第12話 王城での邂逅


 中央通りをまっすぐ道なりに進み、見えてくるのは大きな城。

 王都と王城を隔てる川の上を一本の大きな橋が伸び、その先には王城を守る城門がそびえ立つ。


 兵士に連れられたファルドたちは、城門をくぐった先の庭園を歩いている。

 

「す、凄い。これが城……こんな立派なところに人が住んでるんだ……」


 庭園の先、城門の外からでははっきりとは確認できなかった王城を見てファルドが声を漏らす。

 そんな彼とは対照的に、レクスはまるで興味を示さずに足を進めていた。


「そうかぁ? ま、始めて城を見る奴はそんな感覚なのかもしれねえな」


「誰もそうなるだろ! 初めからこういう立派な城に住んでれば別なのかもしれないけど、そんな人滅多にいないよ!」


「これから会う王様はそういう部類の人じゃねえか」


「な、何も言い返せない……」


 ぐうの音も出ないような正論をぶつけられ、何も言い返せなくなる。


 庭園を進み、いよいよ城内へ。

 床に敷かれた絨毯と、見上げるほど高い天井。左右に伸びた廊下の先まで視界に入らないほどの広い空間。

 初めての城に、感傷に浸る。


「レクス、凄いな城って! こんなに広いんだ!」


「あんまりはしゃぐな、恥ずかしい」


「あ、ごめん! でも、初めてなんだ……こんな建物に人が住んでるなんてやっぱり信じられないよ……」


 目をキラキラとさせるファルドに、レクスは鼻で笑う。


「この程度で感動してちゃあ、これから先持たねえぞ? 世界にはもっとやべえような場所がたくさんあるんだからよ!」


「こ、これよりすごいのが!?」


 なぜかはしゃぐ人数が2人に増える。

 流石に黙っていられなかった兵士が口を開き。


「お二方、くれぐれも城内ではお静かに願います!」


「す、すみません」


「怒られてやんの」


「レクスもだろ!」


「お二方!!」


 一度に二度注意された2人は静かになり、連れられるがまま城内を歩いていく。

 同じような道をぐるぐる周り、階段を上った先で兵士が立ち止まる。


 兵士は幅の広い廊下の先を指さした。


「この先に進めば玉座の間に着く。では、私はこれで」


 そう言って、兵士は敬礼した後にその場を離れていった。

 残されたファルドたちは先程指さされた先へ向き直り。


「おい、行くぞ」


「うん」


 レクスが先導し、ファルドはそれに着いていく。

 廊下を進んでいくにつれ、少しづつ鼓動が大きくなる。


 先程までのはしゃぎ具合とは大きくかけ離れ、その表情には緊張の色が見えた。


 そして、長い廊下を進んだ先、立派な扉と数名の衛兵が姿を現す。

 ファルドたちが近づくと、衛兵の1人が同じように歩み寄ってくる。


「貴殿らがレクスと従者ファルドだな? 話は聞いている。さあ、玉座の間へ入るがいい。くれぐれも粗相のないようにな」


 衛兵が道を開け、扉が開かれていく。

 息をのむファルドに、レクスが声をかける。


「さて、気引き締めろよ。これから会うのはこの国のトップに立つ人間だからな」


 頷いて答えるファルド。

 2人は開かれた扉の先へ足を進める。


 扉を抜けた先は広間のような場所。

 絨毯が伸びる先に2つの玉座と、そこに座す男女の姿。

 玉座の傍らには、見たことのある鎧を纏った壮年の男が立っていた。


(あれって、遺跡で見た騎士団長か? 何か睨まれているような気がするけど……やっぱり凄い気迫だな)


「オレの真似しろ」


 誰にも聞こえないような呟きがファルドの耳に入る。


 レクスは広間の中央、玉座から少し遠い場所で立ち止まり片膝をつく。

 先程の呟きに従うよう、ファルドは彼の隣で同じ所作を行った。


「よくぞ参った。レクス、そしてファルドよ」


 ファルドたちが片膝をつくと同時に、玉座に座る男の口が開いた。


(この人が、この国の王様か。もうすこしおじいさんなのかと思ったけど、騎士団長と変わらないくらいに見えるな)


 そんなことを考えていたファルドだったが、次の瞬間に思わぬ相手に意表を突かれる。


「このような場を設けていただいた事、誠に感謝いたします」


 思わずレクスのほうを向いてしまう。 


(――あのレクスが、凄い丁寧な言葉で喋ってる!?)


