魔法少女マジカル☆まほりん30歳

青水

魔法少女マジカル☆まほりん:最終話『さらばまほりん! 君のことは一生忘れない!』

 庄司真帆三〇歳。職業、魔法少女。

 魔法少女歴二〇年の大ベテランである。


 はあ、と真帆はため息をついた。手元には結婚式の招待状。高校時代の友人からだった。出席か欠席か、どちらにしようか悩む。友人とはいっても、最近は会う機会も連絡を取ることもめっきり少なくなった。


「結婚、か……」


 憂鬱な顔つきで、真帆は呟く。

 ここ数年、友人たちが次々に結婚していく。三〇歳なのだから、結婚していても別におかしくはない年齢だ。嗚呼、憂鬱だ。


 もちろん、真帆の友人で結婚していない人もたくさんいる。結婚するつもりなんてない、私は一生独身を貫くぞ、と高らかに宣言している人もいる。今は昔よりも結婚する人が減って、離婚する人が増えている――そんな時代だ。


 結婚=幸せ、いい年して結婚していないのはおかしい――という価値観は古い。

 それに、結婚したからといって幸せになれるとは限らない。現に、関係が悪化して離婚、不倫されて離婚、DVされて離婚、なんて友人もいる。


 しかしそれでも――。

 真帆は結婚したかった。結婚に憧れていた。いや、『憧れている』――現在進行形だ。相手はいない。結婚はおろか、恋人の一人だってできたことがない。平和のために頑張って魔法少女の仕事をこなしていたら、三〇歳になっていた。


 大体、職業柄、男と知り合う機会がない。魔法少女は『魔法少「女」』というくらいなのだから女しかいない。敵は男か女か以前に、性別という概念が存在するのかどうかすらわからない異形の存在だ。


 過酷な仕事を終えると、達成感と疲労感に包まれながら帰宅する。そして、三分でできあがるカップ麺をちゅるちゅるとすする、そんな生活。

 銀行の通帳を見ると、仕事量に応じた額が振り込まれている。大金ではないが、少なくもない。リスクに対してリターンがいささか少ないとは思うが、食っていくのには十分な金額だ。

 はあ、ともう一度ため息をつく。ため息をつくたびに、幸せが少しずつ逃げ去っていくような気がする。


(どうしよう……行こうかな……)


 せっかく招待してくれたのだから、可能なら出席するのが望ましい、か……。

 結婚式の日は休日だった。魔法少女の仕事も当然のことながら休みがある。週休二日制だ。タイムカードによる勤怠管理も行われている。フレックスタイム制だ。残業は敵の襲来状況によって大きく変化する。


 出席か、欠席か……。ボールペンを握ってぷるぷる震えていると、腕時計型通信変身端末マジカル☆ガールフォンから、上司(?)のかえるんの声が発せられる。


『真帆、仕事ケロ』

「敵は?」

『獣型、C級が三体ケロ。座標はマジカル☆ガールフォンに送信したから、チェックして向かってくれケロ』

「了解」

『それでは。ケロケロ』


 通信が終了すると、真帆はすぐに家を出た。格好はOLのようなスーツ姿だ。昔は魔法少女衣装に変身してから現地に向かっていたのだが、この年で魔法少女衣装だとコスプレに思われ、悪目立ちするのだ。コミックマーケットなどなら問題ないのだが、さすがにこの格好で電車に乗るのはためらわれる。


(車、買おうかな……)


 電車の吊り革に掴まりながら、真帆は考える。

 しかし、車で現地に向かったとして、その辺に停めていたら違法駐車で警察に怒られる。平和を守る魔法少女の法律違反はまずい。


(やはり、電車しかない、か……)


 恋人や夫がいれば、現地まで車で送っていってもらうことができるんだけどな、なんて思い憂鬱な気持ちになる。きっと、今の自分は隣で青い顔をしたサラリーマンと同じような表情をしているに違いない。

