第13話 悪いことをしている気分


「お、王女!?」


 ファルドたちの目の前に座る王女――エルネスタ。

 少女はファルドの反応に笑みを浮かべている。


「これはこれは、王女殿下であったとは本日も麗しく――」


 目の前の人物が王女と分かると同時に、レクスは王族対応へと切り替えていた。

 だが、そんな切り替えも王女には見抜かれているようで。


「レクスさん、取り繕う必要はありません。オリヴィアから貴方がたの事は聞いていますので、どういう人物なのかはある程度知っていますわ」


 にこやかに告げる王女に、レクスの表情は陰りを見せる。


「……そうかよ、ならオレも普通にいかせてもらうが。どういう了見だ?」


 一瞬で雰囲気が変わった。

 そんな彼の言動に、オリヴィアが口を出す。


「レクス、貴方……!」


「やめてオリヴィア!」


 恐らく、王女に対しての振る舞いを咎めようとしたのだろう。

 だが、王女地震にそれを静止される。


「それで、レクスさん。どういう了見とは?」


「一国の王女が、得体の知らない旅人を部屋に招き入れるなんて考えられねえだろ。いくら騎士団の情報を聞いてたとしてもだ」


「つまり、何か裏があるんじゃないかってこと?」


「何の狙いがあってオレたちを呼びつけたかは知らねえが、悪事に手を貸すつもりは無えぞ」


 レクスの鋭い視線が、王女に向けられる。

 そんな視線も彼女はまったく気にしていない様子で、笑みを浮かべ続けている。


「それを気にされていたんですね! それでしたら何も問題ありませんわ。私、オリヴィアに話を聞いてからずっと思っていたの! ねえ、私のお友達になってくださらない?」


「……あ? 何だって?」


「……友達?」


 一瞬時が止まったように思えた。

 それほど意表を突かれた発言だったのだ。


 レクスでさえ、王女の発言に唖然としているように見える。


「私ね、王女だからって皆と違う接し方をされてきて、お友達と呼べる人が少ないの。だから、年齢が近い人とお友達になりたいと思って!」


 やはり聞き間違いではなかった。

 彼女は、ファルドたちと友達となるために部屋へ招いたらしい。


「僕たちをここに呼んだのも、そういう理由で?」


「ええ、エルネスタ様からどうしてもと言われたの。盗賊討伐の話をしたら貴方たちを気に入ったみたいで……」


 ファルドの問いに、オリヴィアが答える。

 どこか申し訳なさそうな彼女の隣で、にこやかに笑う王女。


「そういうことなので、お友達になってくださる?」


 ファルド自身意表を突かれたものの、冷静に考えれば王女の話に乗らない理由が見つからない。

 今まではラミール村の中だけが彼の世界だった。

 友達と呼べるような存在も、ベルタだけ。


 そんな世界から羽ばたいて、広大な世界へ飛び出したファルドにとっての友達はほとんどいない。

 であれば、友達が増えることになんの抵抗があるだろうか。


「僕はむしろ歓迎だよ。僕も田舎から出てきたばかりで、友達と呼べる人はほとんどいないし」


「まあ、嬉しいわ! ありがとう、ファルドさん! レクスさんはどうかしら?」


「……」


 投げられた言葉に、レクスはただ黙って王女を見つめている。

 その表情はどこか怪訝そうに見えた。


「レクス?」


「ま、いいぜ。国の王女様からのお願いだからな、断れるはずねえさ。それに、こんな美人のお願いを無下にはできねえ」


 いつものような調子で、王女の提案に乗るレクス。


「お上手なのね、レクスさんって! でも良かった、お友達が2人も増えるなんて嬉しいわ!」


 レクスの口説き文句をさらりと流す王女。

 

「貴方たちのお話をたくさん聞かせてほしいところだけれど、駄目ですね。もうこんな時間」


 そう言って、王女は窓の外を眺める。

 外はもう暗闇に包まれており、月の光だけが地上を照らしていた。


「エルネスタ様、また後日にしましょう。もう夜も更けてきています」


 オリヴィアが窘める様に話すと、王女は残念そうに肩を下す。


「そうですね、残念だけれど……そうだわ、1つだけ。どうかお願いを聞いてくださるかしら」


 何かを思い出したかのように、話を続ける。


「友達になるって事じゃなくて?」


「はい。実は、ある物を取ってきてもらいたいのです」


「ある物? それってどんな物なの?」


 ファルドが投げた問い。

 それに返ってきたのは思いがけない偶然で。


「この国の北――エイラル地方と呼ばれる場所があるのはご存じですか? その場所のどこかに生えるというエイラルの根を取ってきていただきたいのです」


 思わず「え」と言葉に出してしまうファルド。

 レクスは黙って話を聞いているようだった。


 これから向かう目的地。というより、目的の物でもある。

 それを王女が欲しがっているというのは何という偶然だろうか。

 

