追悼43 闇の裁きは闇に。

蜷 川「では、陪審員の方々の結論を言い渡します」

優 斗「陪審員って何だよ」

蜷 川「審議の模様をリモートで見て、判決を下した方々です」

優 斗「あんたらが決めるんじゃないのか?」

蜷 川「私たちは陪審員の意見が割れた時に助言するだけです」

優 斗「美帆の証言は不採用ってことか」

蜷 川「君の分まで自分が負うという発言か」

優 斗「そうだ。俺は美帆に唆されただけだ。被害者だよ、被害者、な美帆、

    お前からもそう言ってくれよ」

美 帆「ふん」

蜷 川「心配なく。ふたりのやり取りも全部見ていましたから」

優 斗「なら、俺は無罪確定だな、そうだろ。そもそもこんな裁判ごっこは無効

    だ。俺ら未成年だぞ。裁けねぇだろうが。裁きたかったら本当の裁判にでも

    かけろ!」

蜷 川「被告人が言う裁判とは更生を目的とするものか」

優 斗「そ・そうだ。叱られて謝って終わりだ」

蜷 川「ここは罪と向き合う場、更生を目的にしていない。また裁判所では裁けない

    案件を粛々と遂行する場。死神もまた神なりだ」

優 斗「勝手なことを言うな。覚えて置けお前たちを訴えてやるからな」

蜷 川「反省の欠片もない証言、情状酌量の余地は微塵もないと判定します」

優 斗「ふざけるな!」

蜷 川「では、判決を言い渡します。被告人女子こと中野美帆は有罪。被告人男子は

    無罪…」

優 斗「やったぁ~俺は無罪だ、有難う御座います、無罪・無罪…」

蜷 川「との主張は認められず、有罪」

優 斗「何言ってんだ、そんなの認められるか!」


 蜷川は、「これにて決心する」と述べるとガベルの音を響き渡らせた。

 美帆の刈布が海風に捲れ上がった。優斗はそれを凝視し、股間の風船を漲らせた。優斗の刈布も捲りあがり、美帆は目を背けた。


財 津「生命の息吹だねぇ。若いってのはいいねぇ」

三 上「こんな時…見っともない」

財 津「知らないのか?男の子は疲れマラと言って意志に関係なく、疲れた体に反し

    て元気になるんだよ」

三 上「そんなの知るか!」

綾小路「人間は疲れが溜まってくるとカテコールアミンという神経伝達物質が分泌さ

    れます。カテコールアミンは「ドーパミン」「アドレナリン」「ノルアドレ

    ナリン」の3つから構成されており、人を高揚させる効果や血管を収縮させ

    る効果があります。それによりペニスの海綿体に血流が流れ込みやすくな

    り、疲れてしまっているのに勃起するというのが、疲れマラの原理です」

三 上「こんな時に冷静な説明、いる?」

綾小路「すいません、知識が豊富でつい出てしまうのです。私の悪い癖です」

三 上「たちが悪いわね」

財 津「いや~、立派な立ち具合でしょう」

三 上「ば~か」

神宮寺「始まるよ~」


 甲板の壁が海側に開かれ、優斗と美帆を載せた椅子はベルトコンベアで海へと運ばれた。優斗は必死に藻掻くも後頭部が後ろに傾き始めると「わぁ~」と悲鳴を上げるのと同時にドボ~ンと言う波間を引き裂く音とともに消え去った。同時に美帆も椅子もろとも海中に勢いよく沈んでいった。


 海面には小さな泡がほんの僅かながらたったが、直ぐに平穏な海原に戻った。綾小路・蜷川・三上・神宮寺、そして財津はそれを無言で見ていた。満天の星は、何もなかったように美しく輝いていた。


財 津「あっけないもんだな」

蜷 川「反省の姿勢を見せてくれれば、違った道もあったかもしれないのに残念なこ

    とです」

神宮寺「副校長を始め、桜子さんの直接の死因に関わった者たちはどうするの?」

綾小路「様子を見て、考えましょう」

三 上「そうね」

綾小路「時間を置いて二人が失踪した噂を流しますよ」

財 津「関わった者は、次は自分かと怯えることになるだろうね」

蜷 川「そうあって欲しいものです」

神宮寺「そうならなかったら?」

綾小路「その時はその時です。新たな指示が出ると思います」

財 津「今回が初めての事だ。どう転ぶか、確認しましょうか」

綾小路「はい」



 大臣まで動かして事件解決に動いたが、所詮は腐った教育の現場やそこに巣食う亡者の前にはパフォーマンスでしかなかった。結局、世間もマスゴミも事件のことを忘れ去り、ひとりの人間が多くの人間の醜さの犠牲となったことは、嫌疑不十分という犯罪者を擁護するシナリオで息を引き取った。裁かれぬ罪を闇で裁く彼らの行為もまた美帆・優斗の失踪として幕を引いた。