 電車から降りると、マジカル☆ガールフォンに表示された座標に向かって走りながら、魔法少女衣装へと変身する。


「メタモルフォーゼ!」


 マジカル☆ガールフォンから『きゅぴるーん☆』といった効果音が流れ出し、真帆の肉体が光の粒子で覆われる。各パーツごと、派手な演出とともにピンク色のフリフリ魔法少女衣装へと変身していく。


 すれ違ったおばあさんが「あれまあ、最近の若い子は走りながら着替えるのね」とよくわからない感嘆をし、同じくすれ違った主婦が「私もああいうコスプレして夫を誘おうかしら」などと妖しげに呟き、良い子の小学生たちが「あっ、魔法おばさんだーっ!」と無邪気な悪意を吐いてくる。


「私はまだ『お姉さん』だ、このクソガキどもっ!」


 真帆は優しく間違いを正す。

 現地に着くと、獣型――犬か狼のようなフォルムをした四足歩行の魔物が三体、通行人に襲いかかっている。


「魔法少女マジカル☆まほりん、参上!」


 電柱の上でかわいらしくポージング。

 すると、魔物は襲うのをやめ、ターゲットを真帆へと移す。本能が『魔法少女を殺せ』と告げているのだろう。


「うひょー! パンツ見えてるぅー」


 思春期エロガキ男子高生にマジカル☆ステッキを投げつけ気絶させると、真帆は電柱から感電しないようにそっと飛び降りて、それから魔物に跳び蹴りを放った。


「魔法少女なのに、魔法で戦わないのかよー」


 不満そうに声を漏らす通行人に、真帆はむっとした声で言う。


「『魔法』なんかより、『物理』のほうが強いのよ!」


 ※魔法少女マジカル☆まほりん個人の意見です。


 真帆は学生時代に習っていた空手(物理攻撃)――それと、申し訳程度の魔法――を用いて、魔物を『撃退』した。それは、オブラートに包んでいて、なおかつ偽りが混ざった表現なのだが、まさか魔法少女が敵を惨殺した、と素直に記すわけにはいかない。


 居合わせた通行人の中には、残酷な光景にトラウマを植え付けられた者がいるとかいないとか……。いたとしても、魔法少女の真帆には、彼らの心のリハビリの手助けをすることなどできない。彼女にできるのは、魔物を滅することだけ。


「ゲロゲロ。真帆、お疲れケロ」


 やってきたかえるんが、赤らんだ顔で言った。

 どこかの居酒屋で酒を何杯か飲んできたのかもしれない。今にもゲロをゲロゲロっと吐きそうな様子である。


(このクソカエル、踏み潰してやろうか……)


 内心で思っていることはおくびにも出さず、真帆はひまわりのようにかえるんに微笑んだ。


「お疲れ様、かえるん」

「うーん……真帆、さすがに三〇歳で魔法少女衣装着るのは厳しいケロね」

「それ、ハラスメントですよ?」

「そろそろ寿退社しないケロか?」

「それ、ハラスメントですよ?」


 真帆は半ギレだった。

 かえるんの見た目が愛くるしいカエルだからぎりぎり許されるものの(許されるのか?)、これが人間だったならしかるべきところに訴えていただろう。


(今度、どさくさに紛れて潰してやろうか……)


 カエルを殺したら、どんな罪になるのだろう――なんて思いながら、真帆はかえるんと世間話をし、それから自宅へと帰還した。

 コンビニで買った弁当を食べ、缶ビールを飲みながら、結婚式の招待状を再度ぎろりと睨みつける。


「出席……いや、欠席……いや……」


 長い思案の果てに、真帆はボールペンで『出席』に丸を付ける。そのわずかな動作がなぜか物凄い疲労感を彼女にもたらした。

 げほっげほっ、と咳をしてから一人呟く。


「……咳をしても一人」

 

 ◇


 どうして、自分は結婚というものに憧れを抱いているのだろう? 一度、真剣に考えてみたことがある。


 結婚することで男女が夫婦になる。それはイコール家族になるということ。

 真帆には家族がいない。父と母と弟――かつては彼女にも家族がいた。しかし、三人とも魔物に殺されてしまった。真帆はひとりぼっちになった。


 きっと、自分は家族が欲しいのだと思う。もちろん、ただ家族が欲しいというだけではなく、結婚そのものに過度な幻想を抱いてもいる。友人たちの結婚失敗譚を聞いてもなお、過度な幻想を抱いているのだから度し難い。


