2.ひと悶着
紗夜さんが調査して入手した「平民らしい服」を着て、日本にいた頃から愛用している黒いローブを上から被り、僕は魔術学院の正門をくぐり抜けた。
この世界で魔術は貴族の象徴とされているため、当然魔術学院も貴族が通う建物らしく絢爛豪華な作りになっている。僕はヨーロッパの建築様式に詳しくはないが、この世界の建物もそれとよく似ている。もし目隠ししてここに連れられたら、異世界ではなく海外旅行に来たのだと勘違いしてもおかしくない。
本当なら、この美しい学院で心ゆくまでこの世界の魔術の研究をするはずだった。もしかしたら、一緒に魔術を高め競い合う友人もできたかもしれない。
この世界で新たな体系の魔術を学び、四宮家を再興するはずだった。
―――そうする、はずだった。
(居心地、わっっっっる…)
全方位から向けられる敵意、悪意、好奇、嫌悪の視線。
「なぜここに平民が…!」
「ここをどこだと思っているんだ、薄汚いネズミめ」
「ちょっと、誰か衛兵を呼んで頂戴。平民が紛れているわ」
僕を中心にがやがやと喧騒が広がる。
この世界で貴族として認められるには、王族に功績を認められ、貴族位授与式を受ける他ない。貴族として認められたものは自身の魔力量や属性に応じて様々な形の紋章が体に刻まれるそうだ。
この紋章に何一つ同じ模様はなく、王族がすべての貴族の紋章を管理しているため、偽造は不可能なのだ。
(王族を操って僕に紋章を付けさせる方法も考えたけど、もし魔術が無効化されたり抵抗されたら終わりだ)
幸いにも魔術学院は平民でも受験することは可能なようで安心した。ただ、受験料や授業料は貴族でないと払えないレベルの額なので実質不可能なようだ。
(つまり平民同士で仲良くすることもできない。完全に一人ぼっちってことだ)
多大な不安を抱えながら試験会場へ向かっていると、赤い布地に金色の刺繍が施されたマントの男が仁王立ちしているのが見えた。明らかにこちらをじっと睨みつけている。
(気づかないふりをして通り過ぎよう…)
「待て」
通り過ぎようとするが、呼び止められる。その声と同時に先ほどまで僕の周囲の喧騒がピタリと静まる。それに驚いて、つい僕も歩みを止めてしまう。
「はい。なんでしょうか?貴族様」
僕がそう答えた瞬間、赤いマントの貴族の”魔力”が全身から噴き上がるのが分かった。顔に青筋を浮かべ、こちらを射殺さんばかりに睨みつけている。
この世界の魔力も地球とあまり違いがないようだ。と、非常にまずい状況なのにも関わらず僕は淡々と分析を始めてしまう。
(すごい。これがこの世界の魔術師か。魔力量はそれなりにあるようだけど、魔力を体内に巡らすんじゃなくて、ただ大気中に魔力を発散させてるだけだな。魔力がもったいないぞ。それとも魔力を大気中に発散させることは魔術発動のトリガーなのか?だめだ。そもそもこの世界の魔術の基礎を知らないんだ。考えようがない)
「なんでしょうか、だと……?貴様、ここがどこだか分かっているのか……?ここは我らが王国の魔術の聖地だ。貴様のような平民が足を踏み入れていい場所ではない!殺されたくなかったらとっとと失せろッ!」
僕が頭の中でぐるぐると思考を巡らせているとはつゆ知らず、貴族は吠えんばかりに叫ぶ。周囲の貴族たちも足を止め、野次馬のように僕と赤いマントの貴族の成り行きを見守っている。先ほどまでの喧騒はひそひそとした話し声に変わった。
「ブレジナント家のジルヴェスター様だ。今年から学院に入学されるのだったな」
「あの黒いローブの平民、終わったな。殺されてもおかしくない」
「よりによって貴族至上主義のジルヴェスター様に目をつけられるとは運のない男だ」
どうやら、この赤いマントの貴族はジルヴェスターというらしい。周囲の貴族が名前を知っているということは、かなり上位の貴族だと予想される。
本当に面倒なことになったようだ。
とにかく、誠意を見せるしかない。魔術に対する向上心を示せば許してくれるかもしれない。そう思い、僕は口を開いた。
「申し訳ございません。ですが私は魔術を探求したくこの学院に参ったのです。平民でも入学資格は認められております。入学試験を受けずに帰ることはできま――」
「ふざけるなッ!!」
怒号が響き、僕の声が遮られる。僕は「だめだったか」と心のなかでため息をついた。
「魔術の力は貴族の象徴であり神聖な力だ!薄汚い平民が触れていいものではない!!……もうよい。おとなしく逃げ帰れば許してやったものを。貴様はここで私が裁きをくれてやる」
そういって、ジルヴェスターはより一層魔力を放出する。赤いマントと同じ、真っ赤な炎のような魔力がめらめらと勢いを増している。
(くそっ、攻撃が来るっ!)
僕は急いで魔術防壁プログラムを作動させる。魔力神経に魔力が流れ、魔術回路が体表面に形成される。様々な強度、硬度の魔術防壁を五層に重ね合わせ、なおかつ発動から術式完成までが0.05秒以内に収まるように開発した僕の自慢の魔術だ。斬撃や爆発、ライフル弾でさえも防ぐことができる。問題はこの世界でそれが通用するかだ。
(さあ、来いっ!――――)
「赤き魔力よ 吹き上げ 飲み込む 火の具象よ 我の祈りに応え 敵を貫く その力をさせたまえ
(………………あれ?)
詠唱をしたジルヴェスターが空に左手を掲げると、左手から炎が吹き出し1メートル程度の炎をまとった赤い棒のようなものが現れる。周囲からは「おおっ!」と驚きの声が聞こえる。
「………え?」
僕は唖然とした。あまりにも稚拙な魔術だからだ。
そもそも、対人戦闘で敵の前で詠唱をすることがあり得ない。詠唱は言の葉で魔術を構成する方法だ。完成途中の魔術なんて、いくらでも他者が介入できる。敵に魔術の制御をコントロールされ、その場で暴発させられて死ぬのがオチだ。
(…ははっ。防壁展開して損した。平民だから、舐められてるんだな。じゃなきゃこんなクソみたいな魔術使うわけ―――)
「どうだ、平民。今、平伏して命乞いをすれば、苦しみなく貫いてやろう。これが”本物の魔術”だ。貴様のような平民は手にできぬ力だ」
は?
(今、なんて言った?)
”これが本物の魔術だ” って言ったのか?このチンケな魔術で?
四宮家の長男として生まれてきて、十八年間。普通の友達と遊ぶ事もできず、ただ魔術の研鑽に明け暮れた日々がフラッシュバックする。
頭が怒りで爆発しそうだ。
(……それは、生まれてから今まで、休む間もなく魔術を究めてきた、僕への―――――侮辱だ)
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