第37話 女王との邂逅

 レアン王国に到着し、宿で一泊した僕達は直ぐに王都へ向かって出発した。

 王都への道を熟知しているアースさんは、幾つもの分かれ道を迷わず馬車を走らせる。


 観光業で栄えているセレドゥ程では無いが、この国も中々に人が多い。

 馬車が通りやすい様に街道が整備されて居なければ、移動だけでもかなりの時間を費やさなければならなかっただろう。


 実際には綺麗に整備された道と長年この国に住んでいたアースさんの操縦によって、馬車は止まる事無くスルスルと目的地に向かって進んで行った。


「セレドゥと違って街中でも馬車が走れるんだね」

「そうだね。セレドゥでは水路を使って小舟で移動出来るけど、この国だとそう言った移動手段が無いからじゃないかな」


 水の都とも言われるセレドゥは街中に引かれた水路を使い移動出来るが、レアン王国は何かしらの特徴がある土地ではない。

 その為、広い国内を不自由なく行き来出来る様に道路が整備されていったのだろう。


 そのお陰か、昼を少し過ぎた頃には僕達を乗せた馬車は王都へと辿り着いた。


「目的地は少し入り組んだ場所にあるから、一度馬車を預けてから徒歩で向かう。もう少しで降りる事になるから、その前に準備をしておいて欲しい」

「分かりました」


 長かった馬車での移動ももうすぐ終わりを迎える。

 アースさんに言われた通り、僕達は馬車を降りる準備を整えていく。

 僕達の準備が終わったのとほぼ同時に馬車が止まる。


「さあ着いたよ」

「はい。それじゃあ降りようか」


 僕達が降りると、アースさんは馬車を預けにこの場を離れる。

 その間エルンとレナはそわそわした様子で周囲を観察している。


「うわぁ……これぞ都会って感じの光景だね」

「私達の故郷ではこれほど建物が密集して居ませんでしたからね」


 僕とリベラは似たような雰囲気のセレドゥを見た事がある為に特に気にして居なかったが、どうやら二人には王都の街並みが新鮮に映る様だ。

 二人はアースさんが戻ってくるまで忙しなくあちこちを見回していた。


「お待たせ。王都の様子が気になっている所で悪いけど、ここからは少し急ぎ足で移動する。余り姿を見られたくないから、これを持ったまま付いて来てくれるかな?」


 馬車を預けて戻って来たアースさんは、先程まで装備して居なかった長いマントの先端を僕達の方へ預ける。被るのではなく持ちながら移動すると言うのはどう言う事だろうか?


 そんな疑問を抱きながらも、言われた通りにマントの端を摘まむ。

 すると手で触れた部分から普通の布とは思えないような手触りが返って来る。

 その触感に思わず目を見開くが、このマントの異質な部分はそれだけでは無かった。


 マントを掴んでいるはずの手が逆に包まれている様な感覚。

 その不思議な感覚は『金恋花の盾』を触れた時と似ている。


 だが、その事に考えを巡らせる間もなくアースさんが移動を始めた。

 慌ててその背を追いかけるも、彼は僕達が追い付けるギリギリの速度を出しているのか一向に距離が縮まらず、半ば引っ張られるような形で建物や人の間を縫うように駆け抜けていく。


 結局アースさんに追いついたのは、目的地であろう建物の前に到着した後だった。

 ようやく立ち止まった所で僕達は膝に手を付きながら必死に空気を吸い込むが、先導していた彼は息一つ乱していなかった。


「い、いきなり街中を全力ダッシュはきつかった……」

「すまない、私の姿を王都の住人に見られる訳には行かないからね。ここまで来ればもう大丈夫だ、ゆっくりと息を整えてから行こう」


 アースさんの言葉に甘えて息を整え、少し余裕が出来た所で目の前の建物を注視する。


 迷路の様に入り組んだこの路地裏に佇む建物は、普通の建物にはあるであろう窓が存在せず無機質な扉だけが存在している。扉も取っ手や鍵穴の様な物は無く、そもそも開くのかすら怪しい。


「……ここで合ってるんですよね?」

「ああ。そろそろだと思うが……」


 扉は外側からは開かないのか、アースさんは何かを待っている様だ。

 彼に倣って扉に視線を向けたその時―――




 ザザザッ……




「うわっ、動いた!?」


 独りでに開いていく扉を目にしたリベラの身体が僅かに跳ねる。

 消音効果のある魔術でも掛けられているのか、分厚い鉄扉が開いたにも関わらず僅かに砂利が擦れる音だけしか聞こえない。


「どうやらあちらの準備が出来た様だ。行こう」


 アースさんは臆することなく建物の中へと入る。

 薄暗く足元も見え辛い為に少しばかり躊躇したものの、どんどん進んで行く彼を追う様に僕達も足を踏み入れた。


「お、お邪魔しまーす……」

「……中は普通の家とかじゃないみたいだね」


 建物の構造は住居とは到底言えない様な形になっていて、外見はあくまでも一般的な家に偽装するための物でしかなかった様だ。

 遺跡にも似た薄暗い内部を進んで行くと、行き止まりに辿り着いた。


 ここまでは一本道だった為に、間違いで無ければどこかに抜け道があるのかもしれないが……。


「行き止まり? どう言う事?」

「問題無い。この壁で……」


 行き止まりの事を気にするでもなく、アースさんは壁に対し一定間隔でノックを始めた。

 暗がりにコンコン、と何度も壁を叩く音が木霊する。




 ―――そして、何度目かのノックを終えた瞬間、僕達の目の前の光景がガラリと切り替わった。




「え!?」

「これは……」


 先程までは薄暗い行き止まりの通路であったはずの景色は、唐突に上品な内装の家屋へと変わり果てていた。そして僕達の目の前には数人の騎士と思しき人物と、その中心で優雅に椅子に腰かけている女性が居た。


「久しぶりですね、アース。……少し老けましたか?」


 尋常ならざる覇気を携え、中央の女性はフッと微笑を浮かべながらこちらに―――より正確にはアースさんに声を掛ける。


 まるで以前訪れた大遺跡と同じ仕掛けギミック。その仕掛けを発動させたであろう張本人に対し、彼もまた親しみを感じさせる様な声音で返事をした。


「ああ、久しぶりフィオラ。……そう言う君は相変わらずの様だね」

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ロストシーカー ジュレポンズ @ueponnzu

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