 いつか自分の前に白馬の王子様が現れて『僕と結婚してください』とプロポーズされるのだ――という淡い期待を胸に抱いて日々を過ごしているのだが、今のところそれらしき人物は現れていない。

 だがしかし――。


「もしかしたら、今日、運命の出会いがあるかも!」


 謎の淡い期待を抱き、気分よく家を出た真帆。

 結婚式場に到着すると、真帆は受付に向かった。ご祝儀を渡し(ケチらず奮発した)、その他諸々を済ませると、会場に入った。


 席は属性ごとにわかれており、真帆は新婦の友人ということで、後ろの方の席に座ることになった。白いクロスがかけられた円形のテーブルには、既に見知った顔が何人か座っていて、談笑している。

 やってきた真帆に気づくと、


「おーい、真帆。久しぶりー」


 と、陽気に手を振ってきた。

 素面のはずだが、既にワインを二、三本飲んだようなテンションだ。

 当たり前のことだが、みんな高校時代とは違って大人の女性である。自分も彼女らと同じような大人の女性になれているだろうか、と真帆は不安になった。


(私だけ、取り残されてるかもしれない……)


 内心のネガティブな感情を悟られないように笑顔をつくると、


「久しぶりー」


 元気よく言って、みんなのもとに駆け寄った。そして、椅子に座りながら、


「何年振りだっけ?」

「んー、同窓会以来だから……二年とか?」

「もうそんなに経つんだ」


 真帆は驚いた。毎日、代わり映えのしない日常を送っていると、時の流れを感じる機能が狂ってしまうのかもしれない。


「あ、そういえば、真帆ってまだあれやってるの?」

「あれ?」と真帆。

「えーっと、何だっけ?」


 由奈は思い出せないようで、佳奈美が助け舟を出す。


「魔法少女、でしょ?」

「そうそう、魔法少女。やってるの、まだ?」


 友人たちはみんな、真帆に興味津々といった顔をしている。

 魔法少女はマイナーな職業だし、平均年齢がかなり若い。二〇歳をこえていればなかなかのベテランだというのに、真帆は御年三〇歳である。同僚からの信頼は厚いが、その他の人々からは冷ややかな視線を送られることのほうが多い。


「うん、やってるよ」


 真帆がそう答えると、案の定、友人たちですら冷ややかな反応だった。悲しい。


「あのさ、さすがにそろそろ辞めたほうがいいんじゃない?」由奈は言った。「だって、もう三〇だよ? 三〇にもなって魔法少女やってるって……その、正直に言うとちょっと――いや、かなり痛々しいと思うよ」

「……」


 由奈が意地悪じゃなく、真帆のことを案じて言っていることは理解している。しかし、彼女は昔からそうなのだが、言い方がきつい。ストレートだ。


(もう少し、オブラートに包んでよ……)


 内心、血の涙をさめざめと流す真帆だった。

 由奈以外も直接口にしないだけで、同じようなことを思っているだろうことは想像に難くない。そう考えると、ますます悲しくなってくる。


 わかっている。三〇歳で魔法少女をやっている自分が、傍からどう見られているかくらい、わかっている。同僚は小学生・中学生・高校生ばかりだ。大学生で魔法少女をやっている子ですら稀だ。

 真帆と同年代で魔法少女をやっていた子たちは、ほとんどみんな高校卒業と同時に辞めてしまった。今ではきっと、一般の企業に就職してばりばり働いていたり、結婚して母親になったり、それぞれ幸せな人生を送っているに違いない。


 真帆だって、ずっと魔法少女をやるつもりはなかった。

 進学か、就職か、結婚か――何かしらの理由でこの仕事を辞めるつもりだったのだ。……予定では。しかし、大学受験には失敗し、就職活動にも失敗し、恋人もできなかった。辞めるきっかけがなく、気がつけばこの年までずるずる魔法少女をやっていた。


(今更、どうしろっていうのよっ!?)


