俺の浮気宣言に「ウチじゃダメだったの?」と涙目で聞いてくる、元ヤンギャルの彼女が可愛くて困る

くろねこどらごん

第1話

「あー、浮気してぇー!」




 天下の教室のど真ん中で、俺は大声を張り上げた。


 その発言内容も相まって、教室中の視線が一斉にこちらに降り注ぎ、春日井柊馬は一躍注目の的となる。狙い通りの展開に満足し、俺は鼻の穴を大きく膨らませていた。




「え…お前何言ってんの?」




「うわぁ、ゲスだなぁ。僕、もう君の友達辞めることを真剣に考えるよ」




 突然放たれた青少年の主張。

 休み時間ということもあり、俺の席に集まってきた友人の山下と堤谷のふたりも何故か思い切りドン引きしているが、まぁ会話中に友達が突然叫んだら困惑するのも無理はないだろう。説明していなかった俺が悪かったのだし、そこは反省すべきところでもある。




「あぁ、悪いな。ちょっと叫びたくなったのさ。男なら誰だってそういうときはあるだろ?」




「とうとう狂ったみたいだね。僕はずっと、君は頭がおかしいやつだと思ってたんだよ」




 だがな堤谷、さっきから貴様ドサクサ紛れになに言ってくれてんだ。納得したように頷いているが、俺はお前がロリコンだってこと知ってんだぞ。俺のほうが人間ランクは遥かに上だ。




「あぁ!ざけんなロリコン野郎!ぶっ殺すぞテメェ!」




「よしわかったクズ野郎、表に出ようか。僕の秘密を知ったからには、君は生かしておくわけにはいかない」




 さすがにキレた俺は堤谷を挑発するが、やつもすかさず食いついてくる。


 一触即発の気配が漂う中、俺たちふたりは決着を付けるべく颯爽と立ち上がりかけるのだが、そこで待ったの声がかけられた。




「おいおい、やめろって恥ずかしい。ただでさえこっちまで見られてんだから辞めてくれよ」




 ちなみに女の子のものではない。


 野太い野郎の声だった。もうひとりの友人である山下のものだ。




「いや、でも春日井くんが僕の秘密を!」




「心配しなくてもお前がロリコンだってことはとっくにクラス中のやつが知ってるぞ。分かってないのはお前くらいだ」




「え」




 山下の指摘に硬直した堤谷を尻目に、俺はフッと勝利の笑みを浮かべた。


 当然だ。こっそり拡散したのはこの俺だからな。ちょっと顔がいいからって調子に乗っていた罰である。天誅と言ってもいいだろう。




「まぁ正義は勝つってことだな。戦わずして勝っちまったのはさすが俺ってとこか。サンキュー山下。後でなんか奢るわ」




「いや、それは別にいいんだが。つーか、よく胸を張れたもんだな。すげぇよ、お前…」




 山下は何故か呆れた目を俺に向けるが、さっぱり意図が分からない。


 やがてやつは諦めたように頭を振ると、口を開いた。




「で、さっきの浮気宣言にはなんの意味があるんだ?」




「お、やっぱそこ気になっちゃう?」




 気にならいでか、と山下は俺の机に腰掛け、上から俺へと視線を向ける。


 俺も野郎の尻を見ながら話すのは嫌なので、自然と顔を上に向けることになるのだが、その時横目である人物の視線を捉えていた。




(お、見てる見てる…)




