番外編(3)



「……すねてなど……いないが……っと、…けた……だ」

「えっ? お声が尻すぼみでよく聞こえませんでした」


「……聞こえなかったのなら、もういいよ……」

「ほら。ディートフリート様ったら、やっぱりすねてらっしゃいます」


リリアナは少し呆れたように、ふぅと愛らしいため息をく。



——すねてなどいないのだ。

ただ、普段とは違う人気者の君を知って、ちょっと……いじけただけだ。



「私、お部屋に戻りますね」


膝の上の手袋を指先でいじりながら、

「先ずはドレスを着替えて……。お風呂も済ませておきたいですし、身支度とか、もありますしっ……」


頬をにわかに紅く染めてうつむくのは、初めて共に過ごす宵への恥じらいだろうか。


「今日は朝からずっと緊張しっぱなしでした。ディートフリートさまも、そうでしょう?」

「え? ああ……まぁ、そうかな」


神前ではさすがに緊張もしたが、あとはヤキモチと寂しさが募っただけだよ。


「やっとふたりだけになれて、嬉しいです」

「うれ、っ……」


——嬉しい?

 

「……そう、なのか」

「勿論です。だって、ずっと誰かがそばにいて、ディートフリート様とこうやって話せたの、今日初めてですもの」


ああ……そうだ、その通りだ。やっと面と向かって話せたのだよ。

リリアナも私と同じ気持ちでいてくれたのか。


……感動だ……。


肩の力が抜けたら、年がいもなくいじけるなど子供じみていたと反省する。嬉しさをごまかそうと咳払いなんかしてみるが、まずい……鼓動の乱れが止まらぬ!


「でも、ディートフリート様がねるだなんて。よほどお疲れなのですね? 私が退室したら、少しでも休んでいてくださいね」


私の胸にリリアナが頬を寄せてくる。

遠慮がちに添えた指先には、真新しい結婚指輪が青白く煌めいていた。


「その前に……少しの間だけ、こうしていてもいいですか。私はこれで、元気になれますから。なんて……こんな厚かましい事が言えるのは、あなたの妻にちゃんとなれたからですね?」


———なんだこの愛らしさは!


感情を揺さぶる甘やかな言葉とぬくもりが、私の理性のたがを完全に外してしまった。


婚礼衣装の膝の下に腕を滑り込ませて横抱きにする。妻は驚きながらも、華奢な両腕に抵抗のきざしはない。

そのまま寝室に運べば、なかば強引に寝台に横たわらせた。


「あの、ディートフリートさま……?!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る