販売員の葛藤

 時は、バブル崩壊の影響があらゆる業界に轟き始めた頃、我が世の春を謳歌していた日本経済は右肩下がりの坂道に突入し、多少のアップ・ダウンを繰り返しながら、現在の不況や経済格差へと転がり落ちて来た。

 日々報道される日経株価や円相場は、経済ピラミッドの下の方で生活している私などにはほぼ関係ないが、それでも右肩下がりの影響は、全国チェーンを展開している企業の末端店舗の一販売員にも、徐々に判るようになってきたのだった。


 それはつまり、商品の品質の低下である。

 これまでは、二~三万円のカジュアルな指輪に嵌っている小さな飾りでさえ、メレ・ダイヤと呼ばれる天然のダイヤモンドだった。それが、キュービック・ジルコニアという模造ダイヤに変わっていく。模造ダイヤというと聞こえはいいが、人工の鉱物でダイヤモンドとは別物であり、宝石としての価値はないに等しい。メリットは、安価であることと、人工物故にインクルージョンと呼ばれる天然石特有の内包物がない為、一見綺麗に見えるということである。

 そして、地金と呼ばれる金などの変化。プラチナに関しては、純プラチナが一〇〇〇ptに対して、商品化されるものは九〇〇ptか八五〇ptとあまり変化はなかった。しかし、金に関しては随分変わったのだ。

 御存じの方も多いとは思うが、純金の単位は二十四である。二十四Gと表記されている場合、それは一切の混ぜ物が入っていない純粋な金なのだ。資産として求められるインゴットなどがそれになる。だが、アクセサリーとして使う場合、純金はあまりにも柔らか過ぎる為に十八Gに加工されるのだ。二十四の中の十八が金で、残りの六に別の金属を混ぜて強度を作っているのが、十八G───この十八Gが、当時の指輪やピアス&イヤリング、ネックレスの定番だった。以前から、若者向けの安価なアクセサリーの為に九Gなどもありはしたが、徐々に十八Gが減り、十四WGホワイトゴールドが増えて来た。これは、高価なプラチナの代わりに、金に合金する金属によって白い発色を持たせた金なのだ。同時に十Gや九Gも増えて来て、しかも店頭に陳列している期間に変色してしまうほど品質が落ちてしまったのである。どう考えても、合金しているその他の金属の質が悪いとしか思えなかった。


 この現象は、私という販売員には耐え難いものだったのだ。

 宝飾品というものは、貴重であり・高価であり・高嶺の花だからこそ、浪漫があり・憧れなのだ。人生を共に歩く伴侶への贈り物として婚約指輪を求める人、御自分の誕生石を守り石として求める人、お小遣いを貯めて自分が買えるお母さんの誕生石を求める子供だってそうだ。

 末端の販売員である私は、彼らの予算と求めるところに従って、御満足いただける最適の商品を提示することで、自分の仕事に誇りを抱いていた。とことんまで聞き取りをし、話し合いをすることによって、後日返品される確率も異常なまでに低かった。一方で、近隣の他店に勤務していた同期の販売員は、宝飾品を前に舞い上がったお客さまを乗せに乗せて、本来の予定より高額な商品を売ることを得意としていたが、その分、素面しらふに戻ったお客さまからの返品率も高かったものである。

 それはおそらく、企業としての会社にとっては、どちらにしてもメリットがあることだったのだろうと思う。けれども少なくとも私は、お客さまに対して嘘や誤魔化しのある商品を売り込むことは出来なかった。


 そうして、数年の勤務を経て、私は宝石屋のお姉さんを引退したのだった。

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