 もう、真帆には魔法少女しかないのだ。人々の平和を守っているというのに、こんな仕打ちを受けるなんてあんまりだ。


「ご、ごめん、真帆」


 言い過ぎたと思ったのか、それとも真帆の表情があまりにも暗黒すぎたのか、由奈が申し訳なさそうに謝ってきた。


「その……立派な職業だと思うよ、魔法少女」

「大丈夫。気にしてないから……気にして、ないから……」


 悲しくて悲しくて、泣きたくなった。

 今からでも遅くはない。もう一度大学受験するか、就職活動するか、マッチングアプリに登録するか――何かしら行動してみようかしら。

 友人の結婚式だというのに、気分は限りなく暗黒に近いグレーである。新婦に対して申し訳ない気持ちになった。


 やがて、結婚式(正確には披露宴)が始まり、新郎新婦が入場してきた。ウェディングドレスを身にまとった友人はとても綺麗だった。

 友人の結婚式に出席するたびに、何とも言い難い複雑な気持ちになる。友人の結婚を祝福する気持ちが湧いてくるが、一方であまり言語化したくないネガティブな気持ちもまた沸々と湧き上がってくるのだ。嗚呼、まったくどうしようもない。

 ウェディングケーキの入刀が終わり、シャンパンが入ったグラスを持ち乾杯する。その後、楽しみだった料理に舌鼓を打っていると――。


 けろけろけろけろ……。

 スカートのポケットに入れた腕時計型通信変身端末マジカル☆ガールフォンが小さくカエル音を響かせた。

 友人たちはマジカル☆ガールフォンの面白おかしい着信音に笑みを隠せない。


「うげっ」


 真帆は小さく悲鳴をあげて、思わず天を仰いだ。


『真帆、仕事ケロ』

「かえるん、私、今、友達の結婚式に出席してるんだけど……」

『他の魔法少女は出払っていて、手が空いてるのは真帆しかいないんだケロ』

「ううっ……」


 真帆は血涙を流しそうになる。


(まだメインディッシュ食べてないのに……)


 泣く泣く食事を中断して立ち上がる。仕方がない。魔物が蔓延れば、こうして楽しく食事をすることもできなくなるのだから。

 他の何よりも仕事(魔物退治)が優先される――それが魔法少女の宿命。それが嫌ならば、職を辞するしかない。


「ごめん。私、もう行くね」

「……真帆、さっきはごめん」由奈はもう一度謝った。「お仕事、頑張ってね」

「うんっ」

「魔法少女ってさ、誰にでもできる職業じゃないからさ――」


 そこで佳奈美は拳を握りしめ、ガッツポーズをしてみせた。


「あと一〇年――いや、いっそのこと定年まで頑張りなさいな!」

「う、うん……」


 頷きつつも、真帆としては今後数年以内に辞職して、別の道に進みたいという気持ちがある。なんだかんだでみんな応援してくれているのだろうが、少し複雑な気分である。

 真帆は後方のドアから会場を後にした。


 ◇


「メタモルフォーゼ!」


 いつものように走りながら、ピンク色のフリフリ魔法少女衣装へと変身する。マジカル☆ガールフォンに送られてきた敵の座標は、どうやら繁華街のど真ん中のようだ。つまり、確実に人々で賑わっている。


(これは、早く魔物を片付けないとまずそうね……)


 人的被害が発生してしまう――いや、もう発生しているに違いない。死人が出てなければいいのだが……。


(事前に魔物の出現位置が特定できればな……)


 現代の魔法少女的科学技術では、それは不可能らしい。

 殺人事件が起こってからでないと名探偵が解決できないように、魔法少女もまた魔物が発生してからでないと退治しに行けない。いつも後手だ。


 繁華街に到着すると、真帆の予想以上に魔物たちは暴れまくっていた。

 全面ガラス張りのオフィスビルは、下層部のガラスが粉砕されて見るも無残な状態になっていた。道路のアスファルトはところどころに穴が空いており、横転した車や倒れた人々の姿が……。