 作戦が上手くいったことを確信し、俺はこっそりほくそ笑む。


 俺を見つめるひとりの女子生徒の存在こそが、俺があんなことを主張するに至った根源であったからだ。




「…………」




 だけど何故だろう。


 俺が思っていた以上に俺の彼女でもあるその女――霧ヶ峰紅葉の目つきが、険しいように思えるのは。




 いや、険しいなんてもんじゃない。睨んでる。ハッキリと目尻を釣り上げ、こちらを睨んでいらっしゃる。


 周りの友人も何やら楽しそうに話しかけているのだが、それらをガン無視して俺にだけ明確な殺気をさっきから送り続けているようだ。


 言っておくが、ここは笑うところだからな。というか笑ってくれ頼む。なんか胃が痛くなってきた。




「おい、聞いてんのか春日井。やっぱ頭がイッちまったか?」




「イッてねーよ。正常運転だっつーの。まぁあれだよ。俺って紅葉と付き合ってるじゃん?」




 もはや視線に耐え切れなくなってきたところで天の助けとばかりに声をかけてきた山下の言葉に、俺は乗っかることにした。


 あの殺意マシマシの目を見ていたら、確かにイッちまいそうだったのもある。あ、言っとくけど俺はノーマルだからな。断じてMなどではない。堤谷とは違うのだ。




「そりゃ有名だしな。さっきからお前のことも見てるじゃん。お前殺すぞって目が言ってるし」




「……山下もそう思う?」




 俺の言葉に山下は頷く。マジかぁ。ひょっとして俺ミスったかなぁ。




「作戦失敗したかなぁ。ちょっと紅葉の嫉妬する姿見たかっただけなんだけど…」




 俺は密かに嘆息し、頭を軽く掻き始めた。








 俺と霧ヶ峰紅葉が付き合い始めたのはつい数ヶ月前のことだ。


 紅葉とは中学からの同級生で、なんだかんだ馬が合ってよく一緒に遊んだりもしていたのだが、高校に進学し一緒のクラスになってから数日が過ぎた頃、突然彼女に呼び出されたのだ。




 いやぁ、あの時はマジでビビったなぁ。校舎裏に呼び出され、なんのことだかよく分からないうちに待ち合わせ場所に訪れると、先に来ていて壁に寄りかかっていた紅葉に突然襟首を掴まれたのだ。


 そして顔をグイっと近づけ、「ウチと付き合うか、それとも死ぬか。今ここで選べ」とある意味究極の二択を突きつけられたのである。まさかの校舎裏のデッドオアアライブエンカウントに、俺はガクブルと震えながら、ひたすらコクコクと頷いた。




 言い忘れていたが、俺の彼女はヤンキー系ギャルだ。いや、元ヤンといったほうがいいのだろうか。


 いいや、そもそも別にヤンキーでもないんだが、まぁ見かけは金髪だし、そこまで大差ないだろう。偏見ではないぞ、多分。




 紅葉は基本的にカラッとしていて明るいいいやつなのだが、ガラが悪くて男らしい性格をしている女である。


 その性格から同性からのウケはとにかくいいのだが、反面女の子らしい一面を俺はとんと見たことがない。


 彼氏である俺すら見たことがないのだから、他のやつらも同様だろう。




 デートする時も基本スタジャンかライダースジャケットにジーンズというラフすぎるスタイルだし、試しにホラー映画を観に行ったときだって涙を流すどころか悲鳴ひとつあげない肝の座りっぷりだった。


 俺なんてあまりの怖さに抱きついて半泣きになったのに、紅葉は俺の手をギュッと握って落ち着かせてくれたりしたんだから思わずキュンときたね。


 雌堕ちというのはああいうことをいうのだろう。


 観終わった後にお願い!抱いて!と往来の中で宣言したらぶん殴られたが、あれも一種の照れ隠しだったと思えば可愛いものである。




 ちなみにどさくさ紛れに俺のどこが好きなのか聞いてみたりもしたのが、見事にはぐらかされた。


 これもまた珍しく紅葉が見せた女の子としての一面と思ってこちらも深く追及はしなかったのだが、時間が経つごとに気になってくるのが人間心理ってやつである。




 紅葉は俺のどこを好きになったのか?


 それを知ったら、もっと紅葉に対して上手く接することができるようになるんじゃないか?




 そう思ったわけよ。


 俺だって男だ。紅葉ともっとふかーい仲になるためにも、是非とも知りたくなったってわけさ。




 だからまぁ、常々気になっていたことを今日実行してみたというわけなのだが…




「あれじゃどうも上手くは…」




「おい、柊馬」




 ため息をついていると、突然声をかけられた。


 聞き覚えのある声に、俺は思わず顔をあげるのだが…




「お、紅葉!きたのか!」




「来たのかじゃねーよバカ柊馬。なんだよさっきの大声は。死にたいのかお前」




 出迎えたのは、めっちゃ冷たい目をした我が恋人だった。




「え、も、紅葉さん?なんでそんなに冷たい目をしてらっしゃるので…?」




「自分の胸に手を当てて考えてみたら?つーか、あんなこと言ってウチが笑って出迎えると思ったなら、アンタ相当ヤバいよ。いや、ヤバかったわ」




 お前ってそういうやつだよなーみたいな冷めた目で俺を見下す紅葉さん。


 それは恋人を見る目じゃねーぞ!?


 昆虫でも相手にしてるかのような態度に戦慄を覚えていると、紅葉は親指でクイッと教室のドアのほうを指差した。




「えっと…」




「着いてこいっつってんの。言わなきゃわからんないとか、ほんとバカだよねアンタ。ウチより頭悪いとかマジないわ」




 そういうとクルリと反転し、紅葉は歩き出す。


 フワリと揺れたスカートに、一瞬目を奪われたのはここだけの秘密だ。




(あれ?ひょっとして殺される?)




