長い題名の本についての彼の感想



第10章 陛下と私と夢の世界 の 珍獣が某国に攫われる前の小話です。



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 とある夜、陛下の寝台の上での事。

 陛下が比較的早めに仕事が終わった日は、一緒に夕食をとって、各々就寝準備が終わると、なんとなく習慣になりつつある就寝前の読書タイムに私達は突入する。

 陛下の部屋は外も内も静かな空間で、ペラリという紙を繰る音と、部屋の隅の銀の盥の中のウオちゃんが時折立てる水音くらいしか基本的にしない。

 そんな中、寝台にたくさん置かれている枕やクッションに背を預け、ペラリペラリとかなりのペースで紙を繰っている陛下に、彼と同じ姿勢でダラダラと本を読んでいた私は気になって声をかけた。


「陛下、さっきから何を読んでいるんですか?」

「これか? まあ、定期報告書といったところだな」


 陛下が目を走らせていた手元の報告書から視線を私へと移した。

 夜になっても澄んでいる彼のアメジストな紫の瞳に怠惰な私の姿が映る。

 私は何となくといった感じで、彼の手元を覗き込んだ。


「なんの報告書?」

「ガルダトイアの内情だ」

「あー…トリエスと物凄く仲の悪そうな国の。そんな国の報告なんて受けてどうするんですか?」

「何かの時の為に色々と知っておいた方がよいだろう? 備えあれば憂いなしといったところか」

「ややっ、そんな防災標語みたいな感じで言わないでくださいよ。あれ、この報告書の名前のエインズワースさん、前にも見たような?」

「ああ、大抵はこの者から受けているな」

「ふーん」

「そういうお前は先程から真剣に何を読んでいる」

「私ですか?」


 陛下に問われて、私は手にしていた本をジャジャジャーンと言いながら彼によく見えるように持ち上げた。


「私が読んでいる本の題名はですねぇ、『婚約破棄された元悪役令嬢で国を追放された私を今になって魔法っ娘属性の可愛い聖女なんて言わせない! これまで酷い扱いをされていたのに、すり寄ってきても相手にしないから! 今更なんて超遅いよね? 私の能力でお馬鹿王子も腹黒宰相もヘタレ公爵も脳筋騎士も年下魔術師も病んだ教師もモフモフ神獣も魔王も神様も獣人も妖精王もダークエルフも、みーんな私だけにキュンキュン! みんなで仲良く地獄界で激辛激熱干物クサーヤを作って暮らそうね! 喧嘩しないで? つよーい私は皆のも・の・な・の~♪☆♡』っていう本です」

「……題名が恐ろしく長くないか?」

「うーん、最近、トリエスの庶民の間で長い題名の本が流行っているみたいですよ?」

「……前から少し気になっていたのだが、城から出る事を許されていないお前が、いつも何処で庶民の情報とやらを手に入れる」

「え? ディルクさんのお友達のテノモノさんからですけど?」

「手の者?」


 形の良い陛下の黄金の眉が中央に寄った。

 彼はエインズワースさんからの報告書を寝台の上に無造作に放る。あまりに適当に放ったせいで、一部が寝台から滑り落ちて床に散らばった。

 そんな報告書のぞんさいな扱いに、一生懸命書いたであろうエインズワースさんが見たら絶対虚しくなるだろうなぁ、と思いながら、空いた陛下の手に私は持っていた題名の長い本を載せた。


「はい、テノモノさんです。最近、私もお友達になりました」

「……姿を現したのか? お前の前に?」

「はい」

「どういう状況で」

「え? ディルクさんとの会話でね、テノモノさんというお友達がその辺に居るっぽいって、なんとなく分かったから、呼んでみたんです。リーザたちが下がって暇だったのもあって」

「呼んでみただと?」

「はい」

「何処で」


 陛下の疑問に分かりやすく答える為に、私は其の場所に向かって指をさした。

 それに澄んだ紫の瞳が素直に指し示した先を追う。


「其処で。陛下の部屋のバルコニー、露台で。其処の窓を開けてね?」

「ああ」

「んでんで、ディルクさんのテノモノさーん、出てきてー、って。で、呼んでみたんですけど最初は出てこなかったので、私ってば泣いちゃうよ? テノモノさんに泣かされたって陛下に言っちゃおう! って追加で言ってみたらね、出てきました。テノモノさん」