「それなら丁度良いかも。僕たちもこれからエイラル地方に向かうところだったんだ」


「まあ、本当ですか! それでしたら是非、お願いいたしますわ!」


「わかった。探してみるよ」


「……」


 快く受け入れたファルドとは裏腹に、ただただ黙って王女を見つめるレクス。

 そんな彼に違和感を感じながらも、ファルドは何も言わなかった。


「エルネスタ様、そろそろ……」


「そうですね、あまり引き留めてしまっても申し訳ないものね。それでは、ファルドさん、レクスさん。また来てくださいね!」


 ひらひらと手を振る王女に挨拶し、部屋から出ていくファルドたち。

 

「ファルド、城門まで送っていくわ」


「ありがとう、お願いするよ」


 城門までの道のりがわからないだろうと察してくれたのか、オリヴィアが道案内を買って出てくれる。

 彼女に甘え、城門まで案内してもらうことになった。


 オリヴィアに先導され、来た道を戻っていく。

 1人では恐らく迷子になってしまう迷路のような道を進み続け、ようやく見たことのある廊下へ辿り着いたところで、レクスに声をかける。


「レクス、さっきから黙ってどうしたのさ」


 王女の部屋を出てから、何かを考えこむように黙っていたレクス。

 ファルドの問いかけに、レクスが反応するが。


「……いや、何でもねえ」


 また、考えるような表情に戻る。


「エルネスタ様の無茶なお願いに思うことがあるのなら、私が謝るわ」


「別にそういうわけじゃねえさ。騎士女も王女さんとは仲良いのか?」


「……良くしてくれていると思うわ。ただ、年齢が近いからって理由でしょうけど」


「お前ももしかして手を焼かされてる側か?」


 レクスの問いに、オリヴィアは何も答えない。

 それは最早答えだった。


「……」


「ま、そりゃそうか。お友達を連れてこいなんざ言われてんだもんな」


「オリヴィア、結構大変なんだね」


「言わないで……」


 それからすぐに庭園へ着き、道案内をしてくれた彼女に感謝を告げる。


「それじゃあ、オリヴィア。ここまで送ってくれてありがとう」


「お礼を言うのは私のほうよ。エルネスタ様のお願いを聞いてくれてありがとう」


「どのみち北には向かう予定だったんだ。ついでだし大丈夫だよ」


「ま、王女さんのお願いを断ったら何されるかわからねえしな」


 レクスの言葉に、ファルドとオリヴィアがくすりと笑う。


「じゃ、行くか」


「うん、オリヴィア。また今度!」


「ええ、またね」


 オリヴィアと別れ、王城を後にする。


 月明かりの下、庭園を歩きながらファルドは先程の出来事を思い浮かべていた。


「それにしても勢いの凄い王女様だったな。どの国の王女様もあんな感じなのかな」


「相棒」


 前を行くレクスが急に立ち止まる。


「あの女、信用するなよ」


 振り返ったレクスの表情は、いつもよりずっと真剣で。

 どこか冷たさを感じるほどだった。


「え? どういうこと?」


「全部が胡散臭え。エイラルの根が欲しい理由はなんだ? 呪術師が探してるもんと同じなのはどうしてだ?」


 レクスはただ淡々と、自らの想いを述べる。

 確かに、偶然ではあるが、そこまで気にするほどではないだろうとファルドは思っていた。


「いや、偶然だろ? それにエイラルの根は万病に効くって言い伝えがあったはずだし、欲しがる人はいると思うけど」


「万病に効く? そういやお前エイラルの根に詳しいな。どこでそれ知った?」


「え? 伝記の中にちょっとだけ載ってたけど」


「……伝記に? ああ、お前『始まりの伝記』を読み込んでるんだもんな。そりゃ詳しいか」


 一瞬、レクスが目の色を変えた気がした。

 

