トリエス王城七不思議・二つめ!
★★ この小話について ★★
この小話は【 第10章 陛下と私と夢の世界 】で珍獣が某神王国に攫われる前の本編中の話となります。
この小話は、
・両生類を嫌いな理由(電子書籍収録)
・トリエス王城焼肉会!(電子書籍収録)
・長い題名の本についての彼の感想(前回Web投稿小話)
に続く小話となります。が、電子収録のものは前フリ程度ですので、前回投稿の『長い題名の本についての彼の感想』をご覧頂いていれば大丈夫なお話だと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します ^^
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「―――珍獣様」
トリエス王城ヴィネリンスにあるトリエス国王の私室で、居候でペットな私が昼食後にその飼い主の寝台でウトウトとしていた時、よく見知った人物が訪ねてきてくれた。
私はそれを笑顔で迎えて、リーザや妖精、アニがお茶とお菓子を用意しようとする。
しかしその人物は、それを急いでいるのでと断り、
なかなか楽しかった第一回トリエス王城焼肉会から五日後の事だ。
陛下が日々の執務を終えるのを、まだかまだかと待っていた私は、彼が相変わらず疲れていそうな雰囲気を漂わせながら部屋の扉を開けたのに、勢いよく全力で抱きついた。
陛下の背中に両腕を回し、ドンと全身で彼の胸部と腹部に突撃する。
勢いが良過ぎたのか、陛下が若干前屈みになった。
「陛下!」
「……っ、小娘、」
「陛下、陛下! お・か・え・り・な・さい! あのね、あのですね!」
「なんなんだ、お前は、突然! とりあえず離せ」
「は・な・し・ま・せん! あのね、聞いて? 凄い事を聞いたんです、私ってば!」
「凄い事?」
「はい! ねねね、陛下、私ね、新しい七不思議を聞いたんですよ!」
「…………」
「あのね、行こう? 今すぐ七不思議探検に行きましょうよ、ね、へ・い・か!」
「…………嫌だ。絶対に行きたくない」
「なんで!」
物凄く嫌そうな表情をキンキンキラキラな超絶美形顔に作り、陛下の体に巻き付けていた私の両腕を彼は解いてペイッとした感じで横に払った。
「お前が疑問に思う事の方が、余としては疑問でしかない」
「どうしてですか?」
「どうしてだと? 忘れたのか? お前に言われて七不思議解明に行動を起こし、怪しげな地下の集会に遭遇した事をっ」
「あー…ヴァーリアさんのストーカー集会、愛の儀式の事かぁ。陛下の部屋のゴミ箱を漁っていたのが発覚したやつ」
「っ! ……余は行かない。探検などしたくない。七不思議に余は嫌な記憶しかない」
今も昔もな! 思い出したらまた鳥肌が! と陛下は続けて、両腕をゴシゴシと擦っていた。
余程、愛の儀式は彼にとって駄目な方向だったみたいだ。
まあね? 陛下ってば、来る者を全力で拒む潔癖タイプだし仕方が無いのかな?
鳥肌が酷いのか腕を擦り続ける陛下に、私はポンポンと彼の王様専用高級仕事服に包まれている胸元を叩いた。
「でもさ、陛下、気になりません?」
「気にならない! 微塵も!」
「まままままっ、そう言わないで? あのね、」
「聞きたくない!」
「呻き声が聞こえるらしいんです」
「またかっ! 行かない、絶対にな! 両生類なぞ此の城にはもう居ない! ウオだけで十分だ!」
全力で拒絶の言葉を並べ立てながら、陛下はスタスタと扉の前から部屋の中へと移動する。
私はそんな彼に一生懸命ついて行きながら、今日の昼間に聞いた七不思議についてを彼の態度に構わずに続けた。
「うーん、でもさ、呻き声が聞こえる場所が気になりませんか?」
「ならないと言っている!」
陛下が身に着けていた首元のタイを外して、ペシッと毛足の長い高級絨毯に叩きつけた。
「陛下に全く関係の無い場所ではないみたいですよ? どうもね、王家が管理している聖所らしいです」
「……聖所?」
「はい。ヴィネリンスの敷地にあるんでしょ? 聖所といわれる場所が。そう聞きましたけど、私ってば」
陛下が王様専用高級仕事服の首元を緩めながら黄金の眉を顰めた。
「在るには在るが、城の敷地内といっても、かなり中心から外れている所だぞ? そのような場所から呻き声など聞こえる訳がない。基本的に無人だし、聖所といえば聞こえはいいが、一部の除き、大半の部屋は儀式用具の物置き場でしかない。警備の者が出入り口に立っているだけの場所だ」
「でもさぁ、聞くところによるとね? 呻き声は聞こえるのに、警備の人には聞こえない。呻き声は毎日ではないけれど、ある一定の法則の日のみに聞こえるんだって」
「では誰が呻き声とやらを聞いたんだ」
陛下が訝し気な声音を出した。
それなりに重いのではないかと思われる王様専用高級仕事服を彼は脱いで、タイ同様、毛足の長い高級絨毯の上に放った。
陛下は服を脱ぎ散らかすタイプだ。これが向こうの世界の我が家なら、ママによる制裁が待っている。
別に私がやらなくても明日の朝になれば片付けられる其れを拾って、私は陛下の手を持った。
勿論、脱いだばかりの王様専用高級仕事服を再び着せる為にだ!
