第36話 そびえる城壁
アースさんからの提案を受け入れた僕達は今、レアン王国に向かっていた。
あの日から既に数日が経ち、目的地は目の前に見えて来た。
「そろそろレアン王国に到着するよ」
自ら御者を引き受けたアースさんは、こちらに振り返りながらそう告げる。
彼が用意した馬車は普通の馬車よりも格段に乗り心地が良く、彼自身の操縦技術も相まってリベラが丸薬を必要としないくらいには快適に過ごせていた。
「あれがレアン王国かぁ……。何か凄い所まで壁が広がってるね」
「レアン王国は国土の殆どがあの城壁に守られているのが特徴ですし、今見えて居るのも都市を囲む壁の一部に過ぎないようですよ」
リベラ程で無いにしろ乗り物に弱いレナやエルンも、今回の馬車では外の景色を楽しむくらいの余裕がある様だ。
彼女たちの声に釣られて視線を馬車の外に向ける。
視線の先では、ある種の神々しさを感じさせるような壁が堂々とそびえ立っている。
王国はあの壁の内部に存在している訳だが、入るための城門は四方に一ヵ所ずつだけだ。
城壁の高さや堅牢さ、そして監視を行っている騎士の存在からしても王国に不法入国するのは困難だろう。大陸に存在する六国の内、最も強大と言われるだけの威容がそこにはあった。
「う~ん……。お兄ちゃん、もう着く?」
「ああ。もうすぐレアン王国に着くよ」
その景色を眺めていると、静かに眠っていたリベラが目を覚ました。
エルン達に倣ってか、ぼんやりと目の前の光景を眺めている。
「レアン王国に着いたら、今日一日は休みにする。それまでもう少しの辛抱だよ」
「うん……」
いつもよりは楽だったとは言え、今回も長時間馬車に揺られっぱなしだった。
未だ眠たげに目を擦るリベラにアースさんは声を掛ける。
しばらくすると城壁前の検問所が見えて来た。
今日はそこまで混みあっていないようで、直ぐに僕達の番が近づく。
「よし、次……は……」
「こんにちは、お勤めご苦労様です。……これを」
アースさんはわざとらしい笑顔を作りながら検問所の騎士に挨拶をし、一枚の手紙を渡す。
彼の顔を見た騎士は驚愕の表情を浮かべながらもその紙を受け取り、内容を確認する。
「……確認しました。どうぞ、お通り下さい」
「ありがとうございます。では」
騎士は彼に手紙を渡して敬礼をする。それに倣う様に周りの騎士達も敬礼をし、門を通り過ぎていく僕達を見送った。
「あの手紙には何が書かれてたんですか?」
「端的に言えば、国王直々の面会許可証みたいなものだよ」
そう言って彼は手紙を懐にしまう。
「さ、このまま今日の宿へと向かうとしよう」
しばらく街道沿いに馬車を走らせ、今日の目的地であった宿屋に辿り着いた。
男女別で二部屋を借り、僕はアースさんと共に部屋の中へ入る。
「リオン君も今日くらいは休んでおくと良い。明日には直ぐ王都へと向かう。それ以降はどうなるか分からないからね」
「はい」
王都へはここから半日程の距離だ。そこへ着いたらすぐに国王と顔を合わせる手筈となっている。不安が無いかと言えば嘘になるが、ここまで来ては引けないだろう。
「明日の事が心配かい?」
「……はい」
その事を察したのか、アースさんが声を掛けて来る。
素直に肯定すると、彼はベッドに腰かけゆっくりと口を開き始めた。
「君達に彼女の事はどこまで話したかな……」
「アースさんと同じ四元騎士の一人であった事と、大遺跡の聖遺物を手にした途端に塞ぎこむような雰囲気になってしまった事は聞いてます」
「あぁ、そうか。そうだったね」
アースさんと共にレアン王国を守護していた四元騎士の一人にして、現在のレアン王国の国王―――フィオレ・マグノリア。
女性でありながら並の騎士を凌駕する程の実力を持つ彼女は、王族でありながら一人の騎士として国を守護する事を己が使命としていた。
世界中に遺跡が現れ始めた時も、真っ先に対処に向かう程行動的な性格だったと言う。だが……
「大遺跡から持ち帰ったあの鏡。あれを覗き込んだ彼女はみるみる顔を青ざめさせ、直ぐにあの聖遺物を城の宝物庫に厳重に封印した」
以前アースさんが口にしていた、『何もかもを見透かすように照らし出す鏡』と言うのが、彼女の様子が急変した原因らしい。
「私が覗き込んだ時も確かに、鏡の中に吸い込まれる様な言いようの無い嫌悪感を覚えたが……。彼女が動揺した理由はそんな生易しい事象の所為じゃないだろう」
その時の様子を思い出したのか、口に手を当てながら彼は話し続ける。
「私は……彼女がああなってしまった理由を知りたい。あの鏡に彼女は何を見たのか……レアン王国にいた頃は終ぞ教えてくれることは無かったからね」
そう言うアースさんは、少し後悔が滲んでいる様な顔をしていた。
彼のその表情を見た僕は、いつもは見せないような姿に少し驚く。
「アースさんも心配なんですね」
「……あぁ。情けない事に、君と同じで僕も彼女と会うのは不安なんだ」
ははは、と苦笑いをしながらアースさんは答える。
「まあ、私ですらこんな有様だ、君が不安を感じるのも無理はない。だが、一人で抱え込むよりは吐き出してしまった方が楽になる。何かあったら私や仲間を頼ると良い」
「……はい」
僕が頷いたのを見てアースさんは満足そうに笑う。
そしてパチンと手を叩いて話を締める。
「明日も早い。今日はゆっくりと休みたまえ」
「はい、また明日」
促されるままに自分のベッドへと倒れ込む。
知らぬ内に蓄積していた疲労からか数秒もしない内に意識が薄れて行き、瞬く間に眠りへと落ちて行ったのだった。
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