「…………」

「それからですかね? 庶民の流行りのものを教えてもらうようになったんです」

「……ディルクはそれを知っているのか?」

「私は特に言ってません。テノモノさん、ディルクさんのお友達なんだし、必要なら向こうが言うのかなと思って」

「………………」

「ま、その話は置いておいて、この長い題名のお話、陛下も読んでみます? 内容は題名で一目で分かるし、いいでしょう?」

「……そうか? その長すぎる題名が?」


 手にしている私が読んでいた本に視線を落として、陛下がパラパラと中身に目を通しだした。

 彼の眉間の皺は未だ消えない。


「はい。自分の読みたいのが一発で分かって、いいじゃないですか」

「余には分からない感覚だな」

「えー…そういう陛下は、どういう題名が好きなんですか?」

「……そうだな。経済指、」

「無理!」

「…………人口統、」

「絶対いや!」

「………………国、」

「読まない! 絶対手に取りません、私ってば!」

「……っ、まだ、ほぼ何も言っていないと思うが?」

「え? 言ってますよね? 経済とか人口とか国とかもう論外ですよ! 壮絶につまらなそうじゃないですか!」


 本を開いて一秒で寝る自信があります、私ってば! と鼻息荒く続けると、陛下の黄金の眉が力無く下がった。


「経済、人口は……まあ、そうかもしれないが、国は先に何が続くか分からないではないか」

「えー…そうかなぁ? じゃあ、国の先に何が続くって言うんですか、へ・い・か!」

「国……そうだな、たとえばだ。国の北東に住む私はある日、容姿端麗な騎士様に出会ったの。その瞬間、私達はお互いに目が離せなかったわ。だからかな。その騎士様が私を強引に連れて行こうとするけれど、どうしたらよ―――」


 瞬時に私は盛大に全身を震わせて、両腕で自分自身を抱き締めた。


「きもい! きもすぎ! 超無理! やややややややや、そんな題名、陛下の口から聞きたくなかったです、私ってば!」

「っ! お前が好みそうなのを言ってみただけではないか!」


 いつも澄んでいる陛下の紫の瞳が、理不尽だという色を宿してギッと私を睨む。

 けれど私の震えは止まらない! 

 しかも、それに加えてだよ!

 私は陛下によく見えるように着ている寝衣の袖と、オナカも見せる為に裾を胸まで捲り上げた。


「きゃー、鳥肌! 陛下、見て見て見て! 私の腕、もうボッツボツ! ほらほら、オナカにも足にも鳥肌が! いやぁ! きゃあ!」

「…………っ」


 乱暴者でオコチャマな陛下が、憤りに持っていた私の本を自身の部屋の遠くへと投げつけた。









 それから私の体内時計で三十分くらい経って。

 寝台の上で二人して大量の枕とクッションに背を預けながら、陛下は引き続きエインズワースさんの報告書を、私は彼に先ほど投げられた本を読みながらポリポリしていた。

 陛下が読んでいた報告書を寝台の上に再び粗雑に放り投げる。


「……おい、小娘」

「なんですか?」

「お前は先程、歯を洗ったよな?」

「はい? 確かに磨きましたよ、歯」

「では何故、菓子を口にしている。それも余の寝台の上でだ! 食べ溢しているだろう! ボロボロと! 此処は寝るところだったと思うが!?」


 なんだか五月蠅く言ってき出した陛下に、私はうんざりな顔をしながら、口の中に入っていたお菓子をモゴモゴと咀嚼して飲み込んだ。

 手に付着した砂糖は彼の寝台の掛布で拭う。

 陛下の紫の瞳が物凄く嫌そうに歪んだ。


「えー…だって、小腹が空いちゃったから、今、食べたいし。それに歯はまた磨けばいいじゃないですか」

「そもそも、その口にしている菓子はどうした? 何処で手に入れた? 城で出されるようなものには見えないが?」

「あ、これですか? これもテノモノさんに買って来てもらいました! 庶民に人気のお菓子らしいです!」


 長い黄金の睫毛を震わせて、パチクリといった様子で陛下が瞬いた。


「…………なに?」

「なにって? テノモノさんに買ってきてもらっただけですけど。私ってば、庶民のお菓子が食べたかったから」

「…………」

「あ、そうそう。テノモノさんね、」

「……ああ」

「お金どうしよう、っていったら、要らないって言うんですよね。でも、そんな訳にはいかないじゃないですか、気持ち的に。私ってばさ、トリエスに来て結構な資産家になったけど、ヴィルフリートさんが派遣してくれた資産管理の人が全部やってくれて、私自身は今も現金を全く持っていないんですよね、結局のところ」

「そうだな? で?」

「だから、陛下の部屋の金目のものでもと思ってね? 陛下がいつも鍵をかけている小さな引き出しがあるじゃないですか。その中の黄金の四角い印章みたいな指輪を渡そうとしたんです。宝石とか特に付いて無いし、年季が入ってそうだし、所詮中古だしで、お菓子代くらいにはなるかなぁって。んで、それをね、テノモノさんに差し出したら、真っ青な顔で拒否されました」

「…………」

「あ、でねでね、陛下に言うの忘れてた! テノモノさんね、陛下にお願いがあるみたいで、鍵の場所も、大切な物の場所も把握してしまったので、早急な場所の変更をお願いしたいって。私ってば、陛下に今、伝えましたからね? ちゃんと変更しておいてくださいよ!」


 折角、私がそう伝えてあげたのに、陛下は眉間に皺を寄せて瞑目し、酷く疲れた様子で寝台の大量クッションの中に突っ伏した。



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