第14話 次なる目的の地へ
月明かりが差し込む廊下。
そこを走る3人の影。
赤い絨毯が敷かれ、城の内部であるような他とは違う造りの屋内。
どこか見たことのあるような場所をただひたすらに走っている。
視界に映るのは先を行く男と、隣を並走する女。
彼らの表情は険しく見える。
走り続けた先。廊下の奥に見える大扉。
先を行く男が大扉を開けた。
直後に何かが高速で飛んでくる。
それは隣の女目掛けて飛んで――。
女を庇った男の腹部を貫通した。
叫びながら、男の名を呼ぶ。
隣の女は呆然としていた。
何度も何度も名を呼ぶ。
誰の名を呼んでいるのかもわからず、ただ叫んでいた。
□
飛び起きる様に目を覚ます。
部屋の窓からは陽の光が覗かせていた。
宿の一室。どうやら、宿に帰って早々眠りについてしまったらしい。
(――今のは、夢?)
先程まで見ていた夢。
何を見ていたかも曖昧だが、良い夢でなかったのは確かだった。
(なんだか、嫌な夢を見た気がする)
思い出せないもやもやを抱えながら、ファルドはベッドから起き上がる。
窓際まで歩き、外の様子を眺める。
晴れた空の下、昨日と変わらない賑わう街並み。
昨日はレクスに夜の楽しみ方を教えてもらい、少しは英気を養った。
だが、肝心の目的を達成していない。
(今日こそは港町までの足を確保しないと)
国王の話によれば、レクスの探す呪術師はすでにこの国を去り北へと向かったそうだ。
そうであるならば、これ以上足止めを食らっているわけにもいかないだろう。
「よし、頑張ろう!」
気を引き締めなおし、身支度を終わらせる。
部屋から出て宿屋の1階に下りると、隅のテーブルで優雅に茶を飲むレクスの姿が見えた。
「おはよう、レクス」
「よ、起きたか。今日も一段と気持ちの良い朝だな!」
無駄に上機嫌なレクス。
昨夜にあれだけ騒いだというのに、それほどの元気が残っている事に驚く。
「昨日あれだけ飲んだのに随分と元気だね、レクス」
呆れ気味にファルドが言う。
「逆だ逆! あんだけ飲んだからこそ元気にいられるんだっての!」
その表情は、まるでわかってないとでも言いたげな様子だ。
実際、そこまで元気でいられる理由がわかっていないので何も言えないわけだが。
そこで、ファルドは昨夜の出来事を思い出す。
「そうだ、昨日オリヴィアが来たんだ」
「騎士女が? 一体何の用で?」
「騎士団長に言われて、僕たちと一緒にエイラルまで同行することになったんだってさ。今日改めて会いに来るみたいだよ」
レクスは少し考え込むような表情を見せる。
「まあ人手が多いことに越したことは無えが、騎士団長様も良く許したもんだな。あいつも一応この国の騎士団員様だろうに」
「なんでだろうね。王女のお使いを頼んだから人手だけでもって事だったりして」
「なるほどな、そういう」
「レクスさ~ん、お客さんがお見えだよー!」
話を遮って、宿屋の店員の声が響いた。
「噂をすればご本人ってか」
「待たせるのも悪いし早く行こう」
2人は席を立って店員のもとへ。
店員は宿の外を指さし、ファルドたちは入口へ向かう。
宿屋を出て辺りを見渡すと、入り口の側に置かれたテーブルに目的の人物が待っていた。
「えっと、おはよう。オリヴィア」
昨夜の事を思い出し、少しぎこちない挨拶になってしまったファルド。
そんなファルドを気にするそぶりも見せずに、彼女は淡々と言葉を返す。
「ええ、おはよう。2人とも思ったよりも元気そうね」
「当たり前だろ、オレはいつだって元気で明るい男なのさ」
「それもそうね、昨日も随分お楽しみだったんでしょうから」
淡々と返しながらもどこか棘のあるような口振りだ。
レクスも流石に気が付いたようで。
「え? なんでお前が知ってんだよ?」
「レクス、オリヴィアに会ったのはあの店の前なんだ……」
「まじ?」
ファルドの言葉に、レクスは瞬時に理解したらしい。
あの店の前で出会ったということは、2人が昨日何をしていたかを知っているわけで。
「ま、知ってたって別に構わねえか。お前には全く関係ない話だもんな」
「そうね。貴方たちがどこで何をしようとも貴方たちの勝手だから。だけど、それでトラブルに巻き込まれて私を巻き添えにするのだけはやめて」
「そんな事にはならねえから安心しとけ」
根拠のない自信に、オリヴィアがため息を吐く。
レクスの根拠がどこから来るものなのか、オリヴィアがため息を吐くのもわかると共感していると、レクスが何かに気づいたように口を開いた。
「ところで……なんでお前、あんな通り歩いてたんだ? 知ってる奴ならあの通りを女が通ることねえはず――」
その言葉に、オリヴィアは目を背ける。
彼女の様子に異変を感じたレクスが口角を上げた。
「ははーん? お前、もしかして知らずに通ったのか?」
にやにやと口角を上げたままのレクス。
彼をちらりと見て、彼女はすぐにまた目を背ける
「……しつこいくらい男の人が言い寄ってくるとは思ってたけど、まさかああいう場所だとは思ってなかったの。知ってたら別の道を通ってたわ」
今度は顔ごと背けてしまうが、彼女の耳は少し赤く見えた。
「へえ、王都の騎士団員様も随分と初心でいらっしゃるようで!」
ここぞとばかりに茶化し続けるレクスに、オリヴィアは何も言えず。
「くっ……!」
耳どころか顔まで赤くなっているようだった。
