宝石浪漫の在処

 人類史が始まった当初から、宝石を含む貴金属は富と権力の象徴であり、人々の憧れの的だった。現代でもその傾向はあるが、近世以前より庶民の手に届くようになったのも事実である。

 ただし、私が宝石類を好む個人的な理由は、人間の尺度では計れない時間と大地の力で生まれた鉱物の美しさと、それを見出し、様々な意味付けをし、様々な物語をまとうという魅力である。本作では宝石&宝飾品を核に据えているが、元から花崗岩や玄武岩、地層や化石をも愛でるたちなのが自分だ。

 それ故、語りたい物語や曰くを持つ宝石の方が、接客していて楽しかったりもする。

 曰くを持つ宝石で有名な物としては、ホープ・ダイヤモンドやアフリカの星、ハート・オブ・エタニティなどの、世界最大級のブルー・ダイヤモンドだろう。ただ別の項の少し触れたように、ダイヤモンドは若造(笑)なので、私的にはあまり食指は動かない。

 一方で、ティムール・ルビーや黒太子のルビーなどにはわくわくする。特に黒太子のルビーは、現在は英国王室の所有であり、戴冠式に使われる王冠に嵌め込まれている物だが、元はといえばグラナダ王国所有だったものを、友好の証としてカスティリャ王のドン・ペドロに贈られ、その後英国に嫁ぐ娘に持たせた物だと聞いている。しかも、この二つの世界最大級のルビーは、近年の高度化した鑑定技術により、コランダムという鉱物の一種であるルビーではなく、スピネルという別の鉱物であることが判明したのだから、ドラマチックこの上なしだ。

 けれども、これらのレベルの宝石が街の宝石屋に訪れることはないので、当然店頭で語ることはなかった。

 一方で、わりと頻繁に話題にしたのは、真珠とオパールだ。この二種は、他の結晶と違い生物を起源とした宝石であり、生物らしく湿度や空気を必要とする。だから、「この宝石は生きているんですよ」と話したものだ。

 他にも、サファイア・ルビーの双子説やトルマリンが実は七色以上あること、「シトリン・トパーズはいわゆる黄水晶で、一部で有名な少女漫画の『☆リスタル・ド△◎ン』の主人公が所有するサークレットの石と同じ物なんです」など、諸々のトークを展開した。けれどもその中で、入社当時から、配属店舗に一点だけある目立たない商品があり、いつか誰かがその宝石について訊いてくださるのを心待ちにしていた一品があったのである。


 それは、インペリアル・トパーズ、もしくはプレシャス・トパーズと呼ばれる宝石だ。

 トパーズと呼ばれる宝石は、実は二種類ある。一つは『黄色い宝石』という意味の宝石。その中には、インペリアル・トパーズも含まれるが多くは水晶系のシトリン・トパーズであることが多い。広義では、イエロー・サファイアもイエロー・トルマリンもイエロー・ダイヤモンドもこの中に含まれるのだが、それらがトパーズとして商品化されることはない。何故なら、サファイアやトルマリンやダイヤモンドとして商品化した方が、より価値が上がるからである。この定義からいえば、水晶系のブルー・トパーズは───まあ、ビジネス・ネームを付けられた青い水晶なのだ(綺麗だからいいのだけど)。

 もう一方のトパーズは、トパーズという鉱物である。水晶系のモース硬度は6~7、トパーズは8だ。硬度だけではなく、他にも諸々違うのだが、そこを語れば切りがないので端折らせていただくとして、つまりは全く違う鉱物であり・宝石であるということだ。トパーズの中のトパーズ───インペリアル・トパーズというわけだ。

 このインペリアル・トパーズにもまた、ブルー・トパーズが存在するのだが、それが黄色であろうと青であろうと、産出量が異常に少ない。故に、良質の大きなものは、王侯貴族やVIPのところにしか届かないという代物だ。そして、インペリアル・トパーズには退魔の力があり、史上最強の守護石だという説もある。

 そんな石が、小さな店舗に一点だけあるというのも謎だったが、その一点について、いつか誰かが尋ねてくださることを楽しみにしていた。


 そして、待ち望んだその日が来た時、売れるか売れないかをそっちのけにして、お客さまと宝石浪漫について熱く語り合ったのは、言うまでもなかったのである。

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