君のための物語

三題噺トレーニング

君のための物語

 天使はファミリーカーの中にいた。

 そう書くとオレが子煩悩なとても素晴らしい父親のように感じられるが、これは比喩表現ではなく事実で、ファミリーカーの中にはすらりとした天使が足を組んで座っていて、やあ、とオレに笑いかけた。

「カザマさん、こんにちは」

 ギョッと驚くオレに天使は声をかける。

「なんだよ、お前」

「僕は天使です」

「見れば分かるわ」

「この街に危機が迫っています。早く行かなくては」

 天使はオレにファミリーカーに乗り込み早く運転するよう指示をする。というか、俺に指図をするんじゃない。

 車を運転しながら天使へ聞く。

「なんでオレなんだよ?」

「いや、これには適任者がカザマさんしかいないんですよ」

「だからなんで!」

 語調を荒くしたオレを天使は後ろの席からにこにこと見ている。

 たしかに天使の言う通り、街ではここ最近物騒な事件が起こっていた。

 小動物の殺害事件だ。

 実際、被害は大きくなっていっていてスズメ、ハト、カラス、ネコと殺害される対象が段々と大きくなっているのも不気味だった。

 しかし、そんなことをする前にオレは幼稚園まで娘の美兎を迎えに行かなくてはいけないのだ。天使の指示を無視して、美兎の元へと向かう。

「あっ、そっちじゃないですってばカザマさん!」とか後ろの席で天使がギャーギャー喚いているのを無視して幼稚園へと急いだ。

 そして、園の前にいる美兎を見つけたまさにその時。

「危ない!」

 対向車線のオートバイが突然鉄パイプを振りかぶって娘の頭を狙った。

 天使は叫ぶや否やファミリーカーの窓から飛び出して園の前の娘を庇った。

間一髪、娘は無事だった。天使に抱きかかえられて、きょとんと中空を見上げている。

 オレはファミリーカーを傍にとめて、美兎の元へと駆け寄ろうとした。が、しかしそこで俺の足は止まる。そこへ慌てた様子で妻の麻衣子が出てきたからだ。それなら娘も心配はないだろう。

 オレは犯人を捜すべく車を走らせた。


***


「娘さんに声をかけなくてよかったんですか?」

「美兎には麻衣子がついてる。急がないとアイツを見失っちまう!」

 飛んで戻ってきた天使を乗せてオートバイを追いかける。ある程度まで距離を詰めればあとは天使に飛んでもらって捕まえるつもりだった。

 執拗な追跡の結果、高速へ逃げたオートバイを天使は捕まえた。路側帯へそのバイカーを持ち上げていってヘルメットを取った。出てきたのは悪魔だった。

 驚いているオレに悪魔は言う。

「次は人間のガキだったのにヨォ」

「まさか、こいつが小動物を殺してまわっていた犯人だったのか」

「ええ、そうですよ。僕は天国からこいつを捕まえるためにやってきました」

 天使は手際良く悪魔を拘束すると、振り返ってオレに言う。

「そして、もうひとつ。あなたを迎えに来たんですよ、カザマ シュンペイさん」

「えっ……どういうことだ」

「あなた、もう死んでいるんですよ。一度、事故で」

「…………そうか。そういうことだったのか」

 その瞬間、死の間際の記憶が蘇る。

 歩いていてトラックに轢かれそうになった美兎と麻衣子を横からファミリーカーで割って入ってオレは死んだ。トラックの軌道はズレて、美兎と麻衣子は無事だったが、オレは当たりどころが悪くて死んでしまったのだ。

 さっき美兎と麻衣子に対して「会えない」とよぎった直感は、オレが死んでいたからだった。

「そうか……オレは死んでいたのか」

 連行される悪魔を見送り、オレは天使と天国へ旅立った。

 後日、天使経由で聞いた話によると、美兎は「パパの車が守ってくれたの! 白い羽根の天使さんも一緒だったの」と興奮気味に麻衣子に伝えていたらしい。それを聞いた麻衣子はオイオイ泣いていたらしく、それが少々気の毒だった。

 最後に美兎を守ることができて良かった。

 でも、まだまだこの街を見張って美兎が成長するまでは見守り続けないとな、と思うものの。

 オレは世界一幸せな父親だったな、と白い雲を眺めながら思った。

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