私は行く気満々だからね!
「さあ? そこまでは。でも、聞こえるんだって! ね? 行きましょう?」
「……服を着せようとしないでくれないか。余はこれから風呂に、」
「そんなの後でいいじゃないですか! どうせ陛下ってば、髭も生えないキンキンキラキラ属性なんだし!」
「っ!」
「ねねね、今夜なんだって!」
「……なにが」
「勿論、呻き声が聞こえるのがですよ!」
「何故分かる」
「それも分かりません! だから確かめに行こう? 確認しに行こう? このままじゃ、私ってば気になって眠れないし!」
「……寝なければよいではないか。余は構わずに寝るが」
「一晩中、陛下の耳元で妖子ちゃん秘蔵の怖い話を囁いちゃいますよ!? むかぁし、むかしって!」
「…………」
「もう悪夢をみちゃう感じ? 赤い物体の粘液にまみれて大量のウオちゃんが飛び出す夢を絶対に超えてみせますから!」
陛下が深い溜息をついた。
どうやら諦めたようだ。
「……分かった。心の底から行きたくないがな」
彼に着せようと私が持っていた王様専用高級仕事服を、物凄く嫌そうに陛下は手に取った。
陛下の部屋の隣に、完全に物置き部屋と化した王妃の部屋がある。
そこにある剣の小山の中から適当に選んで帯剣した陛下は、「さっさと終わらせて風呂に入る」と謎の決意を口にしながら、自身の私室の扉を開けた。
置いていかれないように彼の左腕に腕を巻き付けた私を横目で見て、陛下は部屋を出て、眉根を寄せながら回廊を進んだ。
トリエス王城ヴィネリンスの縦横無尽に存在する長い回廊のメインとするものは、本も余裕で読めるくらいに明かりが灯されている。
なので夜の怖さを感じる事は全く無く、また陛下にひっついている事もあって、私はウキウキしながら七不思議探検に心を躍らせていた。
要所要所に立つ警備の人達に陛下と私が通る度に礼を執られながら進むこと暫し。
区画がよく分かっていないけれど、雰囲気的に、多分、王族居住区域を出たのかなといった辺りで、私達はお仕事帰りっぽい様子のルドルフさんに遭遇した。
陛下同様、すごく疲れてます、といった感じのルドルフさんは、私達に気づくと眉間に皺を寄せる。
ルドルフさんの表情は「こんな時間に、こんな場所で、なに二人で歩いてるんだよ?」と言っていた。
「陛下、どうされました?」
「……ルドルフ、今、暇か?」
「は? 暇な訳がないでしょう。断腸の思いで溜まった仕事を切り上げ、明日に備えて城の私室で早く睡眠をとろうと思っていますよ」
「…………だろうな。知っていた」
「なにか用が? 陛下、貴方も明日早朝に会議が入っていたでしょう。何をしているのです。早く自室に戻り、お眠りになった方がいい」
「……余もそうは思うんだが、それでも敢えて言う。ルドルフ」
「……なんでしょう」
「付き合ってくれ」
「何に?」
「…………七不思議探検に」
「………………は?」
ルドルフさんの眉間の皺がより一層深くなり、声音が数段低くなった。
銀縁眼鏡越しに見える彼の碧い瞳に冷たさが増す。
そんな冷気を放つルドルフさんの碧眼が、私の方に向いた。
「……そこのお嬢さんに、また貴方は振り回されているんですかね?」
「…………そういう訳では。ただ、少しの間、行動を共にして欲しい」
「………………どういう事です」
「……聖所に一緒に行ってくれるだけでいい」
「聖所? あのような場所に今から行って何の意味が?」
「……呻き声が聞こえるとか」
「呻き声? 聖所で? たとえ聞こえたとして、誰かを確認に遣わせればいいでしょうに。何もわざわざ貴方が行く必要は無い」
「とにかく余の安眠の為に協力して欲しいっ。余が七不思議に良い記憶が無いのをお前は知っているだろう!」
「………………」
