加護られ系男子×3の異世界無双〜生贄系男子は無双しません〜

荒瀬ヤヒロ

第1話



「あなたの前世は生贄です」


 春だからって気まぐれに前世占いなんかするもんじゃない。

 どうせ適当なことを言われるんだろうと半信半疑のなめきった態度だったせいか、想定以上にろくでもないことを言われた。

 曰く、


「あなたの前世は雨乞いの為に捧げられた生贄でした。前々世は橋を架けるために埋められた人柱でした。前々々世は山の神の怒りを鎮めるために火口に突き落とされ、その前は豊穣を祈る祭りで磔に、その前の前は海神への捧げ物として海に沈められ、その前の前の前は……」


 どうやら雲津くもつ 祭理まつりの魂はこれまでの生のことごとくを生贄に捧げられて死んでいるらしい。


 なんだそりゃ。


 何度生まれ変わっても必ず生贄になる運命みたいで嫌だなぁ。


 祭理がそんな風に考えていると、占い師は真剣な顔つきで言った。


「あなたの魂は、これ以上ないほど生贄に最適です」


 そんな評価されたくない。

 でも、もしも生まれた時代が違ったら、生贄向きの魂しているからって生贄にされていたということだろうか。

 現代日本に生まれてよかったなぁ俺、と祭理は思った。


「幸い、一度生贄に捧げられた神には二度は捧げられないため、この世界で生きている限りは大丈夫でしょう。メインの宗教では既に捧げられ済みですから」


「捧げられ済みって何? そして、神は一度生贄にされた魂には興味がないのかよ。すまんね、新鮮な魂じゃなくて」


「ですが、気をつけてください。これほどの極上の生贄系男子、異世界の神に狙われることもあるかもしれません」


 最終的にはなんかファンタジーな忠告をされたが、もちろん、祭理はそんなうさんくさい占いは信じていない。

 なんだ、生贄系男子って。


 ……という、占い師とのやりとりを思い出して、祭理は反省していた。

 うさんくさいとか言ってすまなかった。アンタは凄腕の占い師だったよ。


「生贄が現れたぞ! 成功だ!」

「これでこの国は神の守護を得ます。やりましたね父上!」


 祭理の目の前では、なんか王様っぽい人と王子様っぽい人が喜び合っている。

 いつものように登校して学校にいたはずなのに、気づいたらベルサイユ宮殿っぽい場所にいた。ベルサイユ宮殿を見たことがないが、とにかく城って感じの場所だ。


「喜ぶがいい! そなたは我がフランシーク王国の為に全知全能の神ゼフィリオンの生贄となるのだ!!」

「喜べるかあああああああぁぁぁっっ!!」


 いきなり勝手なことをほざきだした王様っぽい人に、祭理は渾身の突っ込みを返した。


 まさか「生贄に最適」と占われたその日に、生贄にするために召喚されるとは思わなかった。そんな事態が予想できてたまるか。


「俺はこの世界の人間じゃないんで!! この世界の神に捧げるならこの世界の人間が責任持って生贄になってくださいね!! 俺、帰る!!」


「そうはいかん。誰でもいいわけではないのだ。ゼフィリオン様の生贄となれるのは選ばれた魂でなくてはいかん。ゼフィリオン様の守護を得るために他国も血眼になって生贄を探しているが、生贄召喚の古代魔法を復活させた我が国の勝利じゃ!!」


「偏食家かよ! ゼフィリオンって野郎は!! 自分の治める土地でとれた生贄で我慢しなさいよ!! 地産地消!! 異世界から輸入すんな!!」


 祭理は逃げだそうとしたが、兵士達によって押さえつけられ腕を縛られる。


「一刻も早く儀式を行い、ゼフィリオン様に生贄を捧げるのじゃーっ!!」

「せっかちだなオイ!! 普通、神様に捧げる前になんかこう……沐浴とか最後の晩餐とかない!?」


 突っ込みながら暴れる祭理だったが、兵士達に担ぎ上げられて城の外に運ばれてしまう。沐浴どころか着替えることもなく制服姿のまま、王宮前の広場に設けられた祭壇のような物に座らされた。祭壇の前には、この国の民であろう人々がひしめき合っている。