 適当で乱暴な言葉しか使わないような男が、丁寧に話をしている。

 まるで信じられない光景に唖然とした。


「よい、盟主オスカーより話は聞いておる。何やら盗賊退治に助力してくれたとな。礼は我々が言いたいくらいだ。貴殿らに感謝を」


「当然のことをしたまで」


「改めて、儂はアルベンハイル国王――バルドゥルである」


「かの聡明なバルドゥル王陛下に謁見させていただき、言葉もありません」


 流れる様に会話が進んでいく。

 

(……なんか、随分と手馴れてる?)


 レクスの応対が自然すぎて、違和感をまるで感じない。

 不思議に思いながらも、ファルドは黙って会話に集中する。


「それで、わざわざ謁見を申し出るとは何用か?」


「では単刀直入に」


 一呼吸置き、レクスが口を開く。


「呪術師をご存じか」


 先程までの声音からは想像できない低い声が広間に響いた。


「呪術師……? ふむ、うーむ。すまぬが思い当たるような人物がおらんのだ。何か特徴などはあるか?」


「藍色の髪をした、左頬に傷のある男です」


「ふむ……」


 記憶を辿るように考えこむバルドゥル王。

 ああ、と思い出したかのように口を開いたのは王――ではなく。


「陛下、その者でしたら半月程前に来た占い師の方ではないかしら?」


 もう1つの玉座。バルドゥル王の隣に座る女だった。

 その出で立ち、立ち振る舞いから王妃だろうと推測できる。


「おお、そういえばそのような者が謁見に来ていたな! 聞いての通り、貴殿の探す呪術師とやらは知っておる。しかし、それを聞いて何とする?」


「その呪術師についてお聞きいたしたく。何用でこの国に来たと言っていたのかお聞かせ願いたい」


「確か、旅の途中に寄ったと言っていたな。エイラルの根がどこにあるかを知りたがっていたぞ」


「エイラルの根?」


 レクスが聞き返す。

 だが、その単語に覚えがあるファルドが口を開いた。


「……エイラルの根。王都の北にあるエイラル地方で採れる植物ですよね」


 驚いたようにファルドに顔を向けるレクス。

 バルドゥル王は興味深そうにファルドへ視線を向けた。


「ほう、良く知っておる。この辺りの地形や生態に詳しいのか?」


「い、いえ。たまたま知っていただけで」


「そうか、中々博識なのだな」


(伝記の中に載っていたなんて、口が裂けても言えないよな)


