3.一件落着、そして

「はは…あはははっ!あははははははッ!」


 僕は馬鹿らしくなって笑いが止まらなくなった。


(ほんと、バカみたいだ)


 長い年月をかけて転移術式を用意して、異世界に飛んで、初めて目にした術式がこんなおもちゃの花火みたいな魔術とは。


「貴様、恐怖で気でも狂ったか!フン、だがもう遅い。貴様のような下賤な血は全て根絶やしにしてくれる」


「ごちゃごちゃ言ってないで早く撃てよ、その花火。受けてやるから」


 さっきまでうやうやしかった僕の豹変ぶりにジルヴェスターが驚くも、すぐに怒りの形相に変わる。


「はなっ…!私の火炎槍フレイムランスが花火だとッ!?貴様、もう許さんぞぉっ…!!」


 最初から許す気なんてなかったクセに。と思いながら眺めていると、顔を真赤にしたジルヴェスターが手を振り下ろす。


 ゴウッっと炎の槍が僕めがけて一直線に飛んでくる。確かに、一般人が食らえば消し炭になる程度の威力はある。


「死ねぇっ!」


 ジルヴェスターの一声と共に、炎の槍は僕に直撃する。大きな爆発音を上げ、僕の体は火炎に飲み込まれる。


「キャアアッ!」とどこかで貴族の令嬢が叫び声を上げる。いくら平民とはいえ、人が目の前で殺される現場を目撃すれば気が動転するのは仕方がないだろう。



「フン…平民め、貴族に逆らうからこうなるのだ。あの世で己の行いを悔い―――――ぃっ!?」



 僕はジルヴェスターの背後に周り、首元にナイフを突きつけた。ナイフがわずかに皮膚に食い込んで、血が少しずつナイフを伝う。


 ただの乱闘だと高みの見物をしていた周囲の貴族たちはパニック状態になり、慌てふためく。


 先ほどまで顔を真赤にしていたジルヴェスターが今度は紙のように真っ白な顔色になり、震えた声で口を開く。


「き、きき、きさまっ…なぜ生きて!こ、こんなことをしてただで済むと思うなよっ!!」


「おもちゃのような魔術とはいえ、貴方は私を殺そうとした。もちろん、殺される覚悟もおありでしょう?」


 ナイフを更に食い込ませ、耳元で囁く。


「僕は今、あなたのお粗末な魔術を見せつけられ、”これが本物の魔術だ”と発言されたことに非常に腹が立っている」


 ジルヴェスターの唇は青ざめ、歯がガタガタと震えだす。僕はさらにナイフを押し付ける力を強め、囁く。


「楽に死ねると思うなよ」


 僕がとどめにそう囁くと、ジルヴェスターの体がドサリと崩れ落ちる。白目を向いてよだれを垂らしている。完全に気絶したようだ。


 僕が地面に倒れたジルヴェスターを見下ろしながらこれからどうしようか考えていると、複数人のガシャガシャという足音が響く。


 ヘルメットで顔を覆い、フルプレートアーマーに身を包んだ騎士が二人、そして、金髪のミディアムヘアをたなびかせ、純白の制服に身を包んだ綺麗な女性が一人、こちらに向かってきた。


 フルプレートアーマーの騎士達が僕を視認すると、腰に提げた剣を抜き、こちらに突きつける。


「やめよ」


 金髪の女性が左手を上げて騎士達を静止させる。騎士達は同時に切っ先を降ろし、納刀した。


「ふむ。これはどういう状況か、説明してもらいたいところだが、まずは君の名を聞きたいね。そして、そこで寝ている惨めな貴族についても教えてくれるかな」


「僕の名前はレイヴァンです。平民です。入学試験を受けに来たら彼に絡まれたので、気絶させたのです。貴族に対してこのような行為は重罪でしょう? 処分は謹んでお受けします」


「貴族を気絶させた…?フッ――アッハッハッハッハ!面白い。面白い男だ」


 金髪の女性は面白くて仕方がないように笑い続ける。笑いが収まると、笑いすぎて浮かべていた涙を手で拭った。


「学院内で殺人事件が起きたと聞いて飛んで見れば、平民が貴族を気絶させていた――?実に結構。我が学院は完全なる実力主義。身分差は関係なく、実力のみで優劣を決する。故に貴族の特権はこの学院では認められない。たとえ入学前の者であっても、そのルールには従ってもらう」


 金髪の女性は周りの野次馬貴族たちを見渡すと、大声で怒鳴った。


「お前たち、見世物はこれで終わりだ!分かったらさっさと試験会場に行け!」


 怒鳴られた貴族たちはそそくさと学院の建物へと足を進めていった。


「よし。野次馬は消えたな。イレイスはそこで寝ている貴族を医務室に連れていけ。アンナは私と一緒にこの場に待機」


 片方の騎士がジルヴェスターを担ぎ上げ学院へと向かっていく。僕と金髪の女性、アンナと呼ばれた騎士だけがその場に残った。


「さて、レイヴァン。本来なら平民が貴族に危害を加えることは、どんな理由があれ反逆罪となる。しかし、この学院内では身分差は関係ない。よって君がしたことはただの正当防衛にすぎない」


「そうですか…良かったです」


「一部始終を見ていたものも多い。あとで詳しく調査するが、君の発言に間違いがなければ罪に問われることはないだろう」


 罪にならずに済んだ、と僕は胸をなでおろす。


「だが、君がどのようにして貴族を打ち負かしたのかは非常に興味がある。それに、平民で魔術学院の入学試験を受けられるほど財力のある者は限られる。だが、私はレイヴァンという名前をこの王都で一度も聞いたことがない。不思議だなぁ?」


(これは、まずい……)


 僕の背中に冷や汗が走る。この人、とんでもなく勘が鋭い。書類を偽造したことがバレたかもしれない。


「…王都に仇をなす不穏分子を排除するのが私の仕事でね。申し訳ないが尋問を受けてもらう」


 そういって、嫌になるくらい晴れ晴れとした笑顔を浮かべた。

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日本の魔術師、異世界に飛んで学園生活を送る ほしお @Hoshioon

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