「皆の者!喜べ! 召喚の儀が成功し、我らは生贄を手に入れた!!」


 王様っぽい人が声を張り上げると、聴衆が「わーっ」と歓声を上げる。皆、無事に生贄が現れるか心配して待っていたらしい。暇人どもめ。


 祭壇の前に司祭っぽい人が歩み出てきて空に向かって朗々と呼びかける。


「全知全能の神ゼフィリオンよ! 御身にふさわしき贄を捧げます! 我らに御身の守護を与えたまえ!!」


 すると、青い空が突如もくもくと黒い雲に覆われ、その雲を切り開いて犬に似た三つの頭と六つの尾を持った巨大生物が現れた。


「どう甘く採点しても邪神にしか見えねーじゃねーか!! こんなおどろおどろしい生き物に守られようとすんなっ!! 薄々気づいてたけど、あんたらきっと勇者に倒されるタイプの悪役国家だろ!!」


 ゲームなんかで冒険の途中で中ボスあたりがいる国に違いない。自分達の身の保身のために邪神と契約しているのを勇者に見破られて邪神を倒されて途方に暮れて泣き叫ぶタイプの人々と見た。


 邪神は凶々しい気配を撒き散らして祭壇に降り立ち、祭理に鼻先を近づけてぼたぼたとよだれを垂らした。神聖さのかけらもない。


「やっぱり化け物だよ、ただの! おい、こら、おすわり!!」


 祭理は腕の縄を外そうともがいた。腕が自由になったところで絶体絶命であることに変わりはないが、こんなちょっと強いアイテムを入手しておけば倒せる中ボス程度の邪神に食われるのはどう考えても納得がいかない。占い師曰く、祭理は「極上の生贄系男子」なのだ。

 こんな味もわからなそうな邪神じゃなくて、せめてもっとグルメな神に食われたい。いや、食われたくはないけれど、とにかくこんな邪悪な犬に食われるのは嫌だ。


「ポチ! クロ! 太郎! おすわり!! 待て!! 伏せ!!」


 頭が三つあるので右から順に名前をつけて命令するが、全然言うことをきかない。


「躾がなってない!!」

『やかましい小僧だな……一飲みにしてやろう』


 真ん中の頭——クロが大きく口を開け、祭理に食らいつこうとした。


「ちょっと待て!! 真ん中のお前だけが食うのかよ!? 他の二つには食わせねぇのかよ!? 独り占めすんな! きちんと分け合えよ!!」

『体は一つだ。腹に入れば同じこと……』

「馬鹿野郎! 腹に入りゃいいってもんじゃねぇだろ!! 貴重な生贄なんだから、ちゃんと全員で味わえよ! こういうことが後々「あいつはあの時、独り占めにした……」とかって心のしこりになって中がギクシャクしたりするんだぞ!!」

『……何故、お前にそんな心配をされなければならない?』

「全知全能の神とか言って崇められてたから誰も言ってくれなかったんだな? 躾を怠った連中にも確かに責任はある!! でも、少しずつでいいから人の心を思いやる努力をしていこう!!」

『ええい! そのうるさい口のある頭から食べてくれるわ!!』


 祭理に諭されたクロだったが、聞く耳を持たず大口を開け祭理に向かってきた。


 だがしかし、牙が届く直前、突如、横手から白い閃光が迸って、祭理に向かって大口を開ける頭を吹き飛ばしていた。

 頭が一つ減り、二頭になったゼフィリオンが驚愕の声をあげる。


『な……なんだこの力は!? 私を傷つけることの出来る神などっ、この世界には存在しないはずっ……』

「よいしょ、っと」

 

 その時、祭理の耳に聞き慣れた声が届いた。思わずそちらに目をやると、こちらに手のひらを向けている少年と目が合った。


「あ、雲津先輩! ご無事ですか!?」

「日野くん!?」


 人畜無害そうな爽やかな笑顔で手を振っているのは、間違いなく後輩の日野ひの 清一郎せいいちろうであった。

 清一郎は子犬のような瞳をキラッキラさせて駆け寄ってきた。


「どうして、ここに……」

「雲津先輩がいきなり消えてしまったので! 先輩の魂の色を探してここに辿り着きました!!」


 ちょっとよくわからない。


「いや、どうやってここに来たの?」

「空間を裂いてみたら意外に行けました!」


 清一郎の説明に、祭理は沈思黙考した。

 つまり、突如空中に出現した時空の裂け目に祭理が吸い込まれて消えてしまったので、清一郎は祭理を探すために空間に手をかけ、力の限り引き裂いてみたら意外とうまく異世界に通じる裂け目が出来たため、空間を裂いて移動しながら祭理の魂を探していてこの場に辿り着いたということか。


