第二章 真実と謎と虚像

第一話 唐突なる訪問者

 翌日の朝。あまりよく眠れなかったノワールは、朝五時半ごろになるとその身体を起こす。窓からは朝日がし込んでいたため、ノワールは少しばかりの眩しさを感じた。

 まぶたこすりながらベッドから出て、そばにある置時計を見る。

(まだこんな朝早くじゃねえか……。夏ってのは日の出が早くて起きる時間がおかしくなっちまうよ)

 すでに夏至からは二月ふたつきほど経って入るが、夏の雰囲気は今だ残っている。気候のおかげか厳しい暑さはないが、それでも軽い暑さは感じられた。

 ノワールは部屋から出て階段を降り、リビングへ出る。リビングの電気はすでにけられており、キッチンではサルンが朝食のスープを作っていた。

「あ、おめえさも起きてきただか。今ちょうど朝食さ作っどるとごろだんで、おめえさはそこの椅子に座って待っとるとええだぞ」

 ノワールはサルンの言う通りに、食卓の椅子に座って朝食ができるのを待つ。

 十五分ほど経つと、サルンは両手に一つづつ朝食の置かれたお盆を器用に持って食卓にそれを置く。ノワールが食べる分は彼の食事量に配慮はいりょし、サルンのものより少し少なめの量になっていた。

 パンとスープとヨーグルトとバナナ。いかにも洋風の朝食らしい朝食と言えるそれを、二人は軽い談笑をしながら食べていった。


 朝食を食べ終わってしばらくすると、サルン宅のインターホンが鳴らされる。インターホンが出すピンポンという音を聞くと、サルンはそのまま玄関の方へ向かった。

 一分ほど経つと、サルンは何やら話しながら大部屋に戻ってくる。彼の後ろには、部屋着らしきラフな服を着たスパルの姿があった。

「やあ、おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」

 部屋に入ったスパルは、ノワールに対し丁寧に挨拶をする。

 ノワールはそれに対し、「あんまり」と一言だけ返す。その言葉通り、ノワールは朝食を食べてもまだ眠たげな表情であった。

「まあ、あれだけの傷でしたからね……。あまりよく眠れなかったというのはよく分かります。本当はこんなに早く来るつもりではなかったのですが、朝に少々やらなければいけないことがあるので急遽きゅうきょ今来てしまいました」

 スパルはノワールの向かい側の席に座った。

「それで、僕に頼みたいこととは一体なんでしょうか?」

 ノワールは夜にスパルが言っていた『サルンの頼み事』とは何かを聞く。何やら一人では出来ないような頼みだと聞いてはいたので、ある程度重大なことを頼まれるという覚悟はある程度持っていた。

「実は……。ここから西に二、三キロほど離れたところにあるとりでが、四十年ほど前にモンスターの集団に奪われてしまったのです」


 ウェールズには、古代や中世に建てられた砦が多く残っている。ノワールも長い放浪生活の間で多く見てきたので、彼もそのうちのいくつかをその目で見ていた。

 ケルト系のウェールズ人がブリテン島に渡り、そこで築いた数多あまたの砦のうちの一つをモンスターによって占拠されたというのだ。

「その砦はもともと観光地になる予定でした。しかし、内部の一般公開を行う一カ月ほど前に、どこからともなくモンスターの集団がやってきて……。そして、あっという間に砦を攻め落としたのです」

 ふんふんとうなずくノワール。スパルはなおも深刻な表情で話を続けていた。

「それから、ロンドンやカーディフのギルドから二十人ほどの龍人が派遣されましたが……。あえなく半数ほどの犠牲によって作戦は中断。幸い、これをきっかけとした砦以外への侵略は起こりませんでした」

(おいおい、十人くらい死んでるじゃねえか……。俺そんなに強くないし、そんなところに行きたくねえよ)

 スパルの説明を聞けば聞くほど、ノワールは彼の依頼を聞くことへの拒否感が強まっていった。

 もちろん、スパルもそれを理解している。たった一人で砦の魔物を駆逐くちくすることは、明らかに不可能であることも承知していた。


「しかし当然、何人もの有志が犠牲になった砦の奪還を依頼するつもりはありません。私が頼みたいのは、もう少し簡単な話です」

「んあ?」とノワールは反射的に口に出す。

「実は、十五年以上前にここから西にある空き集落とその周りの土地を丸ごと買い取ってしまった者がいるんです。村長のやつは個人情報を明かさなかったのですが......。なにぶん砦に近い場所にあるので、モンスターが潜んでいる可能性が否定できないのです」

 砦と同じ西側にあり、尚且つ所有者のいない集落が何者かに金で買い取られた。

 土地の購入には身分証明書が必要になるが、その身分自体が偽装されていた可能性もある。モンスターが潜伏するには、絶好の場所と言えるだろう。

「なるほど、モンスターがいるかどうかを調べてくる……みたいな依頼ですか?」

 スパルはうむと頷く。

「その通りです。後ほどわたくしの家に来ていただければ、分析用の血清をお渡しいたします。接種は医者もしくは委託を受けた龍人が行うことになっているので、私から行くことができず困っているんです」

 スパルは両手を前に伸ばし、ノワールの小さな手をぎゅっと握った。

「お願いです、引き受けていただけませんか? もちろん、報酬はきちんとお支払いいたします」


(うーむ、どうするべきか)

 ノワールは一瞬迷った。彼は前日の戦いの傷がまだ塞がっておらず、血が止まっていて痛みがあまりない程度にしか身体が治っていない。

 そんな彼が、モンスターと戦う可能性がある依頼を引き受けることにはまだ少し抵抗があった。

「微量の血清を接種すれば、モンスターが得る力もその分少なくなります。少ない力が相手なら、今のあなたでも十分に倒せると思いますよ」

 スパルが、ノワールの不安を打破する。

「…………。よし、わかりました。スパルさんの依頼、引き受けましょう」

 ノワールはスパルの両手をとったまま椅子から立ち上がる。スパルは彼の手を離し、深くお辞儀をした。

「引き受けていただき、ありがとうございます!」

「オラからも、礼さ言わせてくんろ。あんがとな」

 スパルに続き、サルンも軽く頭を下げる。自分よりはるかに年上の人間が二人頭を下げているのを見て、ノワールは少し恥ずかしくなり頭をいた。

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