第三話 花屋
マツザワと別れ、地図を頼りに街の中を歩いていると周りの視線が自分に集まっている事に気づく。
(マツザワにも言われたがこの服装はやっぱり目立つよな……)
きっとこっちの世界に来た時にも目立ってただろうが、あの時はそれどころじゃなかったしな。
視線を避けるように俺は小走りで目的の事務所に向かうのだった。
目的地に向かう途中、走りながら俺は改めて街を見回す。
これまたマツザワから聞いた話だが、今俺がいるエリアは帝都の北側、『
帝都は東西南北に4分割されており、その中央があのサイバー都市『
東は工業地帯、南は漁港といったように地区によってそれぞれの特徴があるようで、帝都北側の松宮町は、商業地区として帝都中の名品が集まる場所となっている。
郊外の畑で穫れたであろう野菜を並べる八百屋、西洋式のクラシカルな洋服を扱う店、実に様々な店舗が軒を連ね、まるで町全体が一つの商店街のようだ。
活気溢れる街のメインストリートを一本内側に入り、先程より落ち着いた雰囲気の道に入り歩みを緩めた。
メインストリートには店が多く並んでいたが、ここは民家の立ち並ぶ住宅地の様だ。
民家の合間を縫うように、喫茶店や居酒屋といった店もある。
先程の通りは全体的にキラキラしたイメージだったが、ここは隠れ家的な店が多い感じだ。地図によればこの先に事務所があるようだが……。
さらに進んだところでようやく地図が示す場所についた。が、そこにあった建物は……。
『御島 生花店』
入り口に掛けられた看板がまず目に入る。
花屋であろうその店は赤いレンガで造られた二階建て、軒先には色とりどりの花が鉢に植えられ所狭しと並んでいる。
大きく開かれた入り口は一面ガラス張りで、外からでもハッキリと店内に置かれた花を確認することができた。
地図と周囲を交互に見比べるが……この場所で間違いない。
右手に地図、左手にスーツケースを持って立ち尽くしていると、
「いらっしゃいませ~!」
俺に気づいたのか店内より従業員らしき少女が、タッタッタと駆けてきた。
栗色の艶々とした髪はふんわりとしたボブヘアー、ぱっつんっと切り揃えた前髪、朱色の袴に桃色の着物を着用し、足元は少し踵の上がった茶色の編み上げブーツを履いている。
「あ! もしかして二階の入居ご連絡いただいた方ですか?」
「はじめまして。
「あ、ああ。
スーツケースから察したのか、元気よく自己紹介をしてくれる綾芽に挨拶を返す。
どうやらマツザワは何かしらの方法でこの花屋に連絡を取り、二階の空きテナントに場所を取ったみたいだな。
「さっそくお部屋ご案内しますね。こちらです」
そう言って綾芽は愛らしい笑顔で案内してくれる。
店の側面に回り込むと建物には金属製の階段がついており、二階が部屋になっているようだ。
カンカンカンっと階段を鳴らしながら二階に上がり、綾芽が持っていた鍵でドアを開けてくれる。
ガチャッ
部屋の中は洋風で茶色のフローリングに白い壁、入って正面には植物の模様が入った二つのロングソファーが木製のローテーブルを挟んで向かい合っている。
その奥には縦長の窓を背に、木製の大きなデスクと皮の椅子。
初めて来たがなんとなく懐かしさを感じるのは、向こうの世界の事務所と家具の配置が似ているからだろう。
「元々は応接間だったんですけど、使わなくなってからはテナントとして出してたんです」
「入居者さんがくるって聞いて掃除がんばっちゃいました。ついでに模様替えも!」
えっへんっと言わんばかりに腰に手を当て胸を張る綾芽。
どうやらこのセンスの良い配置は彼女のものらしい。
「仁さんはこれからここに住むんですよね? 寝室もあるので自由に使ってくださいね」
「ああ、世話になる。……大変だったろ?女の子が家具運ぶのは」
身長160cmぐらいの華奢な彼女ではなかなか大変だっただろう。
それを労うつもりで話したが彼女は、
「お花屋さんって結構力仕事なんですよ。これぐらい大した事ありません」
随分しっかりした子だな。16、17歳ぐらいだろうが自分が同じぐらいの年の頃を思い出すと天と地の差だ。
「それじゃあ何か分からないことがあったら何でも聞いてください。私は下にいますので」
そう言って俺に鍵を渡すと、彼女は着物の袖を振りながら駆け足で部屋を出て行った。
ふむ、綾芽ちゃんか。可愛らしい子だな。
しっかり者の大家さんを見送った後、ドッカリとソファーに座り込み天井をボーっと見つめる。
やっと落ち着いて座る事が出来た。室内にある壁掛け時計は午後4時を指している。
——ここから始まるんだ。俺の第二の人生が。
4年前からずっと待ちわびていた人生の転機。このチャンス、無駄にはしない。
そんな事を考えていたら俄然やる気が出てきた。
そういえばマツザワからもらったスーツケースの中見てなかったな。
立ち上がって玄関に置いたままだったケースを取り、テーブルの上に置いた。
そのままケースを開け、中に入っている物を順番に取り出して確認して行く。
まず出てきたのはグレーのスーツ。
ジャケット、ベスト、スラックスの三つで構成され、スーツの事は詳しく知らないが肌触りや見た目からかなり良い素材が使われているようだ。
少し厚手の生地だし丈夫で長持ちしそうだな。
次に出てきたのは白のボタンシャツと黒いネクタイ。
シャツはスーツと合わせることを想定してだろう。着回し分も入れてくれたようで、三着入ってた。