 どうしよう。何一つ理解できない。

 祭理は後輩にかける言葉が見当たらず、無念さに唇を噛んだ。自分が割と的確に後輩の説明を飲み込んでいるとは自覚していない。


『小僧ぉぉ、よくも私の頭を……』


 ポチと太郎が怒りに顔を歪めて清一郎に迫った。

 清一郎はさっと顔を引き締め、背筋をぐっと伸ばした。

 そして、直角に腰を折り曲げた。


「申し訳ない! だが、貴方の真ん中の頭は雲津先輩を食おうとしていた! それは許せない! だから、真ん中の頭を吹っ飛ばしたことを間違いだとは思わない!」


 頭を下げるものの、自分の正しさには自信があるらしく、大きな声でしっかりはっきり発言する。

 こんな異世界にいるのにこの後輩は普段と何一つ変わらないのだな。と、祭理は微笑ましい気持ちで清一郎を見た。


「俺を助けてくれたのは日野くんだったんだな。でも、あの光って何? 魔法?」

「いいえ! ただのお祓いです!」

「待って。お前の家のお祓いって物理的にあんな化け物の頭部を吹き飛ばせるの? 大丈夫? 厄除けに来た客とか死んでない?」


 祭理はうっかり心配になった。


「大丈夫です! それより、ここが異世界だからなのか、雲津先輩の目にも神気が見えるんですね!」


 神気ってなんだ。そう思ったが、これ以上の不思議体験はノーセンキューだったので祭理は好奇心に蓋をした。


「ところで日野くん。帰る方法って……」


 清一郎ならば空間を切り裂いて時空の裂け目を作り出すことが出来るということは、元の世界に帰ることも可能なのかと尋ねようとした。

 だが、その前にポチと太郎が吠えた。


『この下等生物どもめ! 地に叩きつけてから食らってやるわ!』


 その言葉と同時に、六本の尾がひゅん、と唸った。

 祭理と清一郎を狙った六本の尾は、二人の体を叩き飛ばしすはずだった。だが、


 ヒュンヒュンッ


 風を切る音とともに、飛来した六つの光の矢のようなものが暴れる尾を全て半ばから断ち切った。


『ぐあああっ!! なんだとぉっ……!!』


 己が身に何が起きたのか理解できず、短くなった尾を見るポチと太郎。

 祭理は光の矢が飛んできた方向に首を巡らせた。


「あ」


 そこに立っていたのは、祭理がよく知る人物だった。


「祭理ぃ! テメェ、何いきなり消えてやがるんだ!」

「戒!」


 祭理の幼馴染、月橋つきはし かいが不機嫌そうにこちらを睨みつけていた。


「どうやってここに!?」

「あ? そんなもん、お前がいきなり消えたから、お前のオーラを追ってきたに決まってんだろ」


 どうやら戒は清一郎と似たような方法で祭理の元まで到達したらしい。詳しく聞いてもたぶん理解できない気がしたので、祭理は詳しくは尋ねなかった。


「あれー? 月橋さんも来ちゃったんですかぁ? でも、雲津先輩は俺が連れて帰るので、月橋さんはお一人でお帰りください」

「ああ? 後輩の分際で誰に口きいてやがる。そもそも、祭理は俺の幼馴染だぞ。一緒に帰るのは俺に決まってんだろ」


 清一郎が爽やかな笑顔で、戒が人相の悪い不機嫌顔で、睨み合う。

 普段からよくある光景に、祭理は嫌な予感がした。


(こういう時、いつも絶対に乱入してくるよな……)