綾小路「ご主人様、思うような成果が得られず、残念な結果となり、申し訳御座いま

    せん」

富豪X「想定内だ、気にするな。トカゲの尻尾きり。それが現実か」

綾小路「せめて、桜子さんの無念を少しでも晴らせたと思いたいです」

富豪X「やり方が問題だな。今回の事でよくわかったわ」

綾小路「やり方ですか」

富豪X「悪い奴ほどよく眠る。せめて悪夢でも見せたいものだな」

綾小路「そうですね」

富豪X「そこでだ、ゴミ処理に動いてくれた者たちに新たな指示を出す」

綾小路「はい」

富豪X「SNSを使い、不純物の悪事を剥していけ。奴らの敵は、知りたがる民衆だ、

   それも世界のだ」

綾小路「承知しました。暴露系のインフルエンサーを育てるのに尽力致します」

富豪X「間違うなよ、これは投資と同じだ」

綾小路「大富豪が勝つ仕組みですね」

富豪X「そうだ。私の財力は奴らに比較すれば、小石にもならない」

綾小路「塵も積もれば山となる、ですね。民衆の関心を利用して、彼らの金脈を立つ

    勢いで攻めたてるのですね。議員生命も縮みあがるような」

富豪X「やり方は、任せる。必要な人員は遠慮なくいってくれ」

綾小路「有難うございます」

富豪X「うん」

綾小路「彼らへの報酬は如何致しましょう」


 謎の富豪は、ステッキで屏風を指した。その屏風が開くと五つの鞄がテーブルに置かれていた。


綾小路「彼らは受け取るでしょうか」

富豪X「受け取らせろ。プロとしてな。彼らの行為は、悪だ。悪は悪として受け取ら

    なければいざとなれば躊躇するものだ。割り切りを明確にすること。経験者

    が言うのだから間違いない」

綾小路「承知しました」


 富豪Xは、左上腕部の刀傷を労わるように撫ぜていた。戦後間もない混沌とした時代に政治家の家に生まれ、親の地盤・看板=肩書・鞄=資金を引き継ぎ政治家となった。時は、高度成長に向け利権争いの真っただ中。富豪Xは血気盛んな時期であり、武闘派だったため、反社の者とちとの争いに本当に命を賭け、戦った過去があった。左腕の傷は、その時の名誉の負傷というものだった。富豪Xは、政治家の立場と親の資産を活かし、多くの利権を手にし、手広く事業を展開するようになった。その富豪Xも年波には勝てず、有り余る財力を持て余し、最後のご奉公と今回のチームを立ち上げたのだった。権力を得たと言えど、血縁者を甘やかし育て、また周囲にも腫れ物に触るように扱われ禄でもない人物と化した。結果、自業自得とは言え、後継者に恵まれず、政治力や関係各所への圧力にも陰りが見え始めたことも否めなかった。

 同年代の政治家や官僚のトップも他界し、死への実感が日々色濃くなっていた。それに比例し、若きしの頃の無鉄砲さが蘇り、衝撃の行動に走らせていた。

 富豪Xは、仲間、絆、信頼を重んじていた。それだけに、自分の身勝手な意志で悪の手に染めさせる仲間を大切に思い、最悪の事態を何としても防ごうと必要以上の深追いやリスクの多い行動を避けるのに細心の注意を払っていた。

 ドラマや映画であれば、後先考えず、痛快に関係者に鉄槌を食らわせるだろう。現実はそう甘くない。この国を動かす政財界や政界に巣食う妖怪を嫌と言う程見てきた経験は、今日は見方も明日は敵、と裏切り裏切られる日常が身に沁み込んでいた。そんな富豪Xが導いた仲間の条件は、共有の強い目的意識と高額の報酬だった。

 世間を賑わせた波もいつかは権力を持った者たちの思惑で平定する。富豪Xは、そんな池の水面に今一度投石し、世間が気づき、考察して欲しいと願っていた。



 追伸;美帆と優斗の死後の世界は、「冥土喫茶」第9話に投稿予定です。本編と合わせてお楽しみ頂ければ幸いです。


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

影狼の法廷・触法少年ー凍った女子中学生 龍玄 @amuro117ryugen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