第2話 伊藤 梓

ふと我に返ると私はもう学校についていた。

毎日同じバスで駅へ向かって、同じ時刻に正確にくる電車に乗って、徒歩3分の学校までの道のりが私の中でもう、プログラム化されているみたいだ。よくも事故にあわないと我ながら感心もするが、それもプログラムの一部として組み込まれているのだろう。

「梓!ねえ、聞いて。朝やばかったんだよ」

 そういって、教室に入った途端私の腕にしがみついてきたのは友達の明日香だ。色白な肌が教室の大きな窓から差し込む朝日を反射している。朝からテンションが高く、あまりこういう人は好かないのだが、なんだかとても馬が合うし、憎めない存在だ。

「駅で歩いてた、目の前のカップルがもうすごくてさ!通学真っただ中なのに、人目はばからず、イチャイチャしてんの。もう羨ましいってか、気持ち悪いっていうか、なんていうか。」

どんな気持ちだよ、と笑いながら私が答えると私が理解してくれないのを不満げに口をとがらせながら、明日香は簡易的な語彙でまた気持ちを表現しようとしてきた。それは別に不快ではなかったが、おぼろげな形しか浮かんでこない。抽象的な言葉を組み合わせていくうちに、チャイムがなると私たちはおとなしくそれぞれの席についた。

「じゃあ、出席とるぞ。また、山内はきていないのか」

腕をつきながら視線を向けると思った通りそこには彼の姿はなかった。山内祐也は不登校気味の生徒だ。だからって学校がつまらないわけじゃなさそうだから、よくわからない。

「なんだ、まったく、休んでばかりだな。じゃあ、次、代々木…」

担任の田中先生はまったくもって平凡な容姿だが、時たま見えるナルシスト面や空気の読めないドキッとさせる発言からあまり生徒には好かれていない。つまらない教科書音読機となる授業も人気の低迷の理由だと思う。本人はそうは思ってはいないみたいだが。

 「じゃあ、休みは今日は山内、だけか。」

先生がじゃあ、今日の連絡事項は、と続けようとすると、教室の後ろ側のドアがガラッと空き、よれっとした服を着て悪びれた様子もない笑顔の山内が入ってきた。彼はへらっと笑いながらおっはようございます、というと、田中先生の小言を流すようにしながら私の横の席に着いた。いつものことなので、私を含めたクラスの人はとくに気にする様子もない。2人を除いては。一人はご存じの通り田中先生だ。馬の耳に念仏状態にもかかわらず毎回注意する。先生ってすごいなあ、って毎回思ってしまう。一通り言い終えると、田中先生は出席簿に全員出席と書き、教室を出ていった。

先生が出ていくと、まってましたとばかりに生徒たちは一斉にしゃべり始めたり席をたったりする。そんな中、いち早く席を立ち山内のもとへかけていった女がいる。これが例の二人目、高橋絵梨佳だ。山内の恋人である。

「祐也!もう、どうしたのよ。LINEしてるのに無視するし。」

はちみつよりべたつきそうな声で、絵梨佳は山内に話しかける。山内は、生返事をしながら、絵梨佳の方を見ようともせず鞄の中から何かを探し出そうとしている。ねええ、と絵梨佳が言うが山内は、んーとか、返事にならない返事をしている。

私は、一向に進まない横の恋愛劇場を横目に立ち上がり、お手洗いへ行こうとした。その時、後ろから誰かに呼び止められた。

「梓!昨日貸してくれたノート、ありがとな!置いておく!」

山内だ。振り返らなくてもわかる。無視したままいくのも、波風立ててしまうのではないかと思い、振り返ってにこっと笑いうなずくと、にこにこする山内の横から絵梨佳がすごい形相で私のことをにらんできた。

 おお、こわ。

私はまるでその顔に気づいていないかのようにそそくさと廊下へ出ていった。

 

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