 祭理がそう考えた直後、頭を一つと尾を全て失ったポチと太郎が、怒りの咆哮と共にこちらに向かって突っ込んできた。


「危ないっ!!」


 祭理を食う前に障害になると悟ったのか、ポチと太郎は睨み合って嫌味の応酬を繰り広げている戒と清一郎の方に向かっていき、彼らに食らいつこうとした。


 だが、


「おお〜、すげぇなぁ。異世界なんて初めて来たわ」


 そんな呑気な言葉と共に放たれた業火が、ポチと太郎の全身を飲み込んだ。

 逆光を背にその場に現れたのは、かなりチャラい感じの大柄な男。


「星尾さんまで……」


 同じ学校に通う先輩、星尾ほしお 浄明じょうめいの登場に、祭理は肩を落とした。

 どうやって、とはもう聞くまい。どうせ霊魂だかオーラだか生体エネルギーだかを追ってきたと言うに決まっている。


「なあなあ祭理! 俺と一緒にこのまま異世界ランデブーしねぇ?」

「何言ってるんですか! 雲津先輩は俺と一緒に帰ってさっさと異世界の不浄の気を祓うんです!」

「祭理は俺と一緒に帰るって言ってんだろ! 家が隣同士なんだから! 昔から一緒だった俺達の邪魔すんな!」


 ぎゃあぎゃあと言い争いを始めた三人の横で、業火に焼かれたポチと太郎が苦悶の呻きをあげた。


『おのれ……人間どもめ……だが、その生贄を食えば、私は最強になれる……っ!!』


 ポチと太郎が、最期の力を振り絞って祭理に襲いかかった。


 清一郎が、どこからか取り出した幣を振る。

「祓いたまえ、清めたまえ!」


 戒が、首に下げたロザリオをかざして祈る。

「父と子と聖霊の御名において……アーメン」


 浄明が、札を放って真言を唱える。

「ナゥマクサンマンダボダナンバク!」


 三者から放たれた眩い光がポチと太郎に直撃し、その肉体は瞬く間に灰となって消え失せた。


「穢れよ去れ!」

「安らかに眠れ!」

「成仏しな!」


 容赦ない三人に、祭理はちょっとだけ背中がぶるっとした。


「ば、馬鹿な……ゼフィリオン様がっ」


 全知全能の神が消滅したのを目にした人々が、戸惑い、恐れ、泣き喚き始めた。


「き、貴様ら、なんてことをしてくれたのだ!?」

「この世界はもうおしまいだ!!」

「生贄を守るために神を殺すだなんて……この世界は貴様らのせいで滅ぶのだぞ!!」


 人々の非難を向けられた三人は、興味なさそうな顔で言った。


「はあ?」

「何言ってんだ?」

「こんな世界なんかより」


「「「 祭理・雲津先輩 の方が大事に決まってんだろ 」」」


 力強く言い切った三人に囲まれて、祭理は力なく立ち尽くしていた。




***



 雲津 祭理はどこにでもいる普通の高校二年生だ。

 これといった特技もなく、特に目立つ容姿でもない。


「……生贄に最適ってなんだよ?」


 校門をくぐりながら、祭理は溜め息を吐いた。

 たまたま早く目覚めたのでいつもより余裕をもって登校していた祭理は、早朝から店を出している占い師を見かけて、ふと好奇心で自分の運勢を占ってもらった。

 結果、言われたのが「あなたの魂は生贄に最適です」という予想外の結果である。ある意味、「本日の運勢は大凶です」と言われるより不吉な気がする。


「まあ、気にすることないか。早く忘れよ」


 占いなんて正直それほど信じている訳ではないし、言われた内容が荒唐無稽すぎて到底受け入れられない。なので、祭理はさっさと忘れることにした。

 そう決めて溜め息を吐いた時、背後から誰かが追いかけてくる足音が聞こえた。


「祭理! テメェ、なんで先に行くんだよ!」

「戒」


 振り向けば、同級生の幼馴染がいつもの仏頂面を不機嫌に歪ませているのが目に入った。


「だって、今朝はミサがあるだろう?」


 月橋 戒は祭理の家の隣の教会の息子だ。黒髪黒目の少年で、口も態度も悪いため不良っぽく見られるが、彼の首には常に黄金のロザリオが掛けられていることを祭理は知っている。


「あんなもん出なくていいし!」

「いや……親父さん、泣くぞ」


 説教ぐらい聞いてやれ、と窘めようとした時、元気な声が聞こえてきた。


「雲津先輩! お早ようございます! うちの湧き水で淹れたコーヒーどうぞ!」


 後輩の一年生、日野 清一郎が水筒からコーヒーを注いで祭理に手渡してくる。


「あ、ありがとう……」


 清一郎の実家の日野神社は昔から良い湧き水で有名らしい。確かに非常に美味しいコーヒーなのだが、出来れば登校時間の校門前でオススメしてくるのは勘弁してほしい。目立つので。


 仕方がなくコーヒーを飲み干し、「美味しいよ、ありがとう」と礼を言った。明るい茶髪に茶色のくりくりした目で見上げられると、子犬に懐かれているような気になってふと口元が緩む。

