第9話 知識の妖精、レメッラ族

「ルッシュさん、昼食を持ってきました!……あれ。あの、ルッシュさーん!朝に頼んでいたお食事を、時間通り十三時に持ってきましたよ!」

 扉の向こうから、声が聞こえる。明るい声だからヘイゼ・・・じゃない、きっとリメーレ・・・・かな。

「あぁ、リメーレ・・・・。またヘイゼ・・・の仕事を取ったのかい?」

「え?」

 俺の言葉に扉の外で、リメーレ・・・・が動揺した声が聞こえた。どうしたのだろうか?

「どうしたんだい、リメーレ・・・・。今扉を開けるから、待っていてくれ」

 俺はベッドを降りると、少しふらつく足で扉に向かい、ゆっくりと開く。そこには、料理をトレーに乗せた少女、宿の看板娘であるポーラ・・・が居た。……ゆっくりと意識が覚醒してきた。

「あ、あの。ルッシュさん?」

 ポーラは困惑した表情でこちらを見つめる。俺は、少し寝ぼけた頭を必死に回して言葉を連ねる。

「あーいや、すまない。寝ぼけていたようだ。俺が時間を指定したのに、眠っていて悪かった。ありがとう」

 俺の言葉に、何となく察してくれたらしいポーラは首をブンブン振りながら「大丈夫です!」と言った。

「寝ぼけるなんて誰にでもありますから、気にしてませんよ!あっはい!お食事です!」

 そう言って、俺にトレーを渡したポーラは「では、失礼します!」と、元気よく去って行った。

「珍しい所見れちゃった♪」

 ……まぁ、嬉しそうならいいか。俺は小さく溜め息を吐いて、扉を閉めた。ポーラから受け取った、白身魚と野菜をふんだんに使った蒸し料理とほうれん草の胡麻和え、麦粥を食べた俺は考える。深く眠ったのも、昔を強く思い出したのも久し振りであった。温かい感情がともると共に、強い憎しみが心を満たす。だが、俺はすぐに、自身を落ち着かせる。家族を殺した貴族は憎いが、全ての人間が憎い訳ではない。

「情報でも貰いに行くか……」

 落ち着かない気持ちを、行動する事で濁そうと、俺は宿を出た。向かった先は大衆向けの飲食店『西森せいしんの切り株』。昼時を少し過ぎている為、店内の客は少なかった。

「いらっしゃいませーっと……ルッシュさんじゃないっすか。驚いた、今回は長いんっすね・・・・・・・・・

 扉を開けると、黄色の髪と瞳をした快活そうな少女リアト・レメッラが、メニュー表を持ちながらこちらに近づく。

「あらためて、いらっしゃいませー。お一人様ですね、こちらにどうぞ」

 リアトの言われた通りに奥の席に着く。そして少女は、戻るでも注文を聞くでもなく、隣の席に座った。

「食事しに来たんじゃないんっすよね?聞きたい事は……今日聞く予定の依頼・・・・・・・・・について、ですかね?」

 リアトの言葉に俺はいつもの事ながら少しだけ驚く。今朝の出来事であり、俺も、多分ロアルやユアも他人に言っていない事をどうやって知っているのか。人間種でない、レメッラ族・・・・・という妖精種・・・である少女なら何かしらの方法があるのかもしれないが。そんな事を考えながら、俺は少女の言葉に頷き続きを促す。

「一ヶ月後、グランツ王国の王族、ルーレウス家が主催するパーティが開催されるんすけど、そこに来るドルド伯爵の殺害が、今回の依頼っす。ドルド伯爵は二年程前に領地で行った政策で大きく失敗し、その後すぐに未曾有の魔物災害。立て続けのアクシデントで財が底を付きかけていて、今は税を上げたり周辺の伯爵から借りたりしてどうにか回してるっすけど、いつ消えてもおかしくない状態の貴族っす。そんなドルド伯爵は最近、ある貴族から依頼を受けるっす。その内容は『第一王子エリック・ルーレウス=グランツの殺害』」