ネクタイは少し細めのナロータイって奴だな。これは知っている。
うっすらと斜め入っている灰色のストライプがお洒落だ。
服を取り出していくと……今度は小物か。
手に取ったのは、がま口。
中を開けるとこっちの世界の通貨が入っている。
マツザワにも通貨の事は聞いていた。結構な金額入ってるな。
向こうの世界とは歴史が違う分、紙幣に書かれている顔が違う。
しかしこの壱円札に書かれた男、どっかで見たことあるような……?いや気のせいか……。
何か引っかかったが考えてもしょうがない。
その後も整髪料や歯ブラシ、ハンカチ、靴下、黒い革靴などなど次々に出てくる。
彼は結構……世話焼きなのかもしれない。
「なんだこれ」
思わず声が出てしまったが箱から出てきたのは、手錠だ。
輪っかの部分をつまみ、ジャラ……という音と共に持ち上げてみるとずっしり重たい。
これは決して玩具などではない。本物の手錠だ。
俺に逮捕権があるのかは分からないが、ここに入っているという事は使う時があるんだろう。スーツの内ポケットにでも入れておこう。
気を取り直して最後。
スーツケースの一番下、すっぽりと納まっていたのは西洋式の杖——所謂ステッキである。
傘の柄をそのまま伸ばした様な形で、黒く艶のある色合いだ。
U字に曲がった持ち手の反対側、先端部の石突きと呼ばれる部分は鈍い銀色で金属で作られている様だ。水平に持つと重心が若干先端に傾き重さを感じる。
デザインも良いし気に入った。
以上がスーツケースに入っていたものである。
せっかくなので入っていたグレーのスーツを着て置いてあったスタンドミラーを見ると、
「おぉ……」
我ながら似合っている。
サイズも完璧だ。
テンションが上がってきた俺はソファーに掛けてあった杖を持ち、鏡の前で様々なポーズを取ってみる。
「ん?」
すると指先に違和感を感じた。
よくよく見てみると杖を握り込んだ際に親指が当たる場所。
傘で言うストッパーがある場所に、小さな突起のような膨らみ——スイッチのようなものがある。
「なんだこれ」
カチッ
バンッ!!
「うおぉ!?」
スイッチを押した瞬間。手から伝わる突然の衝撃に、体は大きく仰け反りそのまま後ろに倒れ込んでしまう。
(今のは……この杖か?)
右手に握った杖を恐る恐る見ると、杖は先端の金属部から15㎝程延長していた。
伸びた部分は元々杖に格納されていたようで、細いホースや金属製の管が筋肉繊維のように張り巡らされており、プシューっと水蒸気のような煙を一度吐き出した。
「一体なんだってんだよ……」
この杖が出した衝撃は尋常ではなかった。
俺は倒れる寸前、目の端で偶然捉えることができたが、バンッという破裂音と共に杖の前方には本当に衝撃波が出ていたのだ。
正面に何もなくてよかった……。
そう胸を撫で下すと——さっきの衝撃で舞ったのだろうか。
目の前にヒラヒラと何やら文字の書いた紙が落ちてくる。
床に座ったまま拾い上げるとそこには『西洋杖型近接武器・SW1 取扱書』と書かれている。
間違いなくこの杖の事だろう。
さっき小物類を出したときに気づかず一緒に出してしまっていたようだ。
さっそくページをめくると、
『SW1はグリップ部のスイッチを押すことによって延長し、内部の管より前方約1mに衝撃波を放つことができるぞ!』
『本体は軽量で頑丈な合金で出来ているから耐久性も抜群!』
『再チャージをするには延長部分を押し込み直して2分待て!』
座りながら右手でステッキに体重を掛けると……ガシャン。あ、戻った。
何故か妙にテンションの高い説明書を読み終え、紙をひっくり返して裏面を見ると、
『これは私の作品の中でも傑作と呼ぶに相応しい物だ。君の良い相棒になるだろう』
紙の隅に小さく書かれていたマツザワの言葉を見つける。
マツザワ……農地の人々から慕われる理由が分かる気がするよ。
見た目は変人というより無いが、心は温かい男なんだよな……。
スーツケースの小物類はもはや母親を思わせたもんなぁ。
思わぬところであの変人の温かさに触れ、一人で感極まっていると誰かが階段を上がってくる音がする。
コンコンコンっとドアをノックする音に続いて外から、
「仁さーん? 大きな音がしましたけど大丈夫ですかー?」
綾芽の声だ。
どうやら杖の音で心配をかけてしまったらしい。
あの爆音だ。初日からご近所トラブルになりかねない。
慌てて玄関に向かいドアノブに手を掛けて、スゥっと息を吸い、呼吸を整える。
「仁さ——あっ大丈夫ですか?」
部屋出てきた俺を上目遣いで見上げ、心配そうに見つめる綾芽。
どうやら本気で心配してくれているようだ。
そんな彼女の姿を見ると罪悪感から言葉に詰まってしまう。
「う、うるさくして悪いね。ちょっと転んでしまってね」
ガラス玉のように透き通った彼女の眼に見つめられてしまい、嘘を吐く事にとてつもない罪悪感を感じた俺はなるべく当たり障りのない事をつい口走ってしまう。
「そうでしたか! 結構大きな音だったので驚いちゃいました」
あの爆音を転んだというのは中々無理があったが、彼女の純粋さに入り込む形で何と
か通したぞ。
なんか悪いことをした気分だ。いや悪いことはしたんだけど……。
罪の意識からか急に出てきた冷や汗を拭いながら綾芽を見ると……なんだ? 俺の姿をジロジロみてる。
(流石にバレたか……?)
