第8話 依頼報告
「先日受けた依頼を終わらした。確認をしてもらいたい」
俺はサウナット公爵領の都市、その酒場の裏手に居た。ここは周囲を高い壁に囲まれており、人の目を気にしないで物事を行うことが出来る。
「
酒場裏口の扉の奥から聞こえた女性の声に従い、仕事の受領時に受け取った木の半券を投函口に入れる。その数秒後、ゆっくりと扉が開く。
「どうぞ、お入りください」
扉を開けた女性に従い、中に入る。向かう先は地下、まずは仕事を報告しなくてはならない。階段を下り終えると、頑強な石材で出来た大きな空間に出た。そこは冒険者組合などと似た様相で、奥には受付が存在した。
「ん、あぁルッシュ。終わったのか」
案内の女性と別れ、地下空間の受付に向かうと、奥から筋骨隆々な男の老人とか細い少女がいた。そんな二人にアグリー男爵の頭と捕獲した男を受け渡した。
「うん、まだ乾燥していない血の匂い。さすがの手際ですね」
か細い少女は、長く赤いインナーカラーの入った白い髪を揺らしながら、一直線に男爵の首を入れた布袋に近づき、クンクンと匂いを嗅いだ。
「依頼内容通り、男爵と数人を除く護衛騎士は殺して放置。あの家にいた残りの者は気絶させて、捕らわれていた違法奴隷は解放し、奴隷商とその護衛を殺した。そして、その中の一人を捕まえてきた」
そう言って俺は、袋に入れて担いでいた見張りの男を地面に放る。
「よくやってくれたルッシュ、完璧だ。後は任せてもらおう。お前ら、運んでくれ」
老人はそう言って受付の奥に呼び掛け、出て来た数人が見張りの男と男爵の頭を運ぶ。
「依頼者の要望通りにする為には即行しかなかったのも事実ですが、一人で一晩の内に終わらせてしまうとは。依頼者も色を付けれくれる事でしょう。ルッシュさんが私達の
そう言って少女は俺の腕に抱き着く。
「あぁ、血の匂いがプンプンします……ルッシュさんの血の匂いがしませんのが残念ですけど」
「ルッシュ、そろそろ血の臭いを落としてこい。そうしないとこの吸血鬼に血を求められるぞ。昨日今日と血なまぐい依頼が多かったから、溜まってるみたいなんだ」
その言葉に俺はすぐさま腕を振り払い、少女から離れる。すると少女は「あっ……」と寂しそうな声を上げた後、憎々しそうな表情で老人を睨む。
「ちょっとロアル、余計な事を言わないでくれるかしら?」
「おや、無用の忠言だったかね?後少しでお前が欲塗れの表情で血を求めて、ルッシュから嫌われる事を防いでやったというのに。のう、イテリア」
「そんな事しないわ。このイテリア・エーデルヒルド、自制は出来るタイプですから」
「ふっ、何を言うかと思えば。吸血鬼族の中でも血に執着の強い
「ムカッ……そう言うロアルこそ、そろそろ部屋に
「ちょっと先祖返りで狂暴化しただけで
「昔話しましたわよね、両親は血液ソムリエを謳い、毒血を飲んで死にましたと。そんな両親に私の生き方をとやかく言われる筋合いございませんわ。それと、非常時でもない限り、家畜の血など飲みません。身体能力だけでなく、脳みそまで先祖返りして、獣並みになられた貴方に説いても意味がないかもしれませんが」
「あ゛ぁ?」
「なにか?」
ロアルとイテリアは激しく口論を繰り広げているが、血を洗い流してすぐに帰りたい俺は、そんな二人を無視し、去ろうとする。
「おっと、ちょっと待ってくれルッシュ」
と、ロアルに声を掛けられた。
「今すぐで無いとダメか?」
「いや、出来れば今日の夜頃、ここの表の酒場に来て欲しいんだ」
「分かった」
俺はその言葉に即答する。おそらく依頼についての話であろう。通常あの裏口は、必要時以外では使用出来ない。忍んでいるとはいえ、沢山出入りしていれば目に付く可能性も上がるからだ。その為、基本的には表の酒場から入る事になっている。そしてロアルが言う夜は、酒場の繁盛時間帯を少し過ぎた二十二時頃の事を指す。それを理解している俺は、これ以上会話をする事なく、地下を出た。
「お帰りですか」
「いや、その前に血を流したい」
階段の上で待機していた女性にそう伝える。
「
女性はそう応え、俺を水浴び場に案内した。ここは血を浴びたままくる人が多い為、その血を落とす場所を提供しているのだ。
「長時間のご利用は、イテリア様が侵入する危険性がございます。お気を付けてご利用ください」
「あぁ、分かった」
俺はその言葉に従い、手早く血を落とした後は足早に外へ出て、泊っている宿屋に向かった。
「宿屋『
宿屋の扉を開けると、明るい声が聞こえた。そこには、竹箒を持った少女が声を掛けてきた。
「朝早いんですね!早起きしてよかったぁ!」
ボブヘアの少女は明るく大きな声で、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。
「いや、今仕事終わりだ」
「あっ!そうだったんですね!お、お疲れ様です!」
「ちょっと、ポーラまだ朝早いのよ。大声を出すのはやめなさい」
少女への対応に困っていると、ここの女将が娘である少女を制止する。
「あ……ごめんなさい」
「分かれば良いよ。最近は朝方から手伝ってもらっているしね。まぁ、理由があるみたいだけど……っと、おはようございます、お客様ですか?」
「何言ってるのお母さん。ルッシュさんは何日か前からここに泊まってるよ?」
「あ、あら?そうだったかしら……。すみませんお客様、最近年齢のせいか記憶力がね……」
「いや、気にしないでくれ」
俺としてはもう慣れていた為、何も感じていないのだが、女将は気にしてしまっているようだった。
「では、今ミント水を一杯貰おう。あと、昼食を十三時ごろに部屋へ持って来てくれないか?」
「はい、分かりました。ミント水ですね、少々お待ち下さい」
「私が渡したい!」
女将は手早くミント水を用意し、仕事を手伝いたくてウズウズしているポーラに渡す。
「はい!お待たせしました、ミント水です!」
「ありがとう」
ミント水を受け取ったポーラは、はにかんだ表情でミント水を渡す。俺はポーラにお礼を言ってミント水を飲んだ。淡いミントの香りと、スッキリとした舌触りが、気持ちを落ち着いたものへと切り替えさせる。飲み終えた俺は、コップと共に、ミント水の代金とチップとして銅貨を五枚ポーラに渡し、お代はいらないと言う女将を振り切って自室に帰った。
「ふぅ……」
自室に入り、装備を下ろして、ベッドに座った。そして下ろした装備の中から剣を取り、鞘から抜く。荒い血拭いしかしていない為、少し血が付着したままで、剣の臭いではない金属の臭いが鼻を刺す。俺はその臭いに顔を顰めながら、棚から布巾を取り出し、丁寧に固まりかけている血を拭う。そんな時、ふとシェーラの事を思い出す。彼女の目は優しく、姿や立ち振る舞いは、あのような場所であっても損なわれる事の無い可憐さがあった。そんな感情を持ったのはいつ振りだろうか。そもそもそのような感情を持ったことがあっただろうか。今でも思い返すと、彼女の優しい微笑みが浮かぶ。……だが俺は、頭の中の彼女の顔を、頭を振る事で消す。もう、会うことは無いだろう。彼女は俺が今いる公爵領の令嬢。警備や護衛も増え、危険からは遠ざけられるだろう。俺のような、義もなく、ただ金や
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