「ひ、ひどいわ……」


 悲惨な光景に、真帆は感想をもらした。

 上方からプロペラ音が聞こえたので、空を見上げてみると、マスコミのものと思われるヘリコプターが飛んでいるのが目に入った。きっと、真帆が戦う姿も映像として撮られ、ニュース番組で流されるのだろう。

 そして最終的に、ネットに拡散されて馬鹿にされるのだ。


(嗚呼、どうせみんな私のことを馬鹿にしてせせら笑うんだ……)


 ネガティブな想像をして陰鬱な気持ちになっている真帆の前に、魔物の群れが現れる。一体だけ人間のようなフォルムで、後は犬のようなフォルムの魔物だった。


「魔法少女マジカル☆まほりん、参上!」


 気持ちを切り替え、ポージングとともに決め台詞。

 しかし、魔物も群衆も何のリアクションもしてくれず、真帆は一人恥をかいたのだった。赤面。


「行くぞ、おらぁ!」


 真帆は魔物の群れに飛び込むと、マジカル☆ステッキを棍棒のように物理アイテムとして使用しながら、次々に魔物を倒していく。魔物の体液や肉が方々に飛び散るスプラッタでグロテスクなアクションバトルに、人々は目を背けずにはいられない。


 あっという間に、すべての魔物を倒し終えた。

 いや――。


(人型の魔物はどこに行った?)


 真帆が倒したのは、すべて獣型の魔物だった。

 一瞬、真帆に恐れをなして逃げ去ったのではないか、と考えたが――違った。奴は人型なだけあって、獣型より遥かに知能指数が高い。

 つまり――。


「た、助けてぇ!」

「な、卑怯だぞっ!」


 魔物の前には、今にも泣きそうな少年が立っている。一二歳くらいだろうか、あどけない顔をした少年の首元に、刃物のように鋭い爪が当てられている。

 つまり、少年を人質にとったのだ。


「マホウショウジョヨ、コノニンゲンノイノチヲタスケタケレバ、イマスグジガイシロ」

「……あの、聞き取れなかったんで、もう一回、言ってくれます?」

「……」

「……」

「モウイイ。コイツヲコロシテ、キサマモコロス。ニンゲンミナゴロシダ」


 魔物は嗜虐的な笑みを浮かべると、恐怖に泣き叫ぶ少年の首をかき切ろうとした。


(まずいっ! 物理攻撃も魔法も、間に合わないっ!)


 しかし、それでも一か八か、マジカル☆ステッキで魔法を発動させようとした、そのとき――。


「ゲロゲロォ!」


 かえるんがビルの屋上からダイブしてきた。その顔はいつものように黄緑色ではなく、毒ガエルのように真っ赤だった。

 そして――。


「う、ううぇ……おろろげろげろげろ……」


 人型の魔物の顔面に、かえるんのゲロが降り注いだ。


「グ、グワアアアアア……」


 魔物が目を押さえて呻いている間に、真帆は素早く接近して少年を保護した。彼の目を手で覆って何も見えないようにすると、右手に握りしめたマジカル☆ステッキを、魔物の顔面に向かってフルスイング。


「マジカル☆爆殺☆エクストリームアタック!」


 ドゴンッ、という爆発音。

 グシャッ、という破裂音。


「コノワタシガマホウショウジョニマケルトハ、グワアアアアアッ……」


 どこから発声しているのかはわからないが、そんな断末魔の叫びをあげると、魔物は爆発四散した。

 真帆の戦いを遠巻きに見ていた人々に、決定的なトラウマが刻まれた瞬間だった。今更、目を背けてももう遅い! 


