セブン・ストーリーズ

モトヤス・ナヲ

第1話

   第一話 夢って必要ですか


少年が聞いた。

「夢って必要ですか?」

彼は少年に答えた。

「きみはどうして、そんな質問がしたくなったの」

「夢って、なんだか、しんどそうだから…」

彼はメガネの位置を直しながら、少年にこう問いかけた。

「きみは、恋をしたことがあるか」

「え?はい」

「恋が叶った時はどんな気持ちだった?」

「それはもう天にも昇るくらい嬉しかったです。」

「では、失恋したときは?」

「絶望で死にたいと思いました。」

「しんどかったか?」

「はい」

「それで、恋はもう懲り懲りだと思ったかね。」

「いいえ。」

「時には、そんな辛い思いをすることがあってもか?」

「はい。」

彼は、テーブルに両肘をのせ指を組み、少年に言った。

「夢は恋愛と同じだ。叶ったときの嬉しさも、破れた時の絶望も、何も変わらない。君が、恋愛を続けることができるなら、夢を持つのだって簡単なことさ。夢とは、自分の将来に恋愛することなんだ」



   第二話 夜が降る


 星の美しい里山で育った少年は、夜になると星座たちと話をするのが楽しみだった。

「今日学校で大失敗しちゃった」

少年がいうと、イカロス座が、

「気にする必要はないよ。君は何も悪くないさ」

そうして、それに合わせるように、琴座が美しい音色を奏で、その音楽を聴きながら、少年は眠りにつくのだった。


 父親の転勤で大都市に引っ越した少年は、生活が落ち着くのを待って、星座と話そうと思った。公園の夜空を見上げた。都市の夜空は途方もなく明るく、星の多くは地上の光にかき消され、そこにあるのは、首のない双子、下半身だけのペガサス、腕のもげたオリオンが、ネオンの血の海にのたうちまわる地獄絵だった。少年は悲鳴をあげた。


 そんな失意の少年に奇跡が起きた。地域を襲った大停電。漆黒の夜空からイカロスのあの声が、

「やっと会えたね。会いたかったよ」

それを聞いた途端、また星座が見えなくなった。涙のせいだった。



   第三話 彼女の時と彼の時


彼の白い車が高速を疾走していたとき、彼女は玄関の扉を開けた。満天の星空の、東の方角だけが白んでいた。彼女は歩きながら、今日のデートが楽しくなればいいと思った。

 

 彼の車が高速から環状線に折れたとき、彼女は公園の前でスマホの星占いをみた。薄明が空を染めて、街の灯りが頼りなくなった。彼女は、今月の運勢が良かったことがとてもうれしかった。


 彼の車が環状線から大通りに曲がったとき、彼女は駅前広場で手帳にはさんだカレンダーを取り出した。空は散乱する光のなかに膨れ上がり、今まさに日の出を迎えようとしていた。彼女は、今年の予定に何一つ気がかりがないことを喜んだ。


 彼の車が大通りから駅前広場に入ったとき、彼女は白い車が来るのを見た。ビルの隙間から斜めに射し込んだ朝日が、運転する彼の優しい眼差しを照らしていた。彼女は、これからの人生が幸せであることを確信し、とびきりの笑顔で手を振った。



   第四話 私いま恋をしているので


私は、今恋をしているので、恋の歌は聞かなくてもいいです、恋の小説も絵画もいりません、恋を演出する美味しい料理もワインも必要ない、だって、私恋をしているので、魅力的に見せるための服も小洒落た会話も、灯が煌めく素敵な街路樹も全然欲しくない、と、彼女は自分のまわりから、様々な「余分」を振り払いながらあるいていくと、やがて満天の星の下に広がる雪原のようなところにきた。


 無数の雪の結晶が雪面にきらめいて、まるで自分が銀河に浮かぶ金星のような気持ちになったとき、一陣の烈風が、氷の斧で彼女を切り裂こうとした。彼女は雪の上に這いつくばりながら、イノチ、これだけは捨てられないわ、だって私は恋をしているのよ、と叫ぶと、長い時間氷の渦巻きを耐えて、ふたたび満天の星が彼女の頭上で輝き始めると、雪を払いながら立ち上がり、もと来た道を引き返して、もう一つのイノチが待っている街に帰っていった。



   第五話 縄文の花


「花の蕾が出ましたら..」

先生は植木バサミを片手に会場を見回した。

「蕾の根元から剪定します」

そして剪定したばかりの蕾を、手のひらに乗せて皆に見せた。

「この剪定は、来年美しい花を咲かせるためのとても重要な作業です。蕾の取りこぼしがないように入念にやりましょう」

それから先生は一心不乱で剪定を行い、大丈夫かと皆が思い始めた頃に、ハサミをテーブルに置いて、丸坊主の植木を両手で指し示した。生徒が手を挙げた。

「先生、これでは今年の花が咲きません」

「来年、これよりはるかに多い花がもっと美しく咲きますよ」

別の生徒が手を挙げた。

「では、来年になったら?」

「この方法で剪定すれば、再来年もっと多くの花がもっと美しく咲きます」

「では、再来年になったら?」

「いうまでもなく剪定です」

「ではいつになったら、その美しい花が見れるのでしょうか?」

「記録では弥生時代以降、誰も見たことがありません」



   第六話 冬に花が咲かない理由


「なぜ冬に花が咲かないか知っているか?」

彼はビールを片手にきいた。

「知らないね」

「それは、冬に咲いても授粉する昆虫がいないのを、その植物は知っているからだ。気温がこれくらいになると、こういう虫が羽化するということを、植物は正確に把握している。だから毎年同じ頃に花が咲くんだよ。DNAに伝えられる記憶ってすごくね?」

僕は啜っていた雑炊を指差しながら、

「そうするとこれを食べた時、おいしいと思えるのもDNAの記憶のせいか?」

「そう。俺たちのDNAが創り出す時空を超えたヒトという存在が、今お前の体を借りて雑炊を味わっているんだよ」

「えらいことになったな」

「恋愛でポカポカするのも、DNAのヒトが、何億年かけて熟成した超恋愛を俺の中で演じている。そしてその後の満ち足りた睡眠も同じだ」

彼は続ける。

「だから偏食と寝不足と恋愛が不器用なこの時代、DNAの中のヒトは窮屈な思いをしているのさ」



   第七話 秋味の歌


九月の庭先。残暑に押しつぶされた大気の、地上一メートルのところに、冷たい空気の塊が浮いていた。僕はそこに顔を突っ込んで、深呼吸をしてみた。舌先に秋の味がした。その清涼感は心地よく、僕はあっという間にその塊を食べ尽くした。


 それから数週間後、秋の塊は庭をいっぱいに成長し、秋味の旨さを覚えた僕は、そこに体ごと投げ出して、夢中になって捕食した。どれだけ食べても満腹になるということがないので、いくらでも食べ続けることができた。


 やがて、秋の塊はいよいよ迫力を増し、扉を開けると室内になだれ込んで来た。僕はその奔流を泳ぐようにしてにして庭に出ると、すっかりに日課になった秋の捕食を始めた。食べれば食べるほど、樹木の緑が薄くなり、天が高くなっていた。


 そして、辺りがいよいよ殺風景になった時に、舌を刺す刺激を感じた。舌の上に今年初めての雪のひとひら。そうか、メニューが秋から冬に変わったのか。


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セブン・ストーリーズ モトヤス・ナヲ @mac-com

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