少年と死

空御津 邃

 私は死そのものである。故に、私には何もない。命も無ければ、感情もない。虚な存在。


だが──そんな私はとある少年と出会った時に消えた。


それは、今から五千年前のある日。


砂漠近くの港街で、また沸々と出でる魂を導こうとしていた時、背後から急に声をかけられた。


『僕と一緒に旅をしてくれない?』


盲目の少年だった。

彼は、常に孤独で他の人間からは見向きもされない存在だ。その共通点が、私達を引き合わせたのだろうか。


私は初めて人間に興味を持った。



 少年の言葉が切っ掛けとなり、私は初めて意思を得たように、無意味な旅を始めた。


尤も少年の身体は痩せ細り、今にも折れそうなぐらいだったので、旅と言えるほど遠出はしなかった。


大体は近場の小高い砂丘を登り、海を眺める程度だ。しかし、少年はそれで満足したようで笑顔を絶やさなかった。


その様子を近くで見ていた私も、満たされているように錯覚していた。




 そして……何時からか、私の心に変化が現れた。それはとても小さなものだったが、確かにこの胸で生まれていた。


最初はそれが何か分からなかったけれど、旅を経て理解した。


これが、"愛"なのだと──


とはいえ、これが恋心か親心か将又友情なのかまでは分からなかったが、確かに少年を愛していた。


永遠を生きていた私は、少年と同じ時を過ごすようになっていた。


しかし、今更そんなものを自覚してもどうしようもなかった。


何故なら私は「生」と相容れぬ「死」なのだから。




 そして、少年は死んだ。


私に出来ることは何も無かった。私はまた虚な存在へと戻っていった。


それでも、せめてもの抵抗として、私は自らの想いを綴った日記を付け始めた。誰にも見せるつもりはない。ただ、軈て色褪せるこの想いを忘れないように遺したかったのだ。



 ×××年 ×月×日、快晴。


海が見える街道で一人の男に出会った。

自らを旅人と名乗るその男は、私と同じ「死」であった。奇妙なものだ。


互いに同じ存在であるというのに、この男の傍にいると安心する。きっと、この男が纏う雰囲気や匂いが原因だろう。


少年と同じ匂いがする。


少し話したが、悪い奴ではないようだ。というより、酷く人間臭い奴だった。だがその人間臭さは、私の虚を忘れさせてくれた。


もしまた会う事があれば、もう少し話をしてみたいと思う。


あわよくば、旅にでも誘おうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

少年と死 空御津 邃 @Kougousei3591

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