラさんが恐怖心を抑えつけるように言った。リアムさんの方を見ると、
「俺たちが、ついてるから」
リアムさんが私の目を見て言った。
そして、不安に襲われる私の手を、等しく二人は握り返す。チラチラと瞬く星々が、私たちのことを仄かに照らした。
そんな頼りない光の中に突如として、青く煌めく光が見えた。遥か下方に、絶対的な存在感を携え、それは突然現れた。永遠にも思える時間の果てに、この闇の世界の終着点が、万物のエネルギーを凝縮したようなそんな光が現れたのだ。
ゆるゆると、落下速度が減少していくのを感じた。心無しか、頬を撫でていた嫌な空気も無くなったように感じる。
私たちは、なんの抵抗も感じずに、そこに向かって真っ直ぐ落ちていく。光が目前まで迫ってくる。私はあまりの眩しさにギュッと目を瞑り、これから先のことを考え祈った。
ああ、どうか三人揃って、あっちの世界に帰れますように……。
私たちは光に向かっていき、そして——。
ふわりとした浮遊感に包まれつつ、トン、と光の向こう側に降り立った。光を通り抜けるのは本当に一瞬で、私たちの視界は一気に明るくなった。
代償の世界がそこにはあった。
私はキョロキョロとあたりを見回してみる。が、これといったものは何も無い。奥へ視線を向けてみるも、消失点は見当たらず、この先にもまだ空間が広がっているということを示唆するように、奥には闇だけが広がっていた。
ここにあるのは先程と同じ、星の光と、空間という存在だけ。
本当に、何も無いという世界が存在していた。
「ここが、『代償』で創られた空間……」
ステラさんが、呆然と頭上を見上げ呟いた。周囲に居るのは私たちだけ。
「……何も、無いんだね……」
誰にも届かないステラさんの声が、あるのかもわからない奥へと響いていく。シン、とした寂しい静寂が、あたり一帯を支配した。
「五大神は、いったいどこに——」
「静かに」
ステラさんの問いかけを半ば遮るようにして、黙っていたリアムさんが声を上げた。リアムさんは、私たちが立っている場所の前方に広がる闇……その最奥を見つめていた。
何も無いように思える闇から、何かの音が聞こえてくる。
カツン、コツン、カラン。カツン、コツン、カラン。
音の種類は全部で三つ。それは、恐らく足音だろう。三人の何者かの足音が、私たちの方に近づいてきていた。私たちも闇の最奥に目を向ける。
カツン、コツン、カラン。カツン、コツン、カラン。
音が、段々と大きくなっていく。
ぼうっと、闇の中に人影が見えた。何度も見てきたその人影の正体、それは言うまでもない男女三人。
「代償とはすごいものだなぁ! リリー・アンジュよ」
「うむ。お主にこんな力があるとは思っていなかった」
「これが、聖女の力ですか? 非常に興味深い」
五大神だ。
残り三人までに減った五大神は、相変わらずの余裕で言葉を発した。生誕神、破壊神、天候神。代償によって創られたこの空間に、討つべき神が集まっていた。
「こちらもお前らも三人か。戦うには丁度いいな」
「……いや、人間と神の三は違うぞ」
「しかし、苦戦してましたよね?」
「ん、いや、あれは……」
「してましたよね?」
「あ、ああ」
軽く五大神が会話を交わし、私たちの方に視線を向けた。幾度となく視線を交えてきたが、今回の視線は少し違った。
「さぁ、始めようか。勇気ある三人よ」
破壊神が言葉を発した。
「真実を、お前たちに教えてやる」
ズズ、と魔力が大気を振動させる。まっすぐに上げた片手に集約された魔力は、今まで見た中で最も強い。
星々が頼りない光を発する。リアムさんが「下がって」と小声で口走る。
破壊神は、今日で一体何度目か、実に神らしい言葉を言った。
「五大神の権能を以て、お前たち三人を処刑する」
そして、全員が魔法陣を創った。
「『雷電よ荒れ狂え』!」
「『滅びの力よ』!」
「『鏡面よ』」
「『
「『
「『全体支援・
バチッ、バチバチッ、と互いの魔力が火花を散らす。上からは雷が、正面からは滅びのエネルギーが迫ってくる。
一度躱した技は生誕神の生み出した鏡により、何度も反射し勢いを増す。
「っ……」
「速っ……」
「あの鏡を——」
私たちが必死に攻撃を避け、打ち消し、躱していると
「「「『集え』」」」
五大神の言葉に合わせ、ゴッと力が一つとなった。
「来る——」
「え」
「あ……」
赤い血の色が視界を過ぎった。
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