 とはいえ、そんな能天気なことを考えたのも一瞬のこと。


 冷静に考えると、今の状況は相当ヤバい。


 っていうかそりゃそうだ。


 恋人に大勢の前で恥をかかせたようなものだもん。


 そりゃ怒る。誰だって怒る。俺だって怒るだろう。


 つまり俺はアホだった。でも気付いたところでもう遅い。




「だ、誰か助けて…」




 思わず周りを見渡すも、皆はすぐさま俺から目をそらした。


 それは山下と堤谷も同様である。いや、堤谷の野郎、笑ってやがる!


 あの野郎、他人事だと思ってんな!その通りだけど!




「ち、畜生。なんて皆薄情な…」




「おい、早くこい」




「はひっ!?」




 威圧感のあるドス声に振り向くと、紅葉は開けたドアに背中を預けて寄りかかっている。


 その姿はなんとまぁ様になっており、俺が女の子だったら胸キュンしてもおかしくないイケメンっぷりだ。


 ただしヤンキーのそれだがな!




「わかりました…」




 これが彼女の元に向かう彼氏の姿だろうか?


 断頭台を歩む死刑囚の気分を味わいながら、俺は自らの足で紅葉についていき、断罪の時を待つのだった。














「……まぁここでいいだろ。オラ、入れよ」




 そう言って紅葉はひとつの教室のドアに手をかけた。


 ガラリと音を立て開け放たれたのは、とある空き教室である。




「お邪魔します…」




 借りてきた猫のように、おずおずと足を踏み入れるのだが、当然ながら人の気配はまるでない。


 つまり、私刑を実行するにはおあつらえ向きの場所ということだ。


 教室から離れた場所にあるうえ、ここまでくるのにろくにすれ違うこともなかったため、助けは期待できないだろう。




(終わったな…)




 文字通りの絶体絶命。


 ここから待ち受けるのは果たしてどんな罰なのか。


 殴られるくらいですめばいいなぁと思いながら、後ろで紅葉がドアを閉める音を耳にしていたのだが…






 ポスン






「へ…?」




 次の瞬間、体に伝わってきたのは、覚悟していた重い衝撃とは真逆のものだった。




「あの、紅葉さん?」




「…………」




 柔らかい感触が背中からふにふにと伝わってくるのだが、正直それどころじゃない。


 頭がパニックになっている。




「あの、なんで俺は抱きつかれているんですかね…?」




「…………なんでだよ」




 質問したのは俺のほうが先なのに、質問で返された。




「え、なんでって…」




「浮気したいって、どういうことだよ」




 途端、伝わってくるのは、シャツが引っ張られる感触。


 背中が締め付けられて襟元まで引っ掛かり、少し息苦しい。


 たけど頭はやっぱり混乱の真っ最中で、そんなことはどうでも良くなってしまうくらいだ。




「えーと、あれは」




 言葉の綾で…そう続けようとしたのだが、それよる先に紅葉が動いた。




「ウチじゃ、ダメだったの…?」




 ギュッと、背中から伸ばされた両手で、俺は抱き締められていた。




「へ…?」




「わかってる。ウチが女の子らしくないことくらい…だけど、ウチはこうだから…こんなウチでも柊馬なら、受け入れてくれてると思ってたのに…」




 次第に声が弱まっていく。


 いつもは自信に満ちていて、揺らぐことのない紅葉の声が、今はとてもか細いように思えた。




「やっぱり、女の子らしくしたほうがいいの…?ウチ…ううん、私は…柊馬がそのほうがいいなら、変わるよ。だからさぁ…浮気なんて言うなよ…うわき、なんて…」




「紅葉…」




 最後はもう涙声だった。


 この子は本当に俺の知っている紅葉なんだろうかと一瞬疑ってしまうくらい、今の彼女はどうしようもないほど弱さを見せた、女の子だった。




「浮気すんなよ…お前は、私だけを見てればいいんだよ…他の女なんか見んな。柊馬には私がいればそれでいいだろ。私には、お前しかいないんだから…」




 抱き締める力はますます強まる。


 まるで絶対離さないとでもいうかのように、痛いほどの力がこめられている。




「ちょ、ちょっと待ってくれ紅葉。痛い、痛いから…」




「嫌だ!離したらお前、他の女のとこいくんだろ!絶対離すもんか!お前は私だけのモノなんだ!!!」




 ていうか実際めちゃくちゃ痛い。


 紅葉の力は半端なく、まるで万力で締められてるようだ。


 だから離して欲しかったのに、紅葉は言うことを聞いてくれない。


 駄々をこねる子供のように、ひたすら俺を抱き締めて離さない。




(いってぇ!参ったなぁ…)




 だけど、悪い気はしなかった。


 この力強さが紅葉の俺に対する想いの強さの現れだというのなら、それは彼氏冥利に尽きるというものだ。




(問題はこの後だがな…これ、ほんとのことバレたらどのみち殺されるんじゃね…?)




