番外編(5)


ピッチャーの水を別のグラスに注いで、リリアナに飲ませる。

アルコールを口にするのは初めてだと言う彼女に無理をさせたようだ。酒の廻りが早いのを見れば、強いどころか弱い方なのかも知れない。


「私の配慮が足りなかったな。気分は? 気持ち悪くないか?」

「ぜんぜん平気ですよ……ふわふわして、と〜っても気持ちいいです。それより、ディートフリートさま」


ゆるりと溶けそうな瞳を潤ませて、リリアナは私の顔を見上げてくる。こんなふうになっていても、ガウンの胸元を死守するはそのままだ。


「ず〜っと、お聞きしたかったのです」

「ン……何を?」


「あっ、その前に。言っておきたいことがあります。まだ、ちゃんと言えてなかったので……」


私の腰元に腕を回してぎゅっと抱き締めてくる。何事かと驚いたが、酔った勢いであれ何であれ、妻の抱擁にこたえぬ理由は無い。

華奢な背中を両腕で包めば、薄い着衣越しに柔らかな感触が伝わった。


「ディートフリートさま……好きです、大好きです……ものすごく愛しています」


リリアナは酔い潰れたのではない。

単純に——酔っているのだ。


「私もだ。愛してる……」


君のことを———心から。


抱きしめる腕の力を強めれば、私の胸の中で妻はふふん……と満足したように鼻を鳴らす。

だが今宵は二人にとって特別な夜だ。このままずっと静かに抱き合っていても仕方がない。


横抱きにして抱え上げ、脱力した身体を寝台に運んだ。

壊れ物を扱うようにそっと寝かせるが、リリアナはふわふわした意識のままなのだろう。寝具の上に横になっても、トロンとしたをして、覆い被さる私を抵抗もせずに見上げている。


リリアナの耳元の髪を梳き、頬を持ち上げて唇を重ねた。次第に強く喰み、遠慮がちな舌をくすぐり唾液ごと絡めとる。


「ぅん……っ。ディートフリートさま……なんだか、とっても気持ちがいいです」


そんな言葉を聞けばいよいよ自制がきかなくなって、


「全力で愛してもいいか?」


ガウンの胸もとを防御する細い手首をつかむ。ガウンの下に指先を滑り込ませ、秘めごとのように守られてきた柔らかな膨らみに触れた。


こらえきれないとばかりに消え入りそうな嬌声を唇から漏らすのも、小刻みな呼吸を繰り返しながら身体からだをこわばらせるのも。これほどに愛おしいものが他にあるものかと思うほど、己の欲望の強さで壊してしまわぬよう、大切に触れなければとも思う。


熱い吐息を這わせる首筋、青白い月明かりに照らされた白い肌はなお白く、花ような甘い香りがする。

夜着の肩紐を下ろそうと手を掛けた時だ。


「待って。ぁ……のっ。ずっと、お聞きしたかった事があるのです」



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