「ま、まあそのくらいにしておこうよ。それで、昨日言ってた同行するって話だよね?」
見かねたファルドが助け舟を出す。
彼女はこほんと咳ばらいをして、ファルドの問いに答えた。
「え、ええ。貴方たちが王城を出た後、エルネスタ様が騎士団長に交渉したそうなの。私を手伝いで同行させたいって話」
「王女が直接ねえ」
「それで、騎士団長から直々に貴方たちを手伝うよう命令を受けて、今に至るわ」
先程まで楽し気に茶化していたレクスの表情は真剣だった。
「そういう訳で、私も貴方たちの旅にもう少しだけ同行させてもらうから」
オリヴィアの説明を受け、レクスがしばし黙り込む。
考えがまとまったのか、閉じていたレクスの口が開く。
「ま、人手は多いに越したことは無えし、戦力としても申し分無えだろ」
穏やかな表情で告げる。
彼の言う通り、人手としても戦力としてもオリヴィアは申し分ない存在だとファルドも考えていた。
「僕としても、オリヴィアに来てもらえるなら嬉しいよ。これからよろしく!」
2人の肯定的な返事を受け、オリヴィアの表情が少し緩む。
「……良かった、受け入れてもらえて。正直、受け入れてもらえなかったらどうしようかと思ってたの。無理やり貴方たちに同行する形になってしまうから」
「受け入れないなんてありえないよ!」
不安を抱えたまま会いに来ていたオリヴィアに驚きつつも、ファルドの口は勝手に動いていた。
自らの不安を瞬時に否定されたオリヴィアが困惑した表情でファルドを見つめる。
オリヴィアの抱えた不安は全く無意味だ。
なぜならば、ファルドにとって彼女は人手としても戦力としても十分である以前に。
「だって、僕らはもう友達じゃないか。しかも一緒に戦った仲間みたいなものだし、拒むなんてありえないよ」
一瞬驚いたような表情を浮かべたオリヴィア。
だがすぐに穏やかな顔で笑みを浮かべていた。
「ファルド……」
「ま、そういうこった。よろしく頼むぜ、騎士女!」
「貴方って本当に人の名前を……」
相変わらずなレクスの様子に呆れたように言葉を発する。
「――でも、ありがとう。私も、また貴方たちと同行出来て嬉しく思うわ。もう少しの間、よろしく」
ファルドたちと視線を合わせながら、優しい微笑みを浮かべたオリヴィアが言った。
その表情にファルドたちも思わず微笑みを浮かべる。
「さてと、話も纏まったことだしな! 早速探しに行こうぜ!」
「そうだね、早く見つけないといつまで経っても辿り着けないからね……」
「? 一体何を探しに行くの?」
話についてこれていないオリヴィアが質問を投げた。
ファルドとレクスは顔を見合わせ、申し訳なさそうに口を開いた。
「……馬車」
「……馬車?」
「そう、つまりは港町までの脚だな!」
「嘘でしょう……」
オリヴィアの視線が突き刺さる。
まるで信じられないとでも言いたげな表情でファルドたちを見ている。
「ま、まあすぐに見つかるよ! 今日はそんな気がする!」
まったく根拠のない発言で精一杯の強がりを見せる。
オリヴィアの表情はまったく変わらない。
「王女様に頼んで港町までの馬車用意してもらうこととかできねえのか?」
(その手があったか! 流石はレクス!)
レクスの機転に感心したファルドだが、その希望はすぐに打ち砕かれる。
「できるとは思うけど、貴方たちが用意してあると思っていらないって言ってきちゃったわよ……」
(そうだよな、普通はもう足を見つけてると思うよな……)
「……ま、何とかなるだろ! よーし、相棒! 片っ端から声かけていこうぜ!」
「これから先が不安だわ……」
その後3人は中央通りを中心に馬車を探し、日が暮れる前に何とか馬車を確保した。
行き先は王都より西にある港町フォーリル。
北部のエイラル地方まで定期便が出ている港町である。
彼の物語はまだ始まったばかり。
夢見た大空へ飛び立った行く末は、誰にもわからない。
だが、その空の先。飛び立った道の先には夢見た景色が広がっている。
そう信じながら、彼は歩み続ける。
□
ファルドたちを乗せた馬車が王都を出立していく。
その様子を覗く男の姿が、遠い崖上にあった。
「……」
学者のような出で立ちの男は手に持った分厚い本を抱え、遠く米粒ほどの馬車の行く先を見つめている。
「3人か……」
そう呟いた男が書物を広げる。
「この間の反応は、きっとあの子の物だね。うん、しっかりと刻まれている」
白紙だったページに、文字が浮かび上がっていく。
うっすらと浮かんでいた文字が徐々にはっきりと現れ、文章が刻まれる。
「『未だ小さき希望の灯』か、なるほどね。まさかこの時代でもその名を目にするとは思わなかったけど」
笑みを浮かべた男がそっと本を閉じる。
「共に行くのは……『灼熱業火』の加護。これもまた運命なのかもしれないね」
風で煽られる帽子を押さえながら、空を見上げる。
「彼の道行きがどこへ向かっていくのか、少しだけ気になるかな。彼らと共にどんな運命を歩んでいくのか、見ものだね」
踵を翻し、男はその場から去っていく。
「もう僕には関係のない話だけど、期待しているよ。生まれたばかりの小さき神子よ」
一陣の風が吹く。
男の姿はもうどこにも無かった。
次章 悪魔と呼ばれし君
英雄の歩み方 はるば @haruba1985
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