 紅葉の弱々しい姿はキュンときたが、落ち着いた後の怒りを思うとヒュンとくる。




「しゅうま…しゅうまぁ…」




 俺は痛みに耐えつつ顔をニヤけさせるという器用な真似をしながら、この後の言い訳について必死に思考を巡らせるのだった。




















「殺す」




 落ち着いた頃合いを見計らい、浮気宣言の真意を語ったところ、紅葉が発した第一声がそれだった。




「お、落ち着け紅葉!悪気は、悪気はなかったんだ!」




「なら、なおタチが悪いと思わん?ウチのこと、試したってことだよね?」




 身体中から怒気を発し、眉間には青筋まで浮かんでいるあたり、紅葉の怒りは本物だ。


 実際紅葉の怒りはごもっともだし、試すようなことをした俺が悪いのは全面的に同意するが、俺はまだ死ぬわけにはいかなかった。




「それに関しては本当に悪かった!この通りだ!なんなら殴ってくれて構わない!だけど、別れるのだけは勘弁してくれ」




 俺がそういうと、紅葉の動きはピタリと止まった。




「へ、へぇ。それはなんで?」




「俺も紅葉のことが好きだからだよ。好きだったから、紅葉がどうして俺を好きになってくれたのか、知りたかったんだ…傷付けるような真似をしたのは、本当に悪いと思ってる。紅葉の気持ちだって、もうまるで疑ってない。だから、別れるのだけは許してくれ…」




 これは間違いないなく俺の本心である。


 元より好きだったが、さっきの姿を見てますます俺は紅葉に惚れ込んでしまったのだ。




「へ、へぇー。柊馬もウチのこと、好きなんだ。へぇー」




「ああ、昔から便りになるし、いいやつなのもわかってたから好きだったけど、ますます好きになった。絶対別れたくないんだ。この通りだ」




 単純と言いたければ言えばいいし、最低なことをしたのによくもぬけぬけとと言われても構わない。


 それでも俺は紅葉が好きだ。他人にいくら言われたって、紅葉が許してくれるならそれでいい。


 そのためなら、なんだってするつもりだ。




「そっかそっかー。柊馬はそんなにウチのこと…へへへ…」




「ああ、だから…ん?紅葉、お前、ニヤけてるぞ?」




「へ?そ、そそそそそんなことないし!」




 何故か顔を真っ赤にして紅葉は否定するも、それでもやっぱり顔はどうみてもニヤけてる。


 頬が緩みっぱなしだ。




「そうか?じゃ…」




「あ、も、もう謝らなくていいから!柊馬の気持ちはわかったし!むしろ困るからやめろ!!!」




「お、おう?わかった…」




 さらに頭を下げ続けようとしたのだが、何故か止められた。




「許してくれるのか…?」




「……もう二度とこんなことしないって言うなら許す」




 恐る恐る聞いてみたが、そっぽを向きながら紅葉は言う。


 さっきまで見せていた怒りは、いつの間にかなくなっているように思えた。




「しない。誓うよ」




「ん。なら良し。ほら、戻るよ。このことはもう蒸し返すのナシだかんね」




 俺の答えに満足したのか、紅葉は頷くと、ドアに向かって歩き始める。


 どこか照れているように思えるのは、俺の気のせいだろうか。




「あ、ちょっと待ってくれ!」




「…なんだよ」




「あの、ひとつだけ答えてくれないか」


 


 俺はその背中を呼び止め、声を投げ掛けた。


 どうしても確かめたいことがあったからだ。




「どうして俺に告白してくれたんだ?」




 この答えを知りたくて、俺はあんなことをいい放ったのだから。


 俺の言葉に紅葉は少しだけポカンとした表情を浮かべた後、軽く笑った。




「アハハハ」




「なんだよ。教えてくれよ」




「嫌だ。教えない。馬鹿なりに自分で考えろ、バーカ」




 軽口を叩きながら、紅葉はまた前を向く。




「だけどまぁ、強いて言うなら…」




「言うなら…?」




 俺は紅葉の言葉をただ待った。




「お前がそんなことをこんなウチに臆面もなく聞いてくる馬鹿だからだよ。バーカ」




 そう言って、霧ヶ峰紅葉はまた笑った。

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俺の浮気宣言に「ウチじゃダメだったの?」と涙目で聞いてくる、元ヤンギャルの彼女が可愛くて困る くろねこどらごん @dragon1250

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