 その祭理の背中を、誰かが強く叩いた。


「いっ……星尾さん?」

「よぉ、祭理! 背中が丸まってるぞ! 姿勢矯正してやるから、今日の放課後、俺の家で座禅組んでけよ!」

「お断りします」


 三年生の星尾 浄明は金髪に賑やかな性格で見た目はまるで夜のストリートに屯していそうなチャラ男だが、寺の息子である。


「お二人とも、雲津先輩をそそのかさないでください!」

「お前らこそ幼馴染の間に入ってくんな!」

「やだね〜ガキは。キャンキャン吠えちゃって」


 この三人、何故か常日頃から祭理を巡って争っているのである。

 いったい何故なのか、祭理は常々不思議でたまらない。

 戒は幼馴染だから、まあ友人として好意を持たれているのはわからないでもないのだが、他二名には特に好かれるような真似をした記憶はない。


 三人は一歩も引かずに自分の主張を繰り返している。

 流石にそろそろ止めないと、校門前でイケメン三人がモブ男子の取り合いをしているなんて地獄絵図を多くの人の目に触れさせるべきではない。

 だが、祭理が三人の言い争いを止める前に、通りに響いた悲鳴がその場にいる者達の動きを止めた。


「きゃあああっ」

「うわっ、なんだこいつっ」

「包丁持ってるぞ!」


 逃げろと誰かが叫んでいる。逃げ惑う生徒達を搔きわけるようにして、包丁を構えてはしてくる中年の男が見えた。


「殺してやる殺してやる……高校生なんて馬鹿ばっかりの癖に俺を見下しやがって……」


 男は目を血走らせ、同じ台詞をずっと繰り返し呟いている。一目で男の異常性が見て取れて、祭理は慌てて三人に逃げるように言おうとした。

 だが、その前に男は校門前で固まっていた三人——清一郎に向かって突っ込んできた。


「うらあああっ!」


 奇声を発した男が包丁を振りかぶった。次の瞬間、どこからともなく転がってきた石が、男の足の前でぴたっと止まった。


「え、うわっ」


 石につまづいた男が前のめりに倒れる。

 舌打ちを漏らした男は慌てながらも包丁を構え直し、立ち上がりざまに戒に向かって切り掛かってきた。


 その時、太陽を背に下降してきた一羽の鳩が、男の包丁を握る腕に嘴を突き刺した。


「ぐぎゃっ」


 思わず包丁を取り落とす。


「クソがっ……!」


 嘴を刺されたのとは反対の手で、懐からペットボトルを取り出し、さらにライターを出して火をつけた。ペットボトルからは、ガソリンのような匂いがする。


「死ねぇっ!!」


 男は浄明に向けてペットボトルの中の液体を撒き散らそうとした。

 だが、その寸前にぴしっ、と何かがひび割れるような音が響き、すぐ側の散水栓から大量の水が噴き出し男に直撃した。


「んなあっ……」


 水勢に倒された男は必死に起き上がろうとしたが、ようやく到着した警察官によって取り押さえられ、あっけなく捕まった。


「すごいっ! 誰も被害者が出なかった」


 一部始終を目撃していた生徒から歓声が上がった。


「当たり前よ! だって、あの三人がいるもの!」


 周囲の視線は三人の男子に集まる。

 たった今まで言い争っていた三人。


 神社の息子である日野清一郎。教会の息子である月橋戒。寺の息子である星尾浄明。


 この学年も違えば宗教も違う三人の共通点は、「神仏に愛されている」ということ。

 三人とも、とにかく「運がいい」では済まされないレベルで災難をスルーしてしまうのだ。まるで、見えない何かに守られているかのように。

 どんな災厄もこの三人の前では搔き消える。誰もこの三人を害することは出来ない。

 幸運……いいや、守護されているのだ。人智を超えた存在に。

 奇跡の数々を目撃した人々は、やがて彼らをこう名付けた。

 神仏に愛された、「加護られ系男子」と。


「雲津先輩! 大丈夫でしたか?」

「祭理、水はかからなかっただろうな?」

「朝っぱらから通り魔なんて物騒だな」


 そして、その加護られ系男子×3に何故か懐かれているごく平凡な少年、雲津祭理。

 祭理は綺羅綺羅しいオーラを纏った三人に混ざりたくないのが本音だが、三人の方から祭理をみつけて寄ってくるのだ。


(本当に……なんで懐かれているんだろう……)


 祭理は思わず溜め息を吐いて肩を落とした。


(俺は至って平凡な男子高校生なのに……)