 その伝記は『神人伝記』ではなく、『始まりの伝記』のほうだ。

 王都の人々の様子から察するに、この国でも『神人伝記』が主流なのは知っている。

 何が起こるかわからない以上、迂闊に『始まりの伝記』の名は出せない。


「呪術師だが、そのことを伝えたら北に行くと言って出ていった。恐らくこの王都にはもういないであろうな」


「では、半月程前にはもうこの国を出ていたということですか。成る程……貴重な時間を頂き感謝いたします」


「うむ、盟主オスカーにも宜しく伝えておいてくれ」


「必ず。……行くぞ」


 そう言って、レクスは立ち上がる。

 ファルドも立ち上がり、目の前のバルドゥル王へ向けて一礼してレクスを追う。

 直後、聞こえてきたのはバルドゥル王の声。


「――ところで、レクス。儂の勘違いかもしれんが……貴殿とはどこかで会ったことがあるか?」


 問いに、レクスは立ち止まって。


「私のような一介の旅人風情が国王陛下と面識があることなどありません。人違いでしょう」


 振り返ってバルドゥル王へと答えたレクスは笑っていた。


「そうか、引き留めて悪かった。行って良いぞ」


「失礼致します」


 再び一礼し、去っていく。

 扉が閉まり、衛兵たちに見送られつつ玉座の間から離れたところで。


「あの、本当にレクス?」


 ファルドの問いに、首をかしげる。


「は? どういう意味だお前」


 いつも通りの口調で答えが返ってくる。

 それを聞いたファルドはほっとした表情で。


「あ、良かった。いつものレクスだ」


「喧嘩売られてんのか、これ?」


 呆れたようにため息を吐くレクス。


「たく、国のトップの前なんだ。あのくらいしねえと国によっては斬首だぞ」


「……そ、そうなの?」


「お前もあれくらいは話せるようになれ」


「う、うん。わかった。じゃあ、あとで教えてくれよ」


「あとでな」


 再び歩き始めた2人。

 話題は、今後の道筋に切り替わる。


「それで、この後はどうするんだ? 呪術師は北のエイラル地方に向かったみたいだけど」


「決まってんだろ、オレたちもエイラルを目指す」


「ということは、また馬車探しからか。王都の北まで行く行商人がいればいいけど」


 ファルドの言葉に、レクスが黙り込む。

 

「……お前、エイラルの根を知ってる割には肝心なことはわかってねえのな」


「え、どういうことだよ」


「ただ王都の北を目指せば良いってもんじゃねえ。ここから北には、王都とエイラル地方を隔てる山脈が広がってる。つまり徒歩じゃ無理だ」


「じゃあどうするのさ?」


「陸路が駄目なら1つしかねえだろ」


 いまいち理解出来なかったファルドだったが、数秒考えたのちに浮かぶ考え。


「もしかして!」


 目を輝かせたファルドに対し、レクスはにやりと笑みを浮かべる。


「海から行くんだよ。船に乗ってな」


「船! 船かあ!」


「そんなにはしゃぐ程の物でも無えぞ。ま、楽しみにすんのは良いが地獄を見るかもな!」


「海を見るのも初めてだし、船に乗るのも初めてなんだ! 一度に2つも味わえるなんて最高だろ! 地獄なんて見るわけないじゃないか!」


「ま、今日はもう遅えし、明日から――」


「貴方たち」


 2人の会話に割って入ってきたのは、聞き覚えのある若い女の声。

 ファルドたちが声のほうへ振り返ると、立っていたのは見知った人物。


「オリヴィア!」


 名を呼ぶ声に、彼女は片手を小さく上げる。


「騎士女じゃねえの、相変わらずそうだな」


「貴方たちも変わらないようで何よりね。早速だけど、少し良い? 貴方たちに会わせたい人がいるの」


 オリヴィアの提案に、ファルドたちは顔を見合わせる。


「会わせたい人? 今日はもう宿で休むだけだったし構わないよね?」


 レクスは少し考えた後、小さく頷いた。


「ああ、別にいいんじゃねえの」


「良かった。こっちよ、着いてきて」


 オリヴィアは踵を翻し、ファルドたちを先導する。

 2人は案内されるまま、城内を進んでいく。


「しかし、よくオレたちが王城に来るってわかったな」


「これから会いに行く人が教えてくれたのよ。それに、盗賊討伐が終わったら陛下に謁見しに来るって言ってたじゃない」


「そういえば確かに言ってたね」


「で、オレたちに会いてえって言ってんのは結局誰なんだ?」


 レクスの言葉に、オリヴィアは黙り。


「会えばわかるわ。ここよ」


 そうして案内された扉の前に立ち、オリヴィアが2回ノックする。


「オリヴィアです。2人を連れて参りました」


 しばらくの沈黙の後、中から声が聞こえてくる。


「どうぞ、入ってもらって」


「失礼します」


 オリヴィアが扉を開け、ファルドたちが中に通される。

 そこで待っていたのは優雅にティータイムを楽しむドレス姿の少女。


 優雅な佇まいに、只者ではないと察する。


「こちらへ」


 招かれるまま、少女の向かいに腰かけるファルドたち。

 少女はカップをテーブルへおろして。


「よく来てくださいました。貴方がたの事はオリヴィアから聞いておりますわ。盗賊退治の件で話を聞くうちに興味を持ってしまって……無理を言って連れて来てもらったのです」


 喜々として話す彼女についていけず、ファルドたちは黙って話を聞く。


「え、えっと」


「まあ、ごめんなさい。ご挨拶が遅れてしまいました」


 一呼吸置き、彼女が口を開く。


「私はエルネスタ。エルネスタ・ディアラ・アルベンハイル――この国の第1王女ですわ」


「……お、王女!?」


 思わず声を上げたファルドに、王女は笑みを浮かべていた。

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