アカギツネの求めていたほっこりと胸に染みるうどん

ぴこたんすたー

彼女らが愛したうどん

「ねえ、お母さん。こんな話覚えてる?

アタシね、将来は優秀なお医者さんになってね、病気で困っているキツネ達の助けになりたいんだ」


 床に無数に転がっている空のきつねうどんのカップ麺に目をやりながら、アタシはお母さんに自分の想いを伝える。

 そんなお母さんは幸せそうな顔をしていた……。


****


 アタシの名前はテリア。

 あらすじの流れからご存じの通り、アタシは人間ではなく、アカギツネのおんなギツネだよ。


 ここは人里離れた北海道の山の中。

 アタシがこの場所で生まれてから一年が経つ。

 人間というところの17歳という頃かな。

 アタシってば人間で言うと華も恥じらう女子高生の歳というやつ。


「お母さん、今日も学校に行ってくるね」


 アタシは布団に横たわるお母さんに一言告げて、黒い冬のセーラ服に膝より短い同色のスカートを履いた人間の姿に化ける。


 くせ毛のゆるまきパーマがかかった長い茶髪に変装したどこから見ても見事な女子高生。

 綺麗な顔立ちで胸もそれなりにあり、スタイルも抜群。

 背が低いのが少し気にさわるけど、今日も理想の女性像だね。


「まあ、こんなもんかな。上出来~♪」


 ちなみに冬場にスカートは堪えるので、下に何かを履かないと身が持たない。

 アタシはその対策として近所の女子学生がこぞってやっている黒いタイツを履いていた。


 これを着けるだけで寒さの感覚が断然違う。

 毛皮のない人間の知恵にしては中々やるよね。


「テリア。そんな破廉恥な格好でどこに行くの……ごほごほっ!」

「もうお母さん、無理に起きないで。今日もお薬をたくさん貰ってくるから。それに学校って言ったでしょ」

「すまないね。歳のせいか、最近は耳も悪くてねえ……」


 お母さんは近所の仲間の話からすると、昔から体が弱かったらしく、アタシを産んでから、一向に体調が弱くなったらしい。


 今では毎食後の服薬をして、ひたすら眠り、動くといえばこうやってアタシが出かける度に声をかけてくれるくらい。

 病弱だけど、アタシが産まれた時からとても優しく、美人で品のある自慢のお母さんだ。


 でもアタシのお父さんは物心がついた時から既にいなかった。

 この世に生を受けたアタシをどうするかの意見の食い違いになり、結局は別れてしまったらしい。


 それ以来、お母さんは元お父さんと一緒に老後に蓄えていた貯金を切り崩しながら、アタシと二人で暮らしている。


「じゃあ、帰りは夕方になるから。何か食べたい物でもある?」

「きつねうどんと言ったら変でしょうかね?」

「何、お母さんキモい。仲間同士で共食いとかするわけ!?」

「いえ、最近の人間の世界では油揚げの入った赤いきつねというカップ麺のうどんがブームらしくてねえ」


 その情報源はどこから来るんだろう。

 お母さんの頭の毛は別に逆立ってなく、テレビやラジオとかの電波なアンテナ線も付いてないし……。


「分かった。学校帰りに買ってくるね」


 北海道の冬は期間も長くて、寒さも順丈じゃないけど、人間による伐採の場所があまりなく、キツネ達にとっても棲みやすい。


 アタシは銀世界の外模様に心を踊らせながらフカフカな雪の上を歩く。

 雪に負けじまいと鈍く光る八重歯を口からはみ出せながらも上機嫌なアタシ。


 久々にお母さんの食べたい物が聞けてとても嬉しかったから。

 アタシってばとても単純な性格だよね。


****


「恋人や家族に愛を深める証として、一輪の薔薇ばらはいかがですか」


 アタシは草の編みかごに入った大量の薔薇を売るために寒空の路上を歩いていた。


 学校に行っているなんて嘘だ。

 本当はこうやって一日の大半をバイトで過ごして、日給というおこぼれを貰う。


 この稼いだお金でドラックストアという小洒落たお店でお母さんの薬を買う毎日だ。


 人間とは奇妙な生き物だよね。

 こんなに高い額のお金で薬を手に入れたって、重い病を患った者には一時しのぎにしかならないのがほとんどだから。


「おっ、ハロー。いつもの可愛いJKちゃんじゃん。今日も花売ってるの?」

「遊んでいそうなギャル系の見かけによらず真面目だね。今度どこかで遊ばない?」


「薔薇を買ったら考えてもいいですよ」

 