「仁さん……カッコいいお洋服着てますね……」
俺の心配とは裏腹に、綾芽は間の抜けたことを言ってくる。
「あ? ああ、この服か。知り合いに貰ったんだが……いい生地だろ?」
つい拍子抜けしてしまったが、この服が気に入っていた事もあって褒められたのは素直に嬉しい。
「はい! 大人って感じで、とっても似合ってます!」
「そこまで言われると少し恥ずかしいな……」
目をキラキラさせながら言ってくるもんだから照れてしまう。
まあ大人に憧れる年頃なんだろう。
俺も22歳だし偉そうなことは言えないが。
「あっそうだ! 仁さんまだお夕飯食べてないですよね?」
夕飯か。
気付けば外はもう暗く、時計は午後6時を指している。
忙しくて忘れていたが、今日は朝から何も食べていなかった。
その事実に気付いた俺の体は、恥ずかしいことにぐぅーと腹を鳴らせてしまう。
「ふふっ、そうだと思ってました。もうすぐ出来るので一緒に食べましょう」
「いやでもいいのか? さすがにご馳走になるわけには……」
「いいんです、いいんです。さあ行きましょう」
綾芽に手を引かれ半ば強引に階段を降りる。
すでに閉店時間の為か、店の軒先に並んでいた花は店内に入れてあった。
花をかき分けるようにして店内を奥に進んでいくと……良い匂いがする。
少年時代、夕方に腹を空かせて家に帰った時と同じあの匂い。
花の甘い香りと混ざるようにして鼻に入ってくる夕飯の香りに、少し懐かしい気持ちになる。
店内の奥は生活スペースとなっているようで、店内と同じコンクリートの床の上に流し台やコンロが設置されている。
その左には
「もう少しで出来上がりますから、先に座って待っててください。」
そう言って綾芽は袖をまくると、慣れた手つき
(しかし……水道もガスもあるのか)
いまいち世界観が分からないが、現代人の俺は無かったら困ってしまうので良しとしよう。
よく考えてみればここは大正67年、西暦で言えば1978年だからな。
あっちの世界ではそろそろ平成だ。そう思えばあまり違和感はない。
「お待たせしましたー」
そんな事を考えてる内に夕飯ができたようだ。
お盆に皿を乗せ綾芽が料理を運んでくる。
俺の前に置かれた料理……それは、
「——カレーライスか」
匂いでなんとなく察していたが本当に出てくるとは。
しかもこのカレー、かなり旨そうだぞ。
「……いただきます」
手を合わせて食物への感謝を伝えた俺はカレーを口に運ぶ。
(これはっ……!)
う、旨い!
人参、玉ねぎ、ジャガイモ、牛肉、材料はシンプルだが適切な大きさにカットされた野菜たちは肉のうま味とスパイスに味付けされている。
「どうでしょう……お口に合いましたか?」
俺の正面にお行儀よく正座した綾芽は心配そうに聞いてくるので、
「ああ、最高だ。こんな旨いカレーは初めて食べたよ」
お世辞抜きにそう答えておく。
実際にそれぐらいこのカレーは旨い。
それを聞いた綾芽はパァーっと花が開くような笑顔になって喜んでいる。
「お代わりもありますからいっぱい食べてくださいね」
ニコニコしながらお代わりを進めてくる料理上手な綾芽。
その後、2回お代わりして綾芽の旨いカレーを堪能した俺は自分の部屋に戻った。
腹が膨れてだんだん眠くなってきた俺は寝室に入り、これも綾芽が準備してくれたであろうシワ一つない真っ白なシーツが敷かれたベットに横になる。
(今日は長い一日だったな……)
猫を追いかけて、別次元に来て、探偵になって……。
明日からは本格的に活動を始める事になるだろうが、果たしてうまくいくだろうか。
頭の中には様々な考えが浮かんでくるが、重くなってきた瞼に押しつぶされそのまま俺は眠りに落ちた。
探偵67's 京吟 @TAKEXR
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。探偵67'sの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます