解答編

『えええっ何でだよ⁉︎ まさか、この謎が解けたのか⁉︎』

 驚く金田の大声は、毎回鼓膜に支障をきたしそうになる。銀之園はそれを見越してスマートフォンから耳を遠ざけていた。

「解けたと言うか……。言っただろ、ホラーでもミステリーでもないって。答えは最初から俺が出してただろうが」

『は? 何が?』

 銀之園はため息と共に言った。


「掃除用具入れだよ。


 人が隠れられそうな場所として、彼は初めからその場所を挙げていた。

「一太郎、ちゃんと確かめたって言ってたけどさ、お前が掃除用具入れを確認したのって一旦理科準備室に入った後だよな? その間理科室の扉はどうなってたんだよ」

『あ、もちろん俺たちが——あああっ⁉︎』

 そう。金田の話によると、二人は理科室に入った後すぐに準備室へと移動している。その間はもちろん理科室の鍵は空いていて、密室でも何でもなくなっているのだ。その場ですぐ気がつきそうなものだが、恐らく二人とも恐怖心で頭が回ってなかったのだろう。


「順番は恐らくこうだ。まず、お前と松川君が理科室にいる間は準備室にでもいたんだろう。そしてお前たちが出ていった後、理科室に移動する。どう言う意図かは知らないが、電気をつけてお前たちに姿を見せた後、掃除用具入れに潜んだ。やがて、お前たちが入って来る。ここまでは良いな?」

 うん、と言う小さな声で、金田が頷いたのが分かった。

「その後、すぐにお前たちは準備室に行ったんだろ? 奥に入ってしまえば準備室から理科室は見えなくなるだろうから、そこで掃除用具入れに隠れていた犯人がこっそり出てきて——」

『普通に空いている扉から廊下に出たのか⁉︎』

 そうすると当然、金田が掃除用具入れを開けた時には誰もいない。


「正直、ただ閉じ込められた人間が、何故掃除用具入れに隠れたりするのかが謎だったんだけどな。それも部長さんの登場で解決した」

「部長が?」

 疑問の声を上げる金田に銀之園は告げた。

「理科室にいたの、部長さんだと思うぞ。廊下で会った時に、金田君こんな遅くまで勉強とは感心だねって言われたんだろ? どうしてお前が勉強してたってことを知ってたか。お前が理科室にいたのを知ってたからだろ」

 金田の話によるとこの部長、突発的に事件を起こし部員に解決させると言う迷惑極まりない悪癖があるらしい。このような悪戯もやりかねない。恐らく部活動のネタにするつもりだったのだろう。


『なるほど、なんかそれが正解な気がしてきた。……なんか腹が立ってきたから、俺ちょっとこれから部長に文句言ってやる!』

 ありがとうまたな、と言う言葉を言い終わるか終わらないか、と言うタイミングで通話は切れた。



 相変わらず唐突に始まって唐突に終わる電話に、銀之園は思い切り顔を顰めた。感謝の言葉があっただけマシだろうか。

「おっとそうだ。気を取り直して、アイスアイス」

 銀之園は炬燵から抜け出し立ち上がった。しかし思い当たる節があり、そのまま動きを止める。


 銀之園はスマートフォンに疑わしげな眼差しを落とした。時計の長針が三つほど移動するまでその睨み合いは続く。

「良し、もう大丈夫だろ! やっと食べられる」

 一つ大きく頷いた彼は、サッと踵を返して再び台所の冷蔵庫へ。


 玄関のインターホンが来客を告げ、彼の歩みを引き留めた。

「こう言うのを、フラグって言うんだよな」

 続けて鳴らされるその音を無視できず、銀之園は玄関へ行って扉を開ける。


「よっ来ちゃった!」

 軽い調子で右手を上げ、電話の相手である金田一太郎かねだいちたろうがそこに立っていた。左手には小振りなエコバッグを持っている。

「来ちゃったじゃねえし! は? 何でここに居るんだよ⁉︎」

「本当は直接話を聞いてもらおうと思って、お前ん家行こうとしてたんだよ。今日伯母さん達結婚記念日デートだろ? だけどこの辺って、所謂閑静な住宅街ってヤツじゃん。夜道を一人で歩くのはさっきのこともあって怖か——まあ、ちょっと寂しかったんで、フライングで電話をかけたと言うわけだ!」

 全身を使って喋っているかの様に、身振り手振りを交えながら金田は自慢気に話す。臙脂色のマフラーの上にある鼻は目に見えて真っ赤で、諦めて銀之園は彼を家に上げた。


 手洗いうがいを済ますと、金田は文字通り炬燵へ滑り込む。天板に顎をつける様子はどこかのキャラクターの様だ。

「生き返る……いや、それより哲! 俺、あの後部長に電話して問い詰めたんだけど、やっぱりお前の言う通り部長の悪戯だった! 本当にタチ悪いよなぁ」

 銀之園もいそいそと炬燵に足を入れ、金田と向かい合う。

「全くだ。お前だけでならいざ知らず、松川君まで迷惑をかけて」

「あーそれで、実は部長と話してて何個か判明したことがあるんだけど」

 金田は気まずそうに頭を掻きながら言った。銀之園は首を傾げる。


「部長、元々理科準備室に用事があってずっとそこにいたみたいだ。俺たちの方が後から入ってきた感じだな。でも部長はしばらく作業に夢中になってて、俺たちも気がつかなかったから、どうやら本当に閉じ込めちゃったらしい」

 気がつかなかったとは言え、本当に事故が起きていたのか。

「それで部長、すぐに俺たちが引き返してくるのに気づいたらしいんだけど。そこでちょっと驚かしてみようと悪戯心が働いて……なんとなーく掃除用具入れを開けたら、物が少なくてガラガラだったんだと」

「それでつい中に隠れた、と?」

 そうらしい、と金田は言った。だが、結果的に幽霊騒ぎにまで発展したのは、タイミングと気まぐれの問題だったそうだ。すぐに見つかったら見つかったで、それで良いと思っていたらしい。


「それでさ、掃除用具入れがガラガラだったって話だけど」

 金田が少し姿勢を正し、俯き加減に話し始めた。

「体育館倉庫の大掃除手伝ったって、言ったよな? そう言えば俺、体育館の大掃除の時に掃除用具が足りなくて、理科室から借りてきて返し忘れてたの思い出したんだよ。ひょっとして、俺が掃除用具を移動させちゃったのが、今回の騒動の原因になったと、言えなくもない?」

 ああ、成程そう来たか。


 流石通称、『三分で解ける謎を、三時間かかっても解けない謎に変える男』だ。


 小首を傾げ不安気に尋ねてきた金田に、銀之園は意識的に笑みを作って言った。ニッコリと効果音が付きそうなヤツである。

「そうだと思うなら——お前はなるべく早く掃除用具を元の場所に戻して、松川君には冬季限定アイスでもご馳走してあげなさい‼︎」

「えええ⁉︎ 俺とお前の分を買っただけで財布カツカツなのに⁉︎」

「は?」

 金田が持ってきたエコバッグの中身を取り出す。出てきたのは、銀之園がずっと食べようとしていたチョコレートアイスが二つ。



 しばらく間が合って、銀之園宅に二人分の美味しい悲鳴が響いた。

「美味っ⁉︎」

「俺の中の美味しいアイスランキング更新した!」

 真冬の涼は温かい部屋でアイスに限る。


 改めて銀之園哲ぎんのそのさとるはそう思うのであった。

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冬に来た幽霊 寺音 @j-s-0730

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