スーパーマーケットの正社員・空上晴男は、店長に叱られてばかりの日々を送っていたあるとき、通勤のバスに乗らずに逃げ出して、レンタカーを借りてドイツへ……ではなく、富士山を目指す。
就職に悩む女の子・春野まひるは、親友の真由美を通じて知り合った男・品下陵と交際するものの、出先で陵の機嫌を損ねたことで、高速道路のサービスエリアに置き去りにされてしまう。
他者の心に寄り添いすぎて、自分の心をすり減らしてしまいがちな二人の男女が、偶然にもサービスエリアで出会ったとき。樹海に分け入ろうとしていた晴男と、品下陵に合わせて自分の気持ちを抑え込んでいたまひるの行き先が、始めはほんの少しだけ、次第に大きく、そして優しく、鮮やかに変化していきます。
自分に自信がなかったり、自分の本当の気持ちをなかなか見つけられなかったりする二人の歩みは、いじらしいほどゆっくりで、多くの人たちに見守られながら、縮こまっていた心をほぐしていきます。晴男の同僚の主婦の田中さんや、まひるを常に気に掛けている親友の真由美といった登場人物たちのアシストも、ふんわりと柔らかい物語に心強さのスパイスをきかせていて素敵です。
物語のタイトルが、これ以上ないほど腑に落ちるとき。穏やかで清々しい気持ちに包まれます。
少し不器用で、だからこそ愛おしい人たちの歩みを、ぜひ見守ってみてはいかがでしょうか。
苦労人気質のスーパーの従業員・晴男さん。
モラハラ彼氏に振り回される彼女・まひるちゃん。
二人の視点が交互に展開していく構成の物語です。
冒頭から共感の嵐でした。
仕事や人間関係ですり減っていく精神や自尊心。
楽しいことならば誰とでもそれなりに楽しめるけど、苦しい時に荷物を預けられる相手は限られてくるということ。
読者から見ると、似た部分を持つ二人それぞれの悩みが、欠けた部分を上手い具合に埋め合っていく様がよく分かります。
絶妙なのは、まひるちゃんの彼氏・品下のキャラ性の描き方です。いるいる、こういう男。ものすごくリアル。
見事なまでにクズですが、二人が出会えたのは彼のおかげなので、ある意味キューピッドかもしれません。
善良だけど完璧とは程遠い、どこにでもいるような二人の、穏やかな幸せへと続く道程のお話。
この先もいろいろあるのかもしれませんが、「いつまでも幸せに暮らしましたとさ」がこれほど似合う二人もいないのでは……と思えるようなラストシーンでした。
人生で大事なものが何なのかを教えてくれる、素晴らしい作品です。すごく好きなお話でした!