番外編(2)



このふたりの気持ちがチグハグで交わらぬことに、私は密やかにほくそ笑む。


リュシアン——改めて明言する。

リリアナは君の娘ではない。私の妻、すなわち私のものだ。



挙式のあと中庭で開いたガーデンパーティーに至ってば、リリアナから招待を受けた孤児院の子供たち、いや、生徒たちが次々と寄ってきて妻にハグをする。

愛らしい光景だが、まだ幼い君たち……勘違いをしてはいけない。

リリアナは確かに君たちの先生だが——先生はものじゃない、ものだ。


特にそこのクリスとやら。

最近生徒に加わったらしい君をリリアナが殊更に目をかけているのは知っている。リリアナと二人きりでこっそり指導を受けているようだが、私に隠そうとしても無駄だ。

あくまでも君は一生徒として可愛がられているのであって、リリアナが君に対して教師以上の感情を持つことはないのだよ。だからもうハグはよせ……君は妻に近寄りすぎだ。


それに貴族令嬢間での社交を重ね、いつの間にか社交場ですっかり人気者になったリリアナの周りに群がる令嬢ども……お願いだ、さっさと帰ってくれ。



ようやく自室に戻って二人きりになれたと思ったら、メイドが軽食やら温かい飲み物なんかを運んでくる。


ユリスという名の妻の専属メイドは気丈夫で優秀な女性だが——優秀ならばもう少し気を効かせるべきだろう? 

カモミールの効能なんかどうだっていい、会話は最小限で頼む。

そして早く出ていってくれ、私だってリリアナと話がしたいのだ。


「……ディートフリートさま? さっきから、何をすねてるのですか?」


ユリスが部屋の扉を外側から完全に閉めたのと、リリアナの言葉が同時だった。


丸一日を費やして全ての予定を終え、私の自室で二人掛けのスツールに腰を下ろし、ようやく一息ついている。

スツール脇のテーブルにはユリスが運んだ蜂蜜と色鮮やかなドライフルーツ、れたてのカモミールティーが良い香りの湯気を立てていた。


「す……すねてなどいない」

「すねてますよ? むすっとしたお顔でわかります」


私が顔を逸らせば、逃げる私の面輪を追うようにしてリリアナが覗き込んでくる。いつまでもそっぽを向くわけにもいかず、やむなくリリアナを見下ろした——…


———今朝。

婚礼衣装に袖を通した妻を初めて見た時の、閃光に射抜かれたような感動が眼前によぎる。


茜色の大きな瞳が瞬くのは、純白の婚礼衣装を身に纏った私の愛らしい妻——瞳と同色の、艶やかな髪の半分を後頭部に結え、残りの髪は緩く編んで背中に垂らしている。普段と違ってしっかりと化粧が施されているからか、今夜は殊更に美しく、妖艶にも見える。

柔らかな弧をえがく唇を見ていれば今すぐにでも組み敷いて、目の前の美しいものの全てを今すぐ我がものにしたいという願望にとらわれた。


「お顔をちゃんと見せてくれないなら……もういいです。私、一度お部屋に戻ります」


部屋に、戻る——?


非情な悲しみにおそわれ目を見開いた。

ようやく二人きりになれたというのに、君は無自覚にもなんと辛辣しんらつな事を言うのか。



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