「レクスの考えすぎだと思うけどな」


「……偶然にしちゃ出来すぎな気もするけどな」


 レクスが呟いた言葉は、驚くほど闇夜の下に響いた。


「ま、今日は寝るとしようぜ。明日から旅の準備だ」


 しかし、先程までの表情が嘘であったかのようにいつものレクスへと戻る。

 

「まずは西にある港町へ向かう馬車を捕まえるぞ。話はそれからだ」


「わかった。すぐに見つかるといいなぁ」


 それから2人は宿屋へ戻り、長い1日に終わりを告げた。

 






「まさか見つからねえとは……」


 レクスが疲れ果てた表情で、長椅子に座り込む。


「もう夜更けだし、どこ探してもいないよ」


 ファルドも長椅子に座り、今日1日酷使した足を労うように撫でた。


 王城で呪術師の情報をつかんでから1日。

 今頃なら港町へ向けた馬車の中にいる算段だったはずだが、夜空に浮かぶ月も沈んでいっている。


 朝から晩まで王都を探し続けて、港町へ向かう行商がまるで見つからなかった。

 そのせいか、王都を歩き回った彼らの足は悲鳴を上げていた。


「こんなに足止めくらうとはな、本当ならとっくに向かってるはずなのによ……」


「仕方ないよ。また明日に探そう」


「……よし、もういい! 相棒、ついてこい!」


 突然立ち上がると、レクスが吹っ切れたように大声を上げた。


「え? ちょっとレクス、どこに行くんだよ!」


 そのままどこかへと走り出していきそうなレクスに、ファルドが静止の一声を上げる。


「今夜はもうやけだ! 夜の街に繰り出すぞ!」


「だから、どこに行くんだってば!」


 ファルドの反応に、レクスは不敵に笑って見せる。

 

「お前に夜の街の楽しみ方ってやつを教えてやるよ」


 そんなレクスに不気味さを覚えるも、どこか頼もしさを感じていた。

 上機嫌に歩き出すレクスに、ファルドは訳も分からず着いていくことにした。


 中央通りから外れた小道から小道へ。

 人が通るかもわからない細道を抜けると、闇夜に一際輝く光が目に入ってくる。


 まるで昼のように明るい町の様子に、息をのむファルド。

 レクスはそんなファルドを気にする様子もなく、光の中を進んでいく。


 すると早速、レクスにかかる声。


「そこのかっこいいお兄さん、どう? うちに寄ってかない?」


「サービスするよぉ~」


 声をかけてきたのは、若い女。

 それも、胸元が大胆に開いた服装、無駄に露出の多いドレス。


「れ、レクス……ここって……」


「村には無えだろ、こういう場所」


 声をかけてきた女たちを無視し、レクスはずんずんと前ヘ進む。

 レクスは「これが夜の街の楽しみ方だ!」と言って笑う。


「す、凄い綺麗な人たちがたくさん居るんだけど……」


 ファルドの視線の先は、どこも女。

 左を向いても右を向いても。こういった経験のないファルドにとっては少々過激な光景だった。


「そこの坊や、可愛いわね~。どう? 寄ってってよ」


「え、えっと……」


 声をかけられたファルドがたじろいでいるところに、レクスが来て。


「あそこは……いや、駄目だな」


 また歩き出す。

 客引きの女と店を見て瞬時に判断したようだった。


「もっと若い女がいるところにしようぜ!」


「お兄さんたち~! こっちこっち!」


 直後に、ファルドたちを呼ぶ元気な女の声が響く。


「お、随分と元気良いな姉ちゃん」


「当ったり前だよ! 接客は元気が一番だからね~! どう、お兄さんたち。寄ってきなよ!」


「よし、じゃあここにするか!」


「やった! 2名様ご案内しま~す!」


「ほら、行くぞ相棒!」


「お、おう!」


 何の心構えをする暇もなく、女に背中を押されながら店内へと吸い込まれていった。


「――ってなわけで、怯んだ盗賊相手に強烈な一撃を決めてやったわけだよ!」


「え~! かっこい~!」


「話だけで惚れちゃいそ~!」


「だろだろ! はははは!!」


 ものの数分。

 レクスが完全に出来上がってしまった。


 女たちはレクスの武勇伝を聞いて、褒め称える。

 そしてまた酒を注ぎ、飲ませる。


 ここはどうやらそういう店らしい。


(なんだか流れのままに入っちゃったけど、大丈夫なのか? それに、綺麗な人ばかりでしかも……目のやり場に困る!)