陛下の言葉に、ルドルフさんは遣る瀬無い様子で息を吐きながら、両手で顔を覆った。
ヴィネリンスの敷地内といっても、聖所までの道程は私の予想を超えて遠かった。
陛下と私とルドルフさんは王城を出て馬車に乗った。
御者さんによって馬車は直ぐに動き、そして聖所方面に進めば進むほど、周囲がどんどん暗くなっていく。
王城周辺が明るかっただけで、花が咲き乱れる庭園を抜け、外が森のような景色になってくると、馬車に灯された明かりが照らす僅かな範囲でしか視界が効かない。
馬車の中は三人だけだった。
進行方向を向いて陛下と私が座り、対面にルドルフさんだ。
二人は移動の時間を無駄にする気がないのか、書類を持ち込み、なにやらお仕事の話をしている。
私が外の景色の事で質問をすると、おざなりな感じではあるけれど陛下もルドルフさんも返答してくれた。
「ヴィネリンスの敷地って広いんですね。森まであるとか凄いです」
「城の北方はそうだな。川や洞窟や、まあ、いろいろある」
「くれぐれも貴女一人で行こうとしないように。迷子になるのが目に見えますからね」
「行・き・ま・せん! 私ってば、流石に自分でも迷子になるって分かりますもん!」
「どうだか」
「貴女は常日頃、信用のされない行動言動をしていますからね。―――さて、そろそろ到着するのでは?」
「そうだな。―――小娘、聖所に入り、一通り見てまわって何も無ければ直ぐに帰るからな。そこは分かっているな?」
「はい! 夜だし、呻き声が確認できなければ諦めます!」
「……そうだ。夜だ、小娘。夜分にこのような事に付き合わされる身にもなってくれ」
「それを言うなら、私の方だと思いますが?」
「ですよねー」
「…………」
ガタリと振動と音を立てて馬車が止まった。
どうやら聖所に着いたようだった。
暗い森の中に聖所と言われる建物はあった。
聖所は周囲をぐるりと森の木々に囲まれ、王城敷地内であるはずなのに、庭園といった空間は無い。
建物の大きさは異様に大きい陛下の居城に比べたら全然で、一般的な学校の校舎二つ分くらいと小振りだ。
聖所というから私的には向こうの世界の教会のような建物を思い浮かべていたけれど、どちらかというと洋館に近い。ゴロゴロと雷が鳴って、フランス人形の目がギョロリと動き、蜘蛛の巣が張りまくりで、扉がバタンバタンと開閉した挙句にラップ音がする、そんなホラー展開満載な洋館だ。偏見かもだけど。
聖所には洋館に相応しい門があった。
私達が乗っていた馬車はその幾分手前で停まり、敷地内まで入り込まないみたいだ。
自然ゴクリと私が喉を鳴らすと、馬車の扉が静かに開かれた。
開いたのは御者さんで、彼は直ぐに向こうの世界でいうステップを設置する。
陛下とルドルフさんが先に降り、最後に私が降りようとすると、彼らに手を差し伸べられるのではなく、陛下に抱えられて降ろされた。
御者さんが腰を折って礼を執り、陛下とルドルフさんが洋館な聖所の方を見て眉根を寄せる。
聖所はもしかしたら中に誰かが居るのか、ほんの一ヵ所、ゆらりと蝋燭の炎のような小さい明かりが揺れては消滅した。
呻き声は今のところ聞こえない。
それでもホラー要素が見え隠れするのに、私は思わず陛下の体に抱きついた。
「なんか怖いですっ」
「ならば引き返すかと言いたいところだが、ルドルフ」
「おかしいですね。門扉に誰も居ない」
「梃入れはしたのだよな?」
「ええ。例のコーエン・バーレの時に全体的に」
「明かりが見えたが」
「当然ながら中へ入る許可は出していませんよ。値の張る品がありますし、先代の悪趣味なものもそのままですし」
陛下が疲労を乗せまくった深い息を吐いた。
「またアレを目にするのか。―――行くか。小娘、あまり強く抱きつかないでくれ。いざという時に剣を振るえない」
