海が見たいの
サトウ・レン
海が見たいの
祖母が死んだ時、祖父が僕に、ありがとう、と言った。
ホスピスにいた頃の祖母が、おじいちゃんには言わないでね、と秘密事を打ち明けるように教えてくれた昔話がある。
昔、とても大切なひとがいたの。恋人って言っていいのかな。でも、いつか一緒になれると信じていたひと。戦争が終わって何年か経った頃だったか、彼に、ね。
海が見たいの、って。
冗談めかしたお願い。山梨の集落に生まれた私たちにとっては気軽な場所じゃなかった。ほとんど家出。ふたりで周囲の目を盗んで、初めて見た水平線に、広がる未来を感じて、私たちの周囲が寧静に包まれる頃になったら一緒になりましょう、と約束したの。
あの世でいいから、また会いたいなぁ。
晩年の祖母は曖昧な記憶に苦しみ続けた。
祖母が死んだ時、祖父が僕に、ありがとう、と言った。
俺たちの昔話に付き合ってくれて、と照れたように。
僕は知っている。
ずっと一緒だったそのふたりは、とてもお似合いだった、と。
海が見たいの サトウ・レン @ryose
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