 ファルドはレクスの武勇伝を聞きながらも、目を泳がせる。

 そんな様子に、ファルドの周りを囲む女たちが目を輝かせて。


「緊張してる? かわいい~!」


「ファルドくん、もっとこっちよってよ~!」


「も、もっと!? でもこれ以上寄るって言ったって……」


「きゃー! 照れてる~! かわいすぎる~!」


「ねえ、このあとお姉さんと2人きりで飲みなおそうよ!」


「あ、ずるい! 抜け駆け禁止でしょ~!」


(駄目だ! 凄い良い匂いがする!)


 ファルドは自身の頬が紅潮していくのがわかる。

 生まれてから一度たりとも、こんな状況に陥ったことがない。

 ましてや都会の綺麗な女たちに囲まれることなど初めての経験だ。


「ファルドくんに選んでもらお! 飲みなおしたいお姉さんはだあれ?」


「こ、こんな綺麗なお姉さんたちの中から選べるわけないよ!」


 少し混乱したファルドの口から発せられた言葉に、女たちは一瞬時が止まったかのように黙る。

 次の瞬間、うっとりした表情で。


「だめ……食べていいかな?」


「すこしくらいなら、ねえ?」


「お姉さんの心奪われたかも~!」

 

「ちょ、ちょっと夜風を浴びてきます!」


「あん、待ってよ~」


 耐えられなくなったファルドは、その場から逃げる様に店の外へ。

 レクスの満足げな笑い声を背に、店の入り口へと戻ってきた。


(と、とんでもないところだ。これが都会なのか……)


 店の扉を開け、外へ出ると心地のいい夜風が頬を撫でる。

 ほっとひと息を吐いたところで、徐々に冷静さを取り戻していく。


「あんな綺麗なお姉さんたちと飲めるなんて……意外と悪くないのか――」


「……え?」


「……あ」


 目が合った。

 店の前を横切った、見知った人物と。


「……お、おおオリヴィア!? なんでこんなところに!?」


 上ずった声を出したファルドに、オリヴィアは不思議そうに小首を傾げる。


「貴方たちの泊まるっていう宿屋に向かうところだったのよ。この通りが近道だから。でも丁度見つかってよかったわ」


「あ、へ、へえ。そうだったんだ」


 何故ファルドたちを探しに来たのか、という疑問を浮かべるほどファルドに余裕はなかった。

 悪いことをしているような罪悪感が彼を襲っていた。


 何故かはわからないが、彼女にバレてはいけないとの考えが彼の頭を埋めていた。


「それで、随分と楽しそうね? 中で何かやってるの?」


 その表情からは特に悪意は感じられない。

 純粋な興味で聞いているのだろう。


 返答に困るファルドのもとに現れたのは、酔っぱらった先程の女の1人。


「ふぁるどく~ん。お姉さんの相手してえ~」


「あ」


「……え」


「あら、だあれこの子」


 ファルドに体を預けながら、オリヴィアを指さした女。

 

 女の服装と、胸元がはだけて零れ落ちそうなそれを見て、何かを察したオリヴィアの頬が一気に紅潮する。


「最低……」


「え、ええ!?」


 唐突な罵声に驚きの声を上げる。


「ふぁるどくん知り合い~?」


「ま、まあ」


 オリヴィアは頬を赤らめたまま、震えた声で言葉を発する。


「用件だけ伝えます。騎士団長からの申し出により、エイラル地方へ私も同行することになりました。明日また会いましょう。それでは」


「ちょ、ちょっと待ってオリヴィア!」


 そのままどこかへ行ってしまったオリヴィアを呼ぶ。

 しかし、彼女は止まることなく光の中へ消えていった。


「顔真っ赤にしちゃって、あの子初心なのね~」


(なんか、悪いことした気分になったな……。もうそろそろ帰ろう)


 酔っぱらった女の肩に手を回し、店内へと連れていく。


 店内に戻った後、酔いの回ったレクスから解放されるまでしばらくかかった。

 宿に戻ったのは、店が閉まった後の事だった。

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