最悪で最高のパーティー

叶川史

第1話~最悪のパーティー~


「シロウ・モモタロン、アンタはクビよ。今すぐ、このパーティーから出て行きなさい」


 赤い髪の女性はそう言って、目の前に座る白髪の青年――シロウを睨みつける。突然の解雇宣言に、シロウは衝撃のあまりフォークを落としてしまった。一口大のチキンが刺さったフォークがテーブルの上でバウンドし、鈍い音を立てて床に落ちる。


 依頼の受付と食事処を兼ねている夜のギルド内は、仕事を終えた冒険者パーティーたちの宴会がそこかしこで行われ賑わいを見せている。だが、シロウには周囲の喧騒がまるで分厚いガラスを隔てているかのように籠って聞こえていた。


「そ、そんな……あ、アカリ、なんでいきなり……?」


「アンタが役立たずだからに決まってるでしょ」


 アカリと呼ばれた赤髪の女性は吐き捨てるようにそう言うと、頭痛を抑えるようにこめかみに中指を当てた。ほんのりと頬を赤く染めながら、まるで罪人に判決をくだすかのように、右手に持つグラスの底でテーブルを叩く。


「あ、アカリさん、そんな言い方しなくたって……」


「あぁ!? キロイ、文句でもあんの?」


 怯えたような表情で止めに入ろうとしたキロイと呼ばれた鮮やかな黄色の髪の少女は、アカリに睨まれるとその眼力の強さに圧倒され押し黙ってしまう。助けを求めるように正面――シロウの隣に座る黒いスーツを着た長身で青髪の青年、ブルーノを涙目で見つめるが、やれやれと首を横に振るだけだった。


「アカリ嬢がこうなったら、何を言っても無駄だよ」


「そんなぁ……ブルーノさんまで……」


「ってことでぇっ! 私たち勇者パーティーにアンタは必要ないの。わかったら、さっさと出て行きなさい!」


 邪魔するものがいなくなると、アカリは再びシロウに向き直り高らかに言い放つ。騒がしいギルドの中で、そのテーブルにだけ結界でも張られているかのような沈黙に包まれていた。


 ――だぁんっ!


 突然、テーブルを叩いて立ち上がるシロウ。その音に周りの冒険者たちも何事かと異様な雰囲気を放つテーブルに目を向ける。


「……なによ、言いたいことあるなら言ってみなさいよ」


 特に驚いた様子もなく、頬杖をついて不機嫌そうな顔を向けるアカリ。オロオロとアカリとシロウを交互に見つめるキロイ。腕を組み、静観するブルーノ。ギルド中の人間が注目する中、シロウは大きく息を吸い、言い放った。



「――いやこのパーティーの勇者、俺なんですけどぉおおおおおおおおおおおおっ!?」



 その突っ込みは天井を突き抜け、雲一つない夜の空にこだまする。固唾を呑んで見守っていた冒険者たちはその叫びを聞き、「なんだいつものことか」と呆れ、ギルド内はざわめきを取り戻していった。


「ありえなくない!? なんで勇者パーティーから勇者追い出そうとしてんの!?」


「だからぁ! さっきも言ったけど、一番前に出なきゃいけないあんたが一番役立たずだからでしょうがっ!」


「それは、組むとき最初に言ったじゃん! 俺の“勇者権能ブレイブスキル”は使い勝手が悪いんだって! みんなそれを承知で俺と組んでくれたんじゃん!!」


 涙目で抗議しながら、右手の甲に描かれた勇者の証である勇者紋エンブレムを指さすシロウ。しかしアカリは、そんなもん知ったことか! と言わんばかりに片足をテーブルに乗せ、指さしながら口角泡を飛ばす勢いで身を乗り出す。


「だからってねぇ! 今回みたいな魔獣討伐の依頼で、なんもしてないあんたが報酬の7割も持ってくのはおかしいでしょ!」


「あっ! それは私も思ってました!」


「確かに、正当な配当とは言い難いかもしれないねぇ」


 思い出したようにキロイとブルーノも抗議に加わり、三方向から非難の視線を受ける彼らの雇い主である勇者。その日、彼らは高額な魔獣討伐の依頼を達成した。しかし話からも分かる通り、シロウは討伐にあまり役には立っていなかったにもかかわらず、アカリ、キロイ、ブルーノに与えられた分は、全体の報酬金の一割程度しかないという。


 これだけ聞くとアカリの言い分は至極真っ当で、とんだブラックパーティーの横暴な雇い主を糾弾しているかのように思える。しかしその物言いに堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに、シロウは懐から書類を取り出し、テーブルに叩きつけた。