 女子高生の服装をしているのも理由がある。

 こうやって制服姿で短いスカートをひらつかせると、下心で近づく男からたくさんのお金を貰えるから。


 人間界で言う食わせもので貢ぎ物とはまさにこのことだね。


****


「あーん? 赤いきつねうどんという食べ物が欲しい? 手莉愛てりあちゃんが食べる前提じゃないんだな?」

「もしかして彼氏の仕業か。こんなべっぴんでか弱い女の子にパシリとかさせやがって!」


 パンチパーマの男二人がお互いに顔を見合わせ、ブツブツと文句を吐いている。

 何となく顔つきが似てるから兄弟なのかな。


「まあ、確かに好きな人からのパシリとも言うね」

「くそー、自己中な命令にも関わらず、素直に言うことに従うこの有り様。彼氏、羨まし過ぎるぞ!!」


 男達がアタシの体をジロジロと見ながら不平を漏らす。


「それよりキツネのうどんのありかなんだけど?」

「そんなんお店に行ったらたくさん置いてあるって。手莉愛ちゃん御用達のドラックストアにも探せばあるぜ」

「でもまあ、それよりもお金が必要だな」

「だな。盗むわけにはいかねえし」

「よし、分かった。俺達にその花をくれ」


「二人ともありがとう」


 アタシが可愛くウィンクすると秒殺で耳を赤くするピュアな二人。


「ああ、もう死んでもいいや」

「いや、そうなったらもう会えないだろ」

「あーあ、俺がもう少し早く生まれていればな……」 

「いっそ、漫画みたいに転生できたらいいのにな」

「はははっ、そううまい具合にいくかよ」

「確かに。憎まれ役のゴブリンとかになったら嫌だしな」


 アタシのことを潔く? 諦めた二人組の男は花を一輪ずつ買い、遠くの景色を眺めていた女性の方へ歩いていた。


「へい、ガール。お前に似合いそうな物を買ってきたぜ!」

「あはは。そのゴツい人相で薔薇なんてウケるー」


 何だ、向こうもちゃっかりと彼女持ちじゃん。

 お互い、相手を信じてお付き合いをしてるんだから浮気は駄目よ。


****


「帰ったらお母さん喜んでくれるかな」


 行きつけのお店のレジ袋に山盛りに入っている例の赤いきつねうどん。

 その名の通り、赤い蓋で閉められたお茶碗のようなデザインの中には、キツネの好物という油揚げが入っているとのこと。


 店員さんは熱湯を注げば3分でできると言っていたけど、それじゃあ、いつも食べるカップ麺と変わらないよね?


「まあいいか。アタシの分も買ったから先に味見(毒味とも言う)をしてみればいいことだし」

「さむっ……それよりも早く帰ろう」


 夕焼けのかかった雪空の下、女子高生の姿のまま、お母さんの家路へと急ぐ。


 もうじき、辺りは暗闇に染まってしまう。

 そうなると一人では食事もできないお母さんのことが気がかりだった。


 お母さんがお腹を空かせて待っている……。


****


「ねえ、お母さん。聞いてる?

アタシはね、お医者さんになってね、病気で困っているキツネ達の助けになりたいんだ」


 無事に帰宅したアタシは床に転がっているきつねうどんのカップ麺に目をやりながら、お母さんに将来の夢を伝える。


 キツネとしてではなく、人間として人の役に立ちたかった。

 そんなアタシの話を聞いていたお母さんは幸せそうな顔をしていた。

 屈託もない安らかな笑顔で……。


 お母さんのベッドわきには汁を吸って伸びきったうどんの入ったカップ麺がある。

 中身はほとんど手をつけられていない。


 お母さんはスープも舐めずにうどんを一本食べただけ。

 もう食欲もわかないくらい弱っていた。


「テリアなら立派なお医者さんになれるわよ。毎日頑張って学業に専念していますし。だから自分を信じて……」

「お母さん、それは嬉しいんだけど、うどん美味しかった?」

「ええ、心の底から温まったわ。いつもお気遣いありがとうね……」


 それを最後にお母さんは寒いせいか、暖かい布団に身を寄せた。


****


 数日後、お母さんは静かに息をひきとった。

 病気のせいもあったかも知れないけど、寿命も近かったらしい。


 野生のキツネの寿命は人間と比べて短く最長でも7年。

 6年も生きてきたお母さんは奇跡なうちに入るとか。


 咳で苦しみながらも最期までアタシを気遣ってくれたお母さんには感謝しかない。

 

 アタシはそんなお母さんの励ましを胸に秘め、キツネのテリアから手莉愛と名前を変え、後に独学のやり方ではなく、奨学金制度を利用しながら大学まで通い、必死に医者としての勉強をした。


 その努力の甲斐があり、獣医になったアタシは海外を転々として、たくさんの命に関わりを持ってきた。


 中にはお母さんのように救えない命もあったけど、最期は幸せそうに眠っていった。


 そんな忙しい人間生活の中、キツネの姿に戻ることを忘れ、大人びた人間と化したアタシは夜勤明けでスーパーで箱のケースごと買いだめをしていた赤いきつねうどんを食べながら思う。


 キツネにしろ、人間にしろ、生きるって当たり前のようで大変なことなんだなと……。


****


『──拝啓、お母さん。

 いかがでお過ごしでしょうか。

 今日も大空から頑張っているアタシを見守ってくれていますか』


『アタシは患者さんの生きたいという夢を叶えるために生きて、今日も明日も自分自身とたくさんの命にまっすぐに向き合っていきますよ。これからも応援よろしくお願いいたします』


『アタシの大好きなお母さんへ……。

お母さんのかけがえのない宝石の一部でもあるテリアより』


 ──6年後、北海道の山中で材木業を生業としていた近辺の住民の異臭騒ぎにより、山中に放置された迷彩色の狭苦しいテントから、カップ麺の赤いきつねうどんの大量の空容器と一緒にこの一通の手紙が発見された。


 飼っていた人間の姿はなく、近くにいたのは老衰により亡くなり、白骨しつつあった一匹のメスのアカギツネのみ。


 近所をくまなく捜索しても、この手紙の差出人の『テリア』と名乗る人物は見つからなかった……。


 Fin……。


 

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アカギツネの求めていたほっこりと胸に染みるうどん ぴこたんすたー @kakucocoro

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