番外編(6)
「……?!」
今、この時、このタイミングで。
「ディートフリートさまが……イレーヌさまとの婚約を破棄された理由が、知りたいのです」
え、このタイミングで。
「……今更そこ、気になるのか?」
「はい。モリスで聞きそびれてしまいましたからっ」
完全に酔っ払いの顔をする妻は、組み敷かれながらふにゃりと微笑んでいる。ようやく奪いかけた胸もとの防衛は、いつの間にか元のもくあみだ。
想定外の要求に困り果て、欲情のやり場を失った手のひらで顔を覆い、うなだれる。
「……話さねばならぬのか」
「はいっ。あなたと結ばれる前に、どうしても知りたいのです」
「本当に、今?」
「はい!」
「君という人は——…」
時々、突拍子もない事を言い出して私を驚かせ、心を揺さぶる。
昨夜は婚礼衣装の宝石を施設に寄付したいと懇願した。
そういう掴みきれないところがあるのは、リリアナの魅力のひとつだが……。
『リュシアンの娘、ジャクリーンの嗜好的な殺害と隠蔽』。
これがイレーヌの犯した罪だ。彼女との婚約破棄の理由はそこにある。
もしもイレーヌがこの国の第一王女のままで居たならば、今頃は国王の断罪とともに他国への流刑、監禁となっていたはずだ。
だがリリアナが幾ら知りたいと願っても、私からそれを告げることは無いだろう。
恐ろしい真実など、知らなくていい。
君を傷つけるものになど、二度と触れさせずに済むように。
純真な君の心が不安や疑心で犯されずに済むように。
人の醜い心になど、もう二度と触れずに済むように。
私はこの先の生涯をかけて———君を愛し、守り抜く。
「イレーヌの顔立ちが……好みではなかったから」
「かお、だち?」
妻の美しい面輪から微笑みが消え失せ、夕立前の空のような暗雲が立ちこめた。
「さ……最、低……っ………。それなら、どうしてお付き合いを始めたのですか? 婚約までしておいて……そんな理由でお断りしたなんて。イレーヌ様に恨まれて当然ですっっ」
私の思惑など知るよしもなく、愛する人は寝台に横になったままそっぽを向いてしまう。
そうかと思えば、酔って重くなった目蓋が頼りないまばたきを繰り返し、次第に深くなる呼吸は——すぐにすうっと穏やかな寝息に変わった。
「苦し紛れの言い分で誤魔化した、私の所為だが……。夕立ちのように腹を立てたと思えば、故意じゃないのかと疑いたくなるほど、瞬時に眠ってしまうとは」
さすがは
ガウンを脱がせて寝具を掛ける。
まだ少し濡れたままの艶やかな髪を
そのまま妻の背中を抱いて、寝台に横たわる。
———やっと迎えた結婚初夜だが。
真っさらな陽光の気配に目を覚ました鳥たちの声を聞くまで、閉じられた夫婦の瞳が開くことはないのだった。
《おしまい》
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* ディートフリートはラストまで可哀想でしたが、次の宵にはお酒も控え、ちゃんと結ばれますように*
* 長編を最後まで読んでくださって、本当に有難うございました…♡ *
【コミカライズ原作】『狼公爵』との結婚を押しつけられました—勘違いな『忌み子』は、とけるほどに愛されています。 七瀬みお@『雲隠れ王女』他配信中 @ura_ra79
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