番外編(4)
盛装の上着を脱ぎ捨て、ベストの下に着込んだ窮屈極まりないシャツの襟元を緩める。
視線を落とせば、コルセットで持ち上げられた妻の胸元の、こぼれ落ちそうな肉感が情欲をそそった。
耳朶にくちづけると、小さな喘ぎ声といつもの抵抗。
私の胸を押す力は相変わらず他愛のないもので、構わずに押さえ付け、妻の頬に添えた手の勢いのまま薔薇の花弁のような口唇を吸った。
「ん、……っっ」
妻の両手のひらが、私の頬を包む。
指先で髪を撫でる——のかと思えば、グイと額を強く押された。
「待ってて、くださいっ。着替えてきますから……」
「そのままで構わない」
もう一度唇を寄せれば、またもやグイ! と額を押される。
「構わなくないですっ……コルセットひとつ取ってもたくさん結び目があって、数人のメイドの介助がなければ外せないのです」
「そんなものはどうにでもなる」
妻の手のひらが、私の頬を労わるように包んだ。
潤んだ茜色の瞳は大きく見開いて、真っ直ぐに私を見つめている。
刹那の間に心の内で葛藤を重ねた。
神の許しを得た私は正式にリリアナの夫となったのだ。たとえ拒まれようとも、夫の権限でこのまま妻を抱くことはできる。
だが——心底困り果てたような、リリアナの顔。こんな顔をされてまで強引にするものでもない。
私の頬を包む指先に、自分の手のひらを重ねる。
「——…わかった。就寝の準備を終えたら知らせてくれ、湯に浸かって待ってる」
妻の手を握ったまま、燭台の
この愛らしい人に存分に触れることができるのなら、寝床に就くまでのわずかな時間くらい耐え得ると言うものだ。
はぁ……。
苦しい吐息とともに身を起こし、目を閉じて乱暴に髪を掻き上げた。
*
互いに傾けるクリスタルグラスが煌めきながら触れ合って、カチンと小さな金属音を立てた。
「乾杯」
小卓の上のシャンパンボトルが月明かりの下で青白く輝いている。
薄暗い
スラックスに襟付きのシャツ一枚、こんな軽装でリリアナの部屋を訪れたのは初めてだ。
リリアナもすっかり身軽になっていて、薄地の絹のガウンの下は、繊細なレースをあしらった夜着を素肌の上に身につけているだけだ。
あけすけな装いが男の色欲を
私が
「どこか
「いや、そうじゃなくて。そんな、防衛に必死にならずとも」
「でも……見えたら、恥ずかしいので……っ」
「あとで全部見せてくれるんじゃないのか?」
十近く歳の離れた妻がこんなふうに恥じらう様子は愛らしく、何度見ても見飽きることはない。
「そのシャンパン、無理して飲まなくてもいいんだよ」
「いいえ……とっても美味しいですっ」
「そうか? なら良かった。初めてにしては良い反応だ。リリアナは案外、アルコールに強いかも知れんな」
「はい! 私、お酒ぜんぜん平気かも……」
勢いよくグラスを傾け、豪快にごくりと喉に流し入れるのには驚いた。
そのままごくごくと飲み続け、あっという間に澄んだ液体の全てを飲み干してしまう。
「そんなに飲んで大丈夫か?!」
「へ……? 少しふわっとしますけど、平気みたいです」
ふふふ〜っ♡ と首を傾げて茜色の髪を揺らし、上機嫌で私を見上げてくる妻を見ていれば『平気だ』という言葉もまんざら嘘でなさそうだが——必要以上に呑んで酔い潰れるか、このまま眠ってしまうなんて事は勘弁して欲しい。
「リリアナ」
妻が置いたグラスを、さっと卓の端に寄せる。
「はぃ……ディートフリートさま……」
「ふわふわするだろう?」
「はいっ。頭のなか、ほわほわで綿菓子みたいに軽いですよっ♡」
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