※ ↑この十秒後、突如出現した時空の裂け目に吸い込まれます。




***



「よーし、帰ろうぜ」


 身も世もなく嘆く民草をきれいに無視して浄明が言う。


「雲津先輩、行きましょう」

「あ、うん……」

「待て、祭理は俺と帰るんだよ!」


 祭理の手を引こうとした清一郎を、戒が止める。


「俺と一緒に時空の裂け目を通った方が早いです!」

「祭理は俺と一緒に神の箱舟に乗って帰るんだよ!」

「待って戒。神の箱舟、って何?」


 祭理は思わず尋ねた。気軽に乗れる乗り物ではないような気がする。


「えー、俺もう雲、呼んじゃったんだけど」


 浄明はお釈迦様が乗っていそうなゴージャスな雲に足を掛けている。


「雲津先輩は奥ゆかしいんです! そんな仰々しい乗り物、遠慮するに決まってます!」

「時空の裂け目なんて危ないだろうが! 妙なところで祭理を落っことしたらどうしてくれんだ!」

「こんな連中は放っておいて、俺と雲に乗ろうぜ祭理ー!」


「え? 何、これって、選ばなきゃ駄目なの?」


 異世界からの帰り方に三つも選択肢があるだなんて贅沢だなぁ。と、祭理は現実逃避気味に考えた。



***


「で、結局、神仏の乗り物は畏れ多いので、時空の裂け目を通って帰ってきたんですけどね!」

「それは……大変でしたね」


 今朝起きた出来事を洗いざらいぶちまけると、朝と同じ場所に店を出していた占い師は目を丸くした。


「しかし、帰りがこの時間ということは、授業に出たんですか? 異世界で生贄にされかかった直後に」


 今はごく普通の中高生の下校時刻である。祭理は制服姿だし学校のある方から歩いてきた。つまり、彼は今まで学校にいたのだ。生贄にされかかったのに、普通に授業を受けていたのだ。


「だって、こっちの世界では時間が経過していなかったんだよ! 吸い込まれた直後に戻っちゃったから、そのまま登校したよ!」

「なかなかの強メンタルをお持ちですね」


 占い師は少年を見上げた。どこにでもいそうな平凡な男子高校生にしか見えない。しかし、なかなかに侮れない存在かもしれない。


「それで、ちょっと訊きたいんだけど……」


 祭理は言いにくいのを我慢して尋ねた。


「神仏に愛された加護られ系男子達にやたらと好かれている原因って、もしかして俺が「生贄系男子」だからなのかな?」


 そうなのだ。祭理にとっては謎でしかなかった、加護られ系男子からの溺愛が、もしかして魂が生贄系だから、という理由で説明できるかもしれない。

 つまり、彼らが祭理を好きなのではなく、彼らを加護している神仏が生贄の魂に惹かれているだけなのでは? と思ったのだ。


 しかし、占い師はあっさりと首を振った。


「この世界のメインの宗教では捧げられ済みと言ったでしょう。既に生贄として捧げられた魂に神仏が執着するとは思えません。

 なので、ただ単に、その男子達があなたのことを好きなだけです」


「マジかー……」


 祭理はがっくりと肩を落とした。


「じゃあ、たまたま神仏に加護られている男達がたまたま俺に好意を持っただけ? そんな「たまたま」ある?」


「モテモテでいいじゃないですか」

「いい訳ないだろ! 俺は、なんらかの神仏に加護られていない普通の彼女が欲しいの!」


 祭理は「ふん」と鼻を鳴らして胸を張った。


「もういい。異世界のことなんか忘れて普通に生きる! じゃあね!」


 踵を返して、占い師に背を向ける。


 10歩ほど進んだところで、祭理の姿がふっと搔き消えるのを占い師は目にした。





「ぐっふふふ……勇者ライアランめ、覚悟しておけ。闇の鏡を使って呼び出したこの生贄を喰らえば、我が暗黒竜一族が負けることはあり得ぬ!!」


 漆黒のドラゴンが目をギラギラさせて宣う。


「いや、本日二回目なんですけど!?」


 急峻な山の峰に落とされ、黒い肉体のドラゴンに囲まれた祭理は思わず叫んだ。

 一日に二回の異世界転移は勘弁してもらいたい。


「だから、なんでわざわざ他の世界から生贄を連れてくるわけ!? 俺は何度でも主張するぞ! 地・産・地・消!!」


 力一杯祭理が叫んだ、その時、


「雲津先輩!」

「祭理!」

「無事か!」


「ぎゃああああ!! 出たあああっ!!」


 生贄系男子 雲津祭理。


 神仏に愛され異世界の神や魔物さえぼこぼこに打ちのめす「加護られ系男子」達による溺愛の日々は、まだ始まったばかりだった。







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加護られ系男子×3の異世界無双〜生贄系男子は無双しません〜 荒瀬ヤヒロ @arase55y85

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