 こうして、多くの人々の精神の安寧と引き換えに、平和は守られたのだった。


 ◇


「――というわけなの」


 テレビのニュースで真帆の戦闘シーン(全年齢対象版)を見た由奈から連絡があり、彼女と会うことになった。貴重な休日が潰れてしまうが、休日の潰し方としては『彼氏とデート』の次くらいには有効的だろう。


「やっぱ、グロいシーンはカットされてるんだね」


 真帆の話を聞き終えると、由奈は言った。


「できればフルで流してほしかったんだけどね」と真帆。

「そんなの、流せるわけないでしょ」


 もしも、フルで放送しようものなら、視聴者からのクレームの嵐である。昨今、テレビではエロ系とグロ系は規制が厳しいのだ。ちなみに、ネットではモザイクなしフル映像が流出しており、ネット界隈のごく一部で『まほりん☆マニア』なる熱狂的なファンを生み出しているとかいないとか……。


「あ、そういえばね、助けた男の子タケルくんがね――」


 タケルくんは一二歳(小学六年生)の少年で、命の恩人である真帆に一目惚れしてしまったようだ。二人の年の差は一八歳。なかなかの年の差ではあるが、世の中には二〇歳以上の年の差の夫婦だっている。


『僕、大きくなったらまほりんと結婚するー!』


 無邪気なその言葉を、真帆は脳の長期記憶フォルダーに入れておいた。


「――って言ってくれたの」


 真帆は嬉しそうに語る。


「だからね、私、将来タケル君と結婚することに決めたの」

「小学生の言うことを真に受けんな」


 求婚されて浮かれている真帆に、由奈はぴしゃりと言う。


「ウェディングドレス着た陽子を見て、私も結婚したいな、とか思ったの?」

「んー……というか、前々から結婚したいな、とは思ってたの。でも、相手がいないから……」

「でも、だからって、小学生の言うこと真に受けちゃ駄目でしょ」

「いや、でも、タケルくんが大人になって、私と結婚してくれる可能性だって――」

「ない」


 由奈は断言した。


「絶対にない。ありえない。そんな夢想するくらいなら、結婚相談所に行くとか、婚活パーティー行くとか、マッチングアプリするとか――行動に移せ」

「うーん、そうじゃないんだよね。運命的な出会いというか、ある日、突然、私の前に白馬の王子様があらわれて――」

「はいはい、現実みましょうねー」


 夢想家の真帆を適当にあしらうと、由奈は立ち上がった。


「ま、今日はありがとね。いろいろ聞けて楽しかったわ。私、これからデートだから、そろそろ行くわ」

「デートって誰とっ!?」

「誰って……彼氏とに決まってるでしょ」

「由奈、彼氏いるんだ……」

「いるよ。もうじき結婚する予定だから、結婚式来てよね」


 それじゃ、と言うと、呆然と口を開けて絶句している真帆を置き去りにして、由奈はデートへと旅立っていった。


(結婚……? 由奈も結婚……)


 一人、カフェに残された真帆は、窓ガラスから外の景色をぼんやりと見つめる。

 すると――。


「なっ……」


 ランドセルを背負ったタケルくんがいた。一人ではない。彼の両隣には、同じくランドセルを背負ったかわいらしい女の子たちがいて、タケルくんはなんと二人と手を繋いで、楽しくお喋りしながら歩いているではないか。


「くうーっ……あの言葉は社交辞令だったのかーっ!」


 真帆は血涙を流して、さめざめと泣いた。

 そんな彼女に追い打ちをかけるように、マジカル☆ガールフォンが鳴った。


『真帆、仕事ケロ』

「私、今日、休日なんだけど――」

『魔法少女に休日なんてないんだケロ』

「ブラック企業じゃねえか!」

『獣型、D級が五体の簡単なお仕事ケロ。座標はマジカル☆ガールフォンに送信しておいたから、チェックして向かってくれケロ。――あ、生中おかわりでケロ』

「……ねえ、かえるん。今、『生中』って言ったよね?」

『気のせいだケロ。それでは。ケロケロ』

「あ、かえるん!? おーい!」


 仕事を断ろうと思ったが、もう遅い。既に通話は終了していた。

 真帆はマジカル☆ガールフォンを握り潰さんばかりにきつく握りしめ、般若のごとき形相で、幽鬼のようにふらふらと立ち上がる。

 そして、周囲のことなどお構いなしに叫ぶのだった。


「魔法少女なんて辞めてやるうううううっ!」

 


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魔法少女マジカル☆まほりん30歳 青水 @Aomizu

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