 リアトが溜めるように言った内容は、俺の予想の斜め上を行くものであった。

「第一王子の殺害……それはさすがに乗らないだろう。話の流れからしてパーティ中に実行すると言う事だろう?成功しても失敗しても、極刑になるのがオチだ」

 レメッラは異名を『知識の妖精』と呼ばれる程、多くの知識を集め吸収する種族。そして一度見聞きした事を二度と忘れない能力を持つ。そんなレメッラの情報。偽情報や嘘の可能性もあるが、知識を尊ぶレメッラは滅多に嘘を吐かなく、正確な情報以外は語らない。それゆえに信頼は出来るのだが、流石に内容が内容な為、探るように否定した。

「私もそう思っす。この依頼、実行したらほぼ確実にドルド伯爵は滅びる。いくら馬鹿でも、まともな精神状態ならまず受けないでしょう」

 リアトはそう言うと、声音は一切変えずに、だが真剣な表情でこちらを見る。

「……洗脳の類か」

 俺は答え合わせのつもりで、リアトを見返しながら言うが、当のリアトは表情を一切変えず、一言も言葉を発しなかった。

「……」

 間違えた、と言う訳ではなさそうだ。もし間違えでもしたら、リアトは堪らず笑い出すだろう。と言う事は多分そういう事・・・・・か。

「確証がない、と」

「はぁ~……」

 俺の言葉にリアトは表情を少し歪めながら机に突っ伏し、溜め息を吐いた。

「精神がまともじゃなくなっているのは確かなんっすよ。でも、それが何によって起こったのか。誰がそれを行ったのかが分からないんすよ。私達、知識の妖精レメッラの能力を以てしても、噂程度の情報しか得られないんですよ。こんな事生まれてこの方初めてっすよ。……まぁ私達は生まれた森からあまり遠くには行けないっすから、よりしっかりとした情報は、ドルド伯爵領付近のレメッラに聞くしかないっすかね」

 リアトは顔を伏しながら、少し申し訳なさそうな声で言う。だが、今の俺にはその情報だけでもありがたかった。

「いや、助かった。ドルド伯爵領はここから遠いのに、そこまで情報を集められたのは流石だ」

 サウナット公爵領にある大森林出身のリアトは、森の外には出られても、サウナット公爵領の外までは出られない。森と離れすぎると、妖精種の多くは生まれた森からの栄養供給が無くなり死んでしまう。そんな状況下で、少量でも重要かつ必要な情報を真実である確認が取れた上で集められるのは、流石と言わざるを得ない。

「なんか、ルッシュさんにそう褒められると、むず痒いっすね」

 ゆっくり顔を上げたリアトは少しだけ頬を赤くしていた。

「そんなにか?感謝の言葉は言っていたはずだが」

 情報を貰う度に言っていたはずだが……。そんな事を思いながらも俺は、リアトに一冊の本を渡す。

「お、おぉ!これはアルシューナ伯爵領の植生に関する本じゃないっすか!」

 リアトが先までの落ち込みようが嘘のように、明るく元気な声で本を掲げて大声を出す。昼時を過ぎてはいるが、客が居ない訳ではない。リアトの声に、客は驚きの表情でこちらを見る。そして店員はこちらに駆け寄って来た。

「え!?アルシューナ伯爵領の!?あそこの植生って特殊だから詳しい情報が欲しかったんだー!ねぇねぇリアト!読ませて!」

「いやっすよ!これは私が貰った本っす!一字一句しっかり記憶するんす!」

 レメッラは能力で記憶した事を二度と忘れないのだから、見終わってから見せれば良いのにとも思ったが、今なお姦しく声を上げているあの場混ざりたくない。知識の妖精レメッラは情報を提供する代わりに、自身の知り得ない知識を欲する。あの本は何年か前にアルシューナ伯爵領に行った際、知り合った人物に貰った本だったのだが、あの様子を見るにリアトの知らない情報の乗った本であったようだ。欲しかった情報も手に入れ、もうここに用はない。俺は静かに、特にレメッラ達に気づかれないように店を出た。

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人斬りの騎士と公爵の姫(仮) 波麒 聖(なみき しょう) @namiki_sho

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