ルドルフさんが御者さんの方を向いた。
「剣を貸してくれ」
「え? 行くのは七不思議探検的に大賛成なんですけど、ルドルフさんが剣を要求する状況で、護衛の人達が一人も居なくていいんですか?」
「構わない」
「大丈夫です」
「ややっ、だって、陛下とルドルフさん、国王様と宰相様でしょ? 偉い人達なのに何かあったら、」
ルドルフさんが私の言葉に肩をすくめながら、手早く腰に剣を差した。
「見えるものが全てではありません」
「この面子が動いた時点で動くものがある」
そう言って、陛下とルドルフさんは私を連れて、躊躇う様子を少しも見せずに聖所へと入っていったのだった。
聖所という名の洋館に足を踏み入れて私の体内時計でおよそ三分。
カップラーメンが出来上がる程度の超短時間で抱いた感想を、私は前を歩く二人に言う事にした。
「なんかこう全体的に悪趣味? 聖所っていう神秘さが一切無いっていうか、はっきり言っちゃうと品が無い感じ?」
そうなのだ。御者さんから何本かの蝋燭と火種をもらった陛下とルドルフさんが、洋館に入って直ぐの所に置いてあった燭台に突き刺し、それぞれの手に持って歩いて。
ゆらゆらと揺れる小さい炎に照らされた洋館の内装は、派手で、成金趣味と言われても否定できない感じで、そして何より、所々の壁に飾られている絵画が卑猥だった。
「陛下、あの絵、裸の女の人と男の人が絡み合っちゃってますけど。意外すぎます。聖所だというのを差し引いても、国王様が住んでいるお城の敷地内なのに」
私の言葉に、陛下とルドルフさんがうんざりといった空気を身に漂わせた。
「先代の負の遺産のひとつだ」
「先代以前は重要度は低かったとはいえ、聖所として機能はしていたのですけれどね」
「あれの頭は女の事のみで構成され、それを楽しむ為の労力は全く惜しまなかった」
「王としての職務を殆どされない御方でしたからね。お蔭で当時の宰相は遣りたい放題で、次に其の地位に就いた私は、奴を死者の国まで追いかけて再度
「此処もいい加減になんとかせねばと思ってはいるが、存在自体が胸糞悪くてな」
「つい後回しにしてしまっていますが、段階を踏んでの処理をそろそろ考える時期ではありますね」
「うーん、そんなに嫌なら、なんかもう潔く燃やしちゃったらどうですか?」
なんてね! と言葉を続けようとしたのに、
「そうだな」
「それもいいですね」
という彼らの言葉に私は引いた。
それから暫くは薄暗い廊下を歩きながら、扉をひとつひとつ開けては各部屋の中を確認した。
その最中、陛下とルドルフさんが長年に渡り溜まっていたらしい鬱憤を吐き出し続けるのに、うんうん、大変だったね、偉い偉い、よく頑張りました、と相槌を打ちながら適当に聞いてあげていた。
聖所の三分の二くらいは見てまわったのではと思われた時に、陛下とルドルフさんの足が止まる。
二人の視線はとある扉に焦点を当てていた。
扉は聖所にたくさんあるどの扉よりも装飾が派手に施され、なにより目を引くのが―――。
「……あのあの、陛下とルドルフさんが見ているあの突き当りの扉さ、ドアノブ……えっと、持ち手の部分の形がおかしくないですか? どう見ても男性器を模してますよね? それにさ、あの扉の模様も、向こうの世界の公衆トイレにある落書きの女性器の絵に似ているというか。流石の私もドン引きなんですけど」
陛下とルドルフさんが手にしていた燭台を床に置き、そして同時に剣を抜いた。
「え」
「胸糞悪い最たる部屋が此処だ」
「貴女がおっしゃる通り、あれは性器を模しています。つまり、その為の部屋という事です」
「先代の阿呆が王城に飽き、一時期、この部屋に籠っていた時があってな」
「部屋の中は、それはもう唾棄すべきくだらない品々に埋め尽くされていますよ」