「あーそうですか! お前らまでそんなこと言っちゃいますか!? それじゃあ折角なんで、今ここでその理由を洗いざらい説明させてもらいますとも! お前らこれを見やがれい!」


 ひかえおろう! とでも言いだしそうな勢いで、書類の中の一枚を掲げてみせる。そこには『請求書』の文字が描かれており、三人はギクリッと顔を引きつらせた。


「キロイ・パーシアーナ。飲食店で食材が尽きるまで暴食。8件の店を閉店に追い込む。請求額39万コルト」


「……………………」


「ブルーノ・アッフェ。娼婦、男娼に片っ端から声をかけ、合計二〇人と一夜を共にする。因みに内訳は娼婦が八人、男娼が十二人。更に翌朝全員にプレゼントを購入。請求額47万コルト」


「……………………」


「アカリ・ヴォールック。酒場でしこたま酒を飲んだ挙句、声をかけてきた男たちをボコボコにし、あまつさえ店の椅子やテーブルを壊しまくる。飲み代と賠償金を合わせて58万コルト!」


「……………………」


 暴食少女キロイは顔を赤くして俯き、性欲魔神ブルーノは照れくさそうに頬を掻き、酒豪女王アカリはわれ関せずというような顔でグラスに残った葡萄酒を煽る。三者三様の反応には突っ込まず、今度はシロウがテーブルに足を乗せ、請求書片手に三人を見下ろす。


「俺は、そもそも請求先をうちのパーティー名にしているお前らの借金を返してるんだよ! 俺の手元に残るのなんて雀の涙程度なの! 今月の家賃もギリギリなの! っていうか今回の分だけじゃ全然足りないからな!? 一割もらえるだけでもありがたく思えっ!」


 悲しい事実を叫びながら、なぜかシロウの顔は勝ち誇ったように自信満々だった。おそらく悔しそうに頬を膨らませるアカリの顔が見えたからだろう。およそ勇者とは思えない醜悪な笑みを浮かべる彼に向かって、


「あの……シロウさん、一ついいですか?」


 おずおずと、小柄な少女が気弱そうな声で反撃の剣を掲げた。


「確かに私達の出費に関しては、言い訳の余地はありません……ですが、その総額をもってしても、シロウさんの被害額には、到底及びません。その点についてはどう考えでしょうか?」


「うぐっ……!」


 キロイは申し訳なさそうな口調とは裏腹に、容赦なく痛いところをついていく。総額約150万コルトという、一人暮らしなら半年は不自由なく暮らしていける額を消費した三人。しかしそれでも、の方がそれを凌駕しているのだ。反省しているかと思えば急に反撃をくらいシロウは思わず押し黙りかけるが、何とか反論を絞り出す。


「だ、だから、これ以上パーティーの借金を増やさないようにだな……」


「いえ、私たちは同じパーティーの仲間。喜びも悲しみも分かち合うと誓った仲なわけですよ。一人一人の罪は、平等にするべきです」


 優しい笑みを浮かべる少女の言葉は、まるで天使のお告げのようだった。キロイが何を言いたいのか、全てを理解したシロウは、途端に喚き立てていた自分が恥ずかしくなる。猛省しつつ腰を下ろし、


「キロイ……そうだな。ここは全員の被害額を一つにまとめて平等に――」


「ってことで、私たちもシロウさんの出した額と同額になるまでお金を使ってしかるべきなのです!」


「しかるべからねぇよっ! なにそのマイナスにはマイナスをみたいな発想!?」


 何一つ、理解できていなかった。ハンムラビもひっくり返るような提案にシロウは目を剥いて突っ込む。だが他の二人はキロイの言い分にポンと手を打ち、目をギラつかせた。


「そうと決まれば……すいませーん! こっちに葡萄酒、樽で五個持ってきてー!」


「ちょ」


「あ、わ、私も、えっと、追加で牛の丸焼き十人前お願いしまーす!」


「ま」


「失礼そこのレディ。貴女はもしや天から舞い降りた天使では?」


「っ~~~」


 制止の声を上げる間もなく、容赦なく店員に追加注文をするアカリとキロイ。そして明らかに老齢の女性を口説きにいくブルーノ。雇い主になんの遠慮もなく好き勝手に動く三人に向かって、シロウは大声で叫んだ。


「――お前らやっぱ、最悪のパーティーだぁあああああああああっ!!!」


 かくして、勇者パーティー“鴉の嘶きレイヴンハウル”の借金は更に増えていくのであった。

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最悪で最高のパーティー 叶川史 @Kanaigawa

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