「複数の女を同時に喜ばせる為とほざいていたか」
「ええ、そうです。珍獣様、この部屋の中は広く、常時五十人程の女性が先代に侍っていました」
「国があれ程の汚職にまみれていたのに、」
「微塵も気に掛けずに女に溺れ、」
「他国の動きも察知できないばかりか、」
「先代宰相にいいようにされた挙句、」
「怒り狂った先代王妃に乗り込まれ、」
「非常に醜い修羅場を繰り広げてくれましてね」
「あの時、余はどうしてくれようかと思ったな」
「ええ、私もです」
そこまで会話を続けて二人がクツクツと嗤い出すのに、私は怖すぎて三歩ほど彼らから離れた。
なにこのホラーとは違った方向で怖すぎる権力者たち。
トリエス王国って、ちょっと大丈夫? 肝心なツートップの二人がストレス溜めすぎてない?
「お……おおぅ、そ、それは分かりましたし、本当に大変だったんですね、と同情を禁じ得ませんけど、あのあの、それよりなんで二人は剣を抜いて? 今、その必要が?」
「分からないか?」
「え? はい、さっぱり分かりません、私ってば」
「中から人の気配がするのですよ、珍獣様」
「それも複数」
「何をしているのやら」
「開けてみるか」
「それしかないでしょう」
陛下とルドルフさんが物凄く嫌そうな表情で、男性器に模した左右の持ち手を各々握り、引き倒した。
そして少しだけ扉を開き、その隙間から室内を三人で覗く。
「え」
「…………」
「…………」
視界に入れた光景に私は衝撃を、陛下とルドルフさんからは絶対零度のオーラが迸った。
怖すぎる!
陛下にクイッと後方に押しやられた。
その途端だ。
―――ガンッ!
そんな大きな音を立てて、陛下とルドルフさんの長い脚が、観音開きの扉を思いっきり蹴り飛ばす。
二人の恐ろしさに私は彼らの背後で固まった。
そして固まったのは私だけではなく、室内に居た人達もで―――。
「ひっ!」
「きゃあ!」
「へ、へ、陛下!?」
「閣下!? えっ、何故ここに宰相閣下が!?」
「いやぁ! なにか羽織るものを!」
「痛っ! 抜けない!」
「ど、どうしましょう! わたくしっ」
「どうしても抜けないっ!」
室内に居たのは、ざっと数えて四十人くらいの二十組。
蹴り飛ばされた扉が立てた衝撃音に一斉に此方を見た人達は、陛下とルドルフさんを視界に入れて阿鼻叫喚だ。
物凄く慌てふためいていた。
まあ、それも当然で。
何故なら室内に居た人達は、それぞれ行為に耽っていたのだ。しかも集団で。
「お……これって、向こうの世界でいう乱交パーティー? もしかして七不思議の呻き声って、喘ぎ声って事? えー…なんかガッカリ。それに独特なニオイが漂ってくるんですけど……ちょっと気持ち悪いかも」
ブチリという不吉な音が目の前からした。
陛下とルドルフさんだ。堪忍袋の緒が切れたようで、彼らが手にする剣がカチリと音を鳴らす。
陛下が私の視界を室内から遮るように動いた。
「小娘、お前の友達の手の者を呼んで来い。建物の外に出て直ぐに叫べ」
「手の者? あれらが彼女の前に現れたのですか?」
「ああ。頭痛がするだろう?」
「……そうですね」
「小娘、返事」
「はいっ! 私ってば直ぐに叫んできます! でも、テノモノさん、それで来てくれるのかなぁ?」
陛下の部屋じゃないし此処、と続けながら、くるりと乱交パーティー会場である室内から背を向けて小走りしようと足を踏みだした私に、ルドルフさんが「そいういえば」と話し掛けてくる。
「珍獣様、お聞きするのを忘れていたのですが」
「なんですか?」
「貴女はこの七不思議、誰から聞いたのかお教え下さいませんか」
そんなルドルフさんの当然といえば当然な質問に、私は元気良く頷いて、返答をする事にした。
勿論、少しでも彼らの怒りを和らげる為にだよ!
たった今、堪忍袋の緒が切れてたからさ! ブチリって!
「あ、今回の七不思議はですね、ヴィルフリートさんから聞きました! なんか今日はゼルマさんの誕生日みたいで忙しそうだったんですけど、わざわざ私の所に来て教えてくれたんですよね!」
親切ですよね! と言うと、陛下とルドルフさんの絶対零度のオーラを迸り続けていた体から、地獄の業火がドンと噴き出した。
「ヴィルフリートッ!」
「あの糞餓鬼がっ!」
怒髪天を衝くかの如くの二人の激怒っぷりに、私は狼狽えた。
「お……あ、あのあの、私ってば、テノモノさん、呼んできますね?」
「ああ、呼んで来い! ―――さて、ルドルフ、この者共をどうしてくれようか」
「そうですね。全員殺りましょうか。要りません」
「やはり、そう思うか」
「ええ。消しましょう、この世から」
「くっくっくっ…」
「ふっふっふっ…」
だから怖すぎるって!
トリエス王国ツートップの権力者の恐怖の大魔王っぷりに、私は直ぐさま逃走した。
暗い廊下をなんとか目を凝らして全力疾走して。
聖所である洋館な建物の外に出て、そしてオナカの底から大声を出す。
「テノモノさーん、出てきてぇ! 陛下とルドルフさんが呼んでまーす!」
私が叫んで、体内時計でおよそ三十秒。
僅かな物音も立てずに、目の前に五人の人間が集結する。
一人はお友達のテノモノさん。もう一人は御者さんで、あとの三人は見た事の無い男の人達だ。
御者さん以外は全員帯剣していた。
テノモノさんが口を開く。
「どうされました、珍獣様」
「あのね、陛下とルドルフさんが呼んでます。中で、えっと、男性器と女性器の装飾が施されている扉を開けたらね、四十人くらいの男女が、まあ色々とお楽しみ中だったみたいで、二人がめちゃくちゃ怒っちゃって」
私の説明に応えてくれたのは、これまで一度も会った事のない初対面な男の人だ。
「了解しました。珍獣様、貴女はこの後直ぐに馬車に乗り、先にお戻りください。二人を貴女につけます。我々三人は陛下の許へ向かいますので」
「え?」
「さあ、珍獣様、馬車に乗りましょう。私が同乗させて頂きます」
そう言いながら私を丁重な仕草で乗ってきた馬車へと促すのは、いつものテノモノさん。
御者さんが馬車の扉を開け、他の三人は洋館の方へと消えた。
「珍獣様、次の時にお渡ししようと思っていたんですが、貴女の好きな小説の続きを手に入れております。陛下の私室に戻り、それをご覧になられるのは如何でしょうか」
「それ、いいですね! ややっ、楽しみです! ありがとうございますね!」
小説の続き、というキーワードに気分が恐怖からウキウキに変わって、半ばスキップをしながら私は馬車に乗り込む。
対面に座ったテノモノさんから王都庶民の最新流行情報を仕入れつつ、馬車の走る振動に揺らされているうちに、私はそのまま眠ってしまったようだった。
翌朝、目が覚めると、私は陛下の寝台の上に居た。
陛下は戻ってこなかったのか、彼が寝た形跡は無い。
それに首を傾げた私の視界に、テノモノさんが枕元に置いてくれたと思われる小説の新巻が目に入り、私は「きゃあ」と喜びの声を上げながら本を開いた。
そんな私は知らなかった。
聖所が色々なものを巻き込んで炎上、焼失の情報にトリエス王城ヴィネリンス中が激震状態だったなんて。
そしてその情報が私の耳に入る事は、ついぞ無かった。
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陛下と私 ~小話~ 